第111話 微かな変化

 インターハイが始まる前。それは、5人がやっと揃った後の事だった。白詰想太と紅崎花の2人だけが体育館にいた。彼らは、体育館のど真ん中でそれぞれバスケットボールを片手に持っていた。紅崎が言った。



「お前、本気でやんのか?」



 すると、それに対して白詰はボールをダムダムとバウンドさせながら口を開く。


「あぁ、勝つためだ。少しでも何かできる事があれば、全部やりたいんだ。……なんたって、今年で……最後だからな。高校生も」





 そうして彼は、バスケットゴールの方を向いてそこに向かってシュートを撃ち始めた。紅崎は、彼の後姿を見ながら言った。




「……へっ、しょうがねぇな。じゃあ、付き合ってやるよ。シュート練」

















         *





 ――試合中、光星は18点差をつけられてしまう。それもたった1人の選手が原因で……。彼の圧倒的な実力と、そして光星エースの白詰が4つ目のファールを貰った事で、状況はまた最悪に戻りつつあった。




 ――あと1回のファールで、想太の退場……。





 チームメイト達は、そんな不安に駆られながらも必死にプレイを続けていた。航が、バスケットカウントによるボーナスフリースローを撃ち、決められてしまった所から試合は始まる。







「一本! 一本だ!」



 天河の掛け声とともに光星の攻撃が始まる。真ん中に立つ彼が左右と後ろに分かれた5人の選手達を見渡しつつ、自分がコート上最もゴールから離れた位置に場所をとって指令を送ったり、励ましたりしながら展開されていく光星ターン。だが、いくら天河があれこれ言った所で状況は変わらない。







 ――まずは、一本だ! 一本取る所から始めないと……。






 天河は、そう思いながらドリブルで様子を見続けた。すると、すぐに彼の左側から声が聞こえてくる。



「ヘイッ!」



 白詰が、ボールを欲している。天河は、彼の顔を見た後すぐに一瞬だけ周りの他の選手達の様子を見た。すると、その合図を待っていたと言わんばかりに仲間達は全員が一斉にそれを確認した天河は自分自身を少しだけ呪った。





 ――バカかよ俺は……。4ファールだからって、どうしてキャプテンの俺が白詰の事をチームの中で一番信用してないんだ……。くそっ……。



 天河は、言った。





「全力でぶつかってこい! 白詰ェ!」



 そして、ボールが天河から白詰へと渡る。これを見た観客はざわつきだし、彼らはボソボソと喋り出す。





「おいおい! アイツは、もう4ファールだってのに……光星は、それでもあの7番で行くのかよ!」




「自殺だぜ! そんなの……自殺過ぎる!」








 実際にその通りだった。この状況で、白詰を使うなんて自殺行為に等しい事だ。他の4人で攻めにいった方が良い事は、明らかだ。






 ――しかし、それでも尚……想太で来るか……。




 白詰をマークしていた航は、少し警戒した。何かあるのではないか……。そんな思いが彼の中ではあった。彼が白詰の事を見てみると、当の白詰も航の事をジーっと見ており、2人は目と目が合ってしまう。



 ……しばらく、見つめ合いながら白詰はある事を思い出していた。それは、試合が始まる前のとある練習の時の事だ……。















           *


 体育館の中で3人の選手が練習をしていた。1人は、ゴールの近くに立つ霞草。もう1人は、3Pラインの外側に立ってシュートを撃つ白詰。そして最後に、そんな白詰の近くに立っていた紅崎の3人だった。白詰がシュートを撃ち終えると、そのボールがリングとボードをガツンガツンとぶつかりながらフロアに落っこちてくる。そんな落ちてくるボールをゴールの近くに立つ霞草がジャンプして取っていた。


