第110話 クズ

「うおおおぉぉぉぉ! また唐菖部だぁぁぁぁ! もうあの光星7番さっきからボコボコだぞぉぉぉぉぉ!」



「しかも、もう何度目だよ! 唐菖部の超速ドライブ! どんどん速くなってるぞ!」


 観客が、航のスティールからの高速ドライブに魅了され、興奮する。声を上げている者達の中には、航の個人的なファンもいて、彼の動き1つ1つに対して桃色の歓声を上げていた。


 そんな大歓声の中、航は軽々しく白詰を抜き去り、そしてゴール下に入り込む。すかさず、霞草がヘルプDFとして航の前に立ちはだかるが、それをものともせずに航は、突っ込んで行く。そして、ぐっと両手を上げて果敢に霞草のDFをものともしないでシュートを放つ。



 ――やらせねぇ!




 霞草は、ファールも覚悟の上で航に自分の体をぶつけながら手を伸ばして止めにかかる。





 ――バチッ! と2人の体がぶつかり合い、そしてそれと共に彼らのいる場所から少し離れた所で甲高い笛の音が響いて来る。












 霞草の掌にぶつかっていながらも、航はボールを軽く放る。



「なっ……!?」



 そのあまりにも、不自然なくらいに軽く柔らかなタッチから放たれた航のシュートは霞草のプレッシャーを意にも介さず、滑らかにゴールへ……そして、審判が口からホイッスルを吐き捨てたタイミングで見事にリングに掠る事なくボールは、入り込む。





「チャージング! 青6番! バスケットカウントワンスロー!」




 審判の宣言に、霞草は着地と共にガクンと口を広げて悔しそうな顔でジッと手を上げる。それは、まるで自分達の原罪に苦しむアダムとイブのように……彼は、悔しそうに手を挙げた。




 ……そんな霞草の様子を心配そうに観客席から見守る父と母。2人は、ビデオカメラが回っている事などお構いなしにお互いに顔を見合わせて、彼の名前を心配そうに言った。すると、丁度その後ろで大学生のメガネの男が先程言いそびれた解説を再開する。



「……これが、一つ目の穴。シュート力だ。今、扇野原の唐菖部は、外からは3Pを……。中からは、バスケットカウントを駆使したテクニックとボディバランス、パワーとスピードを生かして確実に2点……更にそこから3点も狙いに来る。つまり、外でも中でも3点を獲れる最強のスコアラーとしてコート上に君臨している。光星は、この点数の穴をまずは埋めないといけない……。3点と3点……合わせて6点だな……」


 メガネの男が、そう解説するとそれをふむふむと聞いていた不良の1人が、尋ねる。



「じゃあ、2つ目は?」


 すると、メガネは前髪を描き分けてから喋り出した。




「……解説するまでもないだろう。……素人でも見てれば分かる単純な話だ」





 不良が「何ィ~? 素人だとぉ~!」などと申している間もメガネは試合を見続けた。その視線の先にはちょうど、白詰の攻撃がまたしても航に止められている様子があった。






「……速攻!」


 航の掛け声とともに扇野原選手達が走り出す。そんな彼らの群れを後から追いかける獅子のように睨みつけながら白詰も走る。彼は、思った。






 ――くそぉ……。マジで速くなってる。足の速さというよりもコイツ、反射神経みたいなのがずば抜けてる……。明らかに昔より強い……!






 そして、白詰の視線の先ではとうとう、15点差の壁を超える一撃が繰り出されそうになっていた。航が、一瞬だけ後、彼はゴールからほんのちょっぴり離れた所からボールを両手で持ってシュートの構えを取る。




「……!」


 だが、この一瞬。航が追いかける白詰の事をチラッとだけ見たこの一瞬を天河は見逃さなかった。彼は考えた。




 ――白詰のファールは3つ。あいつ自身は、気づけていないようだが……前半と合わせてそうだったはずだ……。今の……あの目は……まさか!?






 だが、天河が考え終えた頃にはもう遅かった。白詰は、シュートを撃とうとする航の元に……!





