第112話 覚醒の白詰

 ――どういう事だ……!?




 航は、DFに戻りながら考え続けた。なぜ、あの時に自分の罠に引っ掛からなかったのか? どうして、白詰はあそこから自分にほんの一瞬だけ追いつけたのか? 白詰のスピードは既に限界に達していたはずなのに……。どうしてなのか。







 そんな事を考えていると、またしても目の前で白詰が紅崎からパスを受けている姿が見えた。ボールを持った白詰がステップを2歩踏んだ後に自分を睨んだ。





「……」




 彼は、黙っていた。とても静かだった。中学時代から彼の事を知っていた航には今の黙ってプレイしている彼がなんだか以外に見えたし、なんだかとても不気味に感じた。







 ――来る……!?





 そう身構えた時には、既に白詰がドリブルを始めていて、航の事を抜きに来ていた。彼の足が一瞬だけ早く前に出る。しかし、すかさずそれに追いつこうと航の足も後ろに一歩後退。僅かな僅差ではあったが、それでも航の方がまだ早い。







 ――これなら、この後の切り返しもドライブも止められる……!




 航はそう確信した後に、そのままもう一歩後ろに下がる。完全に態勢を立て直したかのように見えた。だが、それでも白詰は諦めない。彼は、突如としてドリブルしていたその手を止めて、ボールを持って膝を限界まで落とし、シュートの構えを取った。







 ――何ィ……!?






 航が、すかさず二歩近づいたが、その二歩が既に遅い。彼は、二手遅れたのだ。……白詰の動きに。




 白詰は、そのままシュートを撃ち、見事に2本目の3Pシュートを決める事となる。光星のスコアボードが動き出す。会場もそんなスコアボードと選手達が動き出したのに合わせて歯車の稼働が開始した工場のように徐々にガヤガヤと騒ぎ出した。14点差になった。


 光星選手達は、それぞれガッツポーズをしたりして喜んでいる中、白詰だけはやはり、何もなかった。恐ろしい位に何の反応もない。ずっと同じ場所を見続けているような……そんな不気味さがやはり航を怯えさせる。






 ――どうなっている……? コイツ……?






 そんな中、扇野原の攻撃が再び始まる。金華を中心に選手達があちこちに散らばって行く……。しかし、そんな中でも航の様子を見ていた扇野原の監督が彼と同じように何か嫌な予感のようなものを感じていた。彼は思った。








 ――唐菖部君のスピードは、確かにどんどん上がっている。今だって、成長している。それは、間違いないはずなのに……。なんだ? この感じ。さっきから、思ったように行けていないような気もする……。







 監督の脳裏に何かモヤモヤした不安が過り出した。そして、そんな監督が不安そうに見守る中、またしても航の元にパスが来る。




「うおおおぉぉぉぉ! またアイツだ!」




「これでもう何本目だァァァァァァ! エース対決ゥゥゥゥゥゥ!」





 観客も騒ぎ立てる。そんな中で航は、ボールを持ったまま目の前でDFをする白詰の事をよーく見る。





「……」





 やはり彼は、何処か一点を見ているようだった。じーっと、何処かを……上の方にあるものだろうか? それを見ているような気がした。航は、そんな彼を前にもう一度ドリブルを開始。






 ――このスピードなら……ついて来れねぇだろ!






 それは、今までよりも更に一段速い高速のドライブ。最早、このコート上で追いつける者など味方であってもいないだろう。その位、キレがあり……そして、ドライブ1つで相当な努力を積んで来たのだという痕跡を見る事も出来る程に素晴らしいドリブルだった。





「おぉ……!」




 来賓席で見ていた扇野原校長もこれには少しだけ感心した声を上げてしまう。彼は、バスケットをほとんど知らなかったがしかし、素人が見ても航のこのドライブは尋常じゃない事が分かるのだ。






 ――今度は、小細工なしだ! これで……!





 航の決意をボールにのせ、彼の高速ドライブが白詰の左側を突き抜けようとしたその時だった……!












 ――キュッ……!











 バッシュの擦れる音がした。今、確かに航の耳にはフロアとバッシュが擦れる音がしたのだ。間違いなかった。聞き逃すはずがなかった。







 刹那、航の前に黒く薄い影が忍び寄る。…………その影は、段々大きくなっていき、はっきりと人の形を持つようになり……そして、航が気づいた時には完全に彼の瞳の中に影としてではなく、人として……色も形も鮮明に写された状態で、1人の男が自分の前に立ちはだかろうとしているのが見えた。






 ――なぜ……? なぜ、なぜ、なぜ……!? なぜ想太が……どうして、に追いつけているんだァァァァァァァァァァァァ!