 一連の動きを見終えた紅崎が、隣に立つ白詰に文句のような事を言い出す。



「……ダメだ! ダメだ! 距離を意識し過ぎてる! フォームがぐちゃぐちゃだ! あくまで膝を使って撃つんだって事を忘れるなって何回言わせんだよ!」




 紅崎の不満たっぷりの愚痴を横で聞きいた白詰が霞草からボールを受けると彼も彼で不満を感じていたのか、愚痴を零しだす。




「だって、しょうがねぇだろ! 通すぎんだよ! こんなんどうやって撃つんだよ! 無理ゲー過ぎるって!」



 紅崎は言った。



「だから、膝を使えって……言ってんだろ! お前、あれから一週間経っても全然シュート率上がらんじゃねぇか! せっかく、霞草にリバウンドまで頼んどいて……」




 すると、霞草は少し離れた所から2人に向かって言った。




「……いや、俺は良いよ。リバウンド練習にうってつけだからな」




 そんな彼の優しい気づかいに心の中で感謝しつつ紅崎は、もう一度白詰に言う。



「……とにかく、もう一回撃ってみろ。ちゃんと膝を使えよ?」




「分かってるよ……」



 白詰は、そう返事をしシュートを撃った。……その後も彼らは黙々とシュート練を続けていく……。
















          *


 ――見つめあっていたはずの白詰の目線が急に変わった。彼の向いていたものは、いつの間にか航からバスケットゴールに変わっており、そこからグッと膝を落としだして、ボールを自分の頭の上で構えた。この動きに気づいた航は、動揺しつつもすぐに止めに入ろうとした。







 ――ばっばかな!? 想太がスリー!? 苦手なはずじゃ……!





 しかし、白詰は気にする事なくシュートを撃った。放たれたボールは、放物線を描くように空中で飛んでいき、やがてネットの中へと入り込む。



 ――パツン……! という爽快な音と共に3Pが入り、それと共に観客が一斉に騒ぎ立てる。



「うおおおぉぉぉぉぉぉ! 3P! ここに来て7番の3Pだ!」




「アイツ、長距離も撃てたのか!」




 だが、白詰は入った後の感動の余韻も何もなくすぐに走り出す。すると、後から彼の後にに続く形で紅崎が走って来て、白詰の後姿を見ながら思うのだった。




 ――上出来だぜ……。







 それから、5人はすぐに切り替えてDFを展開する。ドリブルしてきた金華が仲間達に向けて「気にするな!」と伝えた後に彼も、また同じくエースにボールを託した。航は、ボールを持ちながら考えた。





 ――まさか、想太が3P入る様になっていたとは……。いや、しかしだからって……まだまだ点差はこっちの方が有利なんだ。





 刹那、航の超高速ドライブが発動する――!





「……これで、終わりだァァァァァァ!」



 そのドライブは、ただの高速ドライブなんかではなかった。航の巧みな技術によって繰り出された白詰を確実にファールで退場させるための罠でもあった。これまで見て来た白詰のスピードに合わせて作られたそのトラップドライブが炸裂しそうになり、航のドリブルしている方とは逆の掌が白詰の同じく掌に下からぶつかりそうになる……!



 このドライブは、仮にファールを免れたとしてもそのまま切り込んでゴール下までいって得点が出来る。罠に引っ掛かれば、白詰を退場させつつ時間も稼げて扇野原ボールでリスタートを切れる。という、2つのメリットを併せ持っていた。つまり、どちらに転んでも航の勝ちなのだ。抜かれても、抜けなくても確実に航が勝てる。絶対に2点を獲りに行ける。最強の技。正真正銘終わりだった……。










 ――なんて、見ている周りは思ったものだ。しかし








「……!?」


 航は、驚いた。確かに自分は、これまでの白詰のプレイから彼の出せる最大スピードを割り出して罠を張った。そのはずだった……。なのに、それだというのに……白詰の足が、自分が行こうとしている方角とほぼ同じ所へと既に移動を始めている。しかも、逆にドリブルをしていない方の手はなんと、白詰の辺りそうだったはずのその手からどんどん離れて行っている。





 ――どういう事だ? なぜ、俺の貼った罠が一瞬にして……いや、おかしい。だって俺は、確実に相手のスピードを見破って……だから!






 しかし、気づいた頃には既に白詰が航よりも先に航の行く方向へ回り込んでいて、航がそんな彼のいる方へ激突しそうになった。





「くっ……こんにゃろ!」




 すかさず、航はそれまで右に進んでいた進路を左に切り返してドリブルをする。白詰もこの突然の切り替えしには反応できなかったのか遅れてしまい、航の侵入を許してしまう。そして、そのまま航は2点を決める。だが、決めた後に彼は白詰の事をジッと見るのだった。





 ――コイツ、今一瞬……。いや、まさかそんな事が……。











 だが、そんな航の隣で紅崎は、白詰の後姿を見ながら不敵に笑ってみせた。彼は言った。





「ここからだぜ……。ったく、やっとスイッチ入ったかよ。いつもいつも……テメェは、本気出すまでが長すぎんだよ」






 紅崎は、もう一度笑った。自分の中の高まる興奮を抑えきれずに彼は、もう一度この思いを言葉にした。







「……けど、ここからの想太は見ものだぜ? 扇野原さんよぉ~……」






 誰よりも先に速く走る白詰の後を追いながら紅崎と、そして仲間達は走り出す。













       扇野原VS光星

      第4Q残り6分45秒

         得点

        105VS88







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