第113話 並ぶ2人

「抜いた……だと!?」


 扇野原の他の4人も全員が、こう思った。それまで航の速さに手も足も出ていなかったはずの白詰が、ここで逆に航とのスピード勝負に勝利するなんて……そんな事は観客も含めて全員が予想もしていなかった。



「ちっ……!」



 航は、すぐに振り返ると白詰のいる所へまで全速力で走り出した。抜かれてこのまま楽にシュートなんて撃たせない。そう思いながら彼は、必死に白詰を追いかけた。――だが……。







「追いつけない……!?」



 白詰のドリブルの方が速かったのか、それともやはり動き出しによる差なのか、いずれにしても航が白詰に追いつく事はできなかった。彼よりも先にゴールの元へまで一直線に白詰は走る。そんな状況を見てピンチを感じた扇野原Cセンターの鳥海はとにかく前へ出て白詰を止めようとした。






「……これならどうですか?」



 鳥海の巨体が、白詰に立ちはだかる。流石の白詰も自分より圧倒的に背の高く筋肉質な人間を前にして本能的恐怖を感じたのか、彼の勢いのあったドリブルはここで一旦止まってしまう。そして、このドリブルのストップこそが鳥海の狙い。







 ――この隙に追いついて……唐菖部。





 自分がほんの一瞬だけでも時間を稼ぐ事によって航が追い付き、前と後ろで挟み撃ちにする。これが、彼の作戦でもあった。2VS1となれば、数の勝負でこっちが圧倒的に有利なる事は確かだった。




 そして、鳥海の狙い通りに白詰に抜かされてしまった航が彼の後ろへとやって来て、鳥海とのダブルチームで白詰を叩こうとした……その時。







 突如として、白詰の手元からバスケットボールが姿を消す。それは、今まで右手でドリブルをしていた白詰の手からマジックのようになくなっており少しの間、鳥海も航も何が起きたのかなんて全然分からなかった。――だが、白詰の手が若干だが、左に向いている事に彼らはすぐに気づいた。







 ――パスだと……!?






 そう、白詰は航が接近してきたあの瞬間に、一瞬のうちにドリブルをやめた。そして、鳥海とのダブルチームが始まるその直前にあらかじめ場所を把握していた味方にパスを出したのだ。それは、僅か1,2秒足らずの出来事。だが、この一瞬の選択が光星の攻撃をダメにしなかった。





 ボールは、白詰から紅崎に渡り、紅崎はそのまま3Pラインのでジャンプシュートを放つ。3点にはならないが、美しく伸びた手とピンとした背筋からなるそのシュートは、むしろ3点を送りたいくらいの出来栄えだった。紅崎の中距離シュートミドルレンジシュートが見事に決まった。点差は、再び14点差に戻る。



「決めたアアアアアア! 光星、またまた迫って来ているっ!」




 観客の騒ぐ声の中、白詰は誰よりも早くDFに戻る。決して喜ばない。それは嬉しくないからじゃない。喜ばないのは彼が、航との勝負を心から楽しんでいるからだ。



「ヘッ……」


 また、白詰は笑った。今度のは流石の航も何か思う所があったようで、彼の表情はどんどん怖いものに変わっていき、やがて金華からパスを受けた頃には、航には焦りと苛立ちの混ざったような複雑なものに変わっていた。



「舐めんなァァァァァァァァァァ!」




 航の超高速ドライブ──。その電光石火が右から左へのドリブルの切り返しによって炸裂する。これがまた一段と速い。本当にプレイのたびに速くなっているというのが、この会場にいる今、すべての人々が感じ取った事だった。




 ──しかし、対する白詰ももう引かない。いや、むしろ彼は向かって行った……ボールに。



 航の右から左へボールが移り変わろうとしているその最中、突如として第三者の手が伸びてくる。その正体は、もう迷う事なく彼だ。



 ──……!?



 航は、驚いた。しかし同時にこれはチャンスとも考えた。このまま白詰が自分から手を伸ばして来てファールにでもなれば、それこそ自分の勝ち。間違いなく、自分の勝ちだ! と。





 ──バカが……! それやって来た時点でテメェの負けなんだよ……!







 だが、航がそう確信しつつあったその時、彼の耳にまたしても不吉な声が聞こえてくる。




「ヘッ……」





 ──白詰が笑った。刹那、彼の手がボールだけを正確に捉えて、航の手から弾き飛ばす。




「なんだと……!?」



 ボールが自分の元を離れた瞬間に航は審判を見た。しかし、残念ながら彼の思惑通りに審判が笛を吹こうとはしていなかった。




 ──コイツ、あの一瞬で審判相手にどの程度までならファールにならないか、心理戦を持ちかけたというのか!? そして今ので、分かったんだ。白詰は何処までなら笛を吹かないかを……。あのカット1つで!




 航は、すぐに前を走る白詰を追いかけた。そしてすぐに彼を捕まえる事に成功。絶対に逃すまいと腰を極限まで落とす。



「撃たせん!」


 航は思った。



 ──今のコイツには、3Pもある。何で来るか慎重に……。




 だが、そんな冷静さを取り戻しつつあった航が再び闘志をむき出しにしたその時、白詰は動き出した。それも




「パス……!?」



 白詰は、またしても後ろへパスした。しかもドリブル中に気づかれないように最低限の動きだけで鋭いパスを裁いた。それは後ろで走って来ていた天河に渡る。



「しまったこれは!」


 だが、航が勘づいた頃にはもう遅かった。天河の3Pがその手から放たれる。




「見事だ。練習の成果がよく分かる良いシュートだ」


 会場の中で誰かがそう言った。天河には聞こえていなかったが、しかしその何者かの言葉通り、天河のシュートはしっかりとネットを潜った。11点差だ。



「うおおおおおおぉぉぉ! 来てる! 来てるぞ!」




 この時、光星ベンチで見ていた下級生達は大熱狂状態だった。まだ、逆転できる。それは自分達がずっと慕っていた白詰想太という男が、奇跡を起こそうとしている……そのように見えたからこそ、彼らはベンチの中で大盛り上がりを見せた。そしてそれは、もう3度も白詰にしてやられていた航の心にも影響を及ぼしていた。





 ──クズじゃねぇ……!




 白詰の言っていた事が航の中でリプレイされる。彼は、もう余裕の笑みを見せたりしない。航と想太の視線が同じ高さで合わさり、2人が睨み合う……。








       扇野原VS光星

      第4Q残り5分21秒

         得点

        107VS96

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