 この時、航は確信した。白詰想太はこの短期間の間に自分の速さの領域へと辿り着きつつあったのだ。今までは、ほんのちょっぴり足がつくとかその程度だったからいまいち気づけなかったりもしたが……。








 ――奴は、確実に俺と同等のスピードを手にしようとしつつある……!






 航は、この局面で悩んだ。足は既に前へ出かけている。この状態なら後ろに一度戻って態勢を立て直す事もできる。どうするか……。どうやって、白詰を突破するか。それを悩んでいた。そして、そんな時に航の耳に入って来たのは、ゴール下に立つ種花の一言だった。






「……ソイツは、もう4ファールだ! 抜いちまえ! もう何もできっこねぇ!」







「……!」




 この一言が、航の次なる一手を動かした。彼は、そのまま突っ込むという選択をとった。ドリブルをしながら白詰のいる所へと走り出す。










 バスケットのファールの基本的な考えとして、手でなく足でDFをする事。そして、必ず相手を正面からDFする事という考えがある。これは、審判から見て手で相手を止めに行く選手は、相手選手の体を叩いているように見えるまたは、引っ張っているようにも見えるからで、手で守ろうとする選手はそれだけ審判からの印象が悪い。正面からDFをしない人も同じで、横からプレッシャーをかけてくる選手は審判から見て、プレイをしている相手を横からちょっかいかけているように見えてしまう。また、基本的にOFもDFも衝突の多いこのスポーツでは、自分のエリアという概念が確立されており、自分の体のエリアを超えて手を伸ばしてくる選手や体をぶつけてくる事は基本的にファールの対象となりやすい。そして、これが最も多く見受けられるのがOFの体の正面を守ろうとしないDFを指す。



 今回の場合、航がドライブをして自分の場所を確保した状態でいて、そこに正面から白詰が止めに入ろうとしているのだが、この時、航は自分の体を若干だがゴールのある右側、つまり横に向けていたため、ここから正面を守ろうとする白詰がもしも仮に航とほんの少しでもぶつかった場合、ファールを取られるのは白詰となる。


 まさに、航の3年間の積み重ねがあるからこそできる高等テクニックであった!







 ――そして、次こそ……奴の退場! 終わりだ……!



「おわりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





 航が、突っ込んで来る。彼の体のドリブルをしていない方の手や体が白詰にぶつかりそうになる……。













 ――しかし……。








 ここで、航の前にあった黒い人の影画急にまた薄くなっていく……。それと共に彼の瞳の中に映っていた白詰の姿も薄くなっていく……。







 ――コイツ……なんで!?







 航が白詰と接触しようとしたあの一瞬の間に、白詰は自分の体を一気に後ろへ3歩後退したのだ。そう、あの僅か0コンマ数秒という間に彼は、逃げ切ったのだ。航の攻撃を……。







「……ちっ! なら、これで!」




 航は、白詰をまたしても退場させられなかった事に苛つきつつも、白詰が自分の元から3歩も離れてくれた事によってできたDFとの間隔を利用してそのままジャンプシュートを放つ。さっきの白詰の攻撃の時と同じく、3歩下がった事で3手の遅れとなった白詰はブロックに間に合わず、またしても航に2点を許してしまう。だが、点は決められても航の顔は晴れなかった。いや、むしろ彼にとってはここで一本決める事よりも、次の光星の攻撃の方がよっぽど怖かった……。







 だが、怖がっていたところで現実は変わらない。当然のように白詰の元にボールがパスされる。航は、やはり何処か上の方の何かを見ている白詰に不気味さを感じつつも、DFの姿勢を取った。しかし、そのDFはさっき見せたような完璧なDFとは程遠い。同様と迷いが見てとれるDFだった。








 ――次は、なんだ? シュートか? ドライブか? 右か? 左か? それとも、パス?






 航はそんな不安に駆られた状態でDFを続けた。すると、そんな彼の様子を遠くから見ていた紅崎が、汗を手で拭き取りながら誰にも聞えない程小さな声で言った。






「……3Pシュートは、だぜ。航」










 そして、そんな紅崎の小さな声から放たれた言葉の後に白詰は視線を航の方へ下ろしていき、ボソッと何かを喋り出した。





「……じゃねぇ」




「は?」



 何を言っているんだか聞こえなかった航が、そんな態度をとると白詰は、ボールを持ったまま今度こそはっきりと航に言ってやった。

























「……クズじゃねぇ」







この瞬間……この瞬間だった。この僅かにできた航の隙を白詰は見逃さない。すかさず、彼は自分の最も得意な右手でのドリブルを開始し、すかさず航の事を右サイドから完全に……抜き去った――!






「……!?」







 白詰の体が、顔が……航を超えてゴールへ向かおうとしていた。












       扇野原VS光星

      第4Q残り6分05秒

         得点

        107VS91






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