「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ! まだだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



彼の気合の籠った声が炸裂し、航のシュートを止めにかかろうとする。そして、その掌が航のシュートを撃とうとする手に近づいたその瞬間……!








「よせぇ! 想太ァァァァァ! ダメだアァァァァ!」





 白詰と航のいる所から少し離れた所で天河の声が聞こえて来た。しかし、想太には彼の言っている事なんて分からなかった。彼は、引き続き航を止めようと一生懸命に手を伸ばし、体勢を崩す事なくDFに集中する。だが、次の瞬間天河は言った。






「……航は、お前からファールを引き出そうとしているんだァァァァァァ! 4つ目のファールを狙っているんだァァァァァァァァァ!」









「……!?」





 ――だが、時既に遅し……。航はわざと自分のシュートを撃とうとしている手を白詰の伸ばしていた掌にぶつけながらボソッと言った。





「……この時を、待っていた」






















 ――ピピィィィィィィィィィィィィィィィィィ!


















 ――航の放ったシュートは、白詰の手に当たったというのに軌道をほとんど変えずに真っ直ぐゴールへ向かって行き、そして入った。



 審判は、言った。







「……チャージング! 青7番! バスケットカウントワンスロー!」




この時、会場は航のプレイに興奮しつつ、情けない表情で手をあげる白詰の事を見ながら騒いでいた。




「……あの7番、とうとう4ファールだぁぁぁぁ!」




「もう後がねぇ! 退場まであと一歩だぞぉぉぉぉ!」





 大歓声の中、白詰は黙って手を挙げ続けた……。そんな彼の姿を見て、逆サイドの光星側観客席に座っていたメガネ大学生が、解説を始める。





「……これが、第2の穴。スピードだ。もっと言えば実力と言った所だろう。今、光星のメンバーの中で唐菖部に追いつける者は誰一人存在しない。あの7番も今のファールで今までのようなプレイはもう無理だろう……。そうなれば……光星はまた点差を離される一方だ」


「いっいや、ていうかよぉ……」


 そんなメガネの解説の後に、不良の1人が彼に話しかけた。メガネが耳を傾けるとその不良は言ってみせる。


「ファール4つってそんなにやばいのかよ! 兄貴は!? 兄貴は平気なのかよ!」



 すると、そんな不良に対してメガネは呆れたように溜息をついた後に告げた。



「バスケはファールを5個取ると退場ってルールなんだ。これはバスケって競技がやたら接触の多い競技だからこそこんなルールになったんだが、逆にファール4つとなると次で退場だからな。大概の選手は思い切った良いプレイができなくなる。まっ、この場合その……君の言う兄貴とやらは平気だ。けど、あの7番は次で退場。すなわち、光星は戦力大幅ダウンだ。ここまでの試合の様子で光星は交代を使わなかったからな。控えもそんなに良い選手がいないのだろう……。下手したらこれで今度こそ勝負アリってとこかもな」



「そっ、そんなぁ……」





 不良は悲しそうにそう言った。一方、メガネの方は、そんな解説をしながらも視線の先をコートに向けていた。彼の目の先では、ちょうど航がフリースローを一本決めている姿が瞳の中に映っていた。点差は、ここで18点扇野原リード。どうしようもない状況であった。





 コートに立っていた白詰が、舌打ちをしながらも切り替えてフロントコートに戻って来ると、既にそこで待っていた航が彼の悔しそうな顔を見て煽るような顔で言ってくる。





「なぁ! お前、練習でもそうだったけど……やっぱ負けるわけ?」





「あぁ……?」


 白詰が、彼の事を見つめてきて、何か言おうとしたが、それよりも先に航が言った。





「まっ、そうだよなぁ……。お前、練習でも俺に勝てなかったもん」






「……」





 航は言った。



「……世の中さ、努力したもんが最終的には良い思いできるようになってるわけ。俺は、お前と違ってきっちり3年間ずっと練習して頑張って来たんよ。だから、お前らみたいな””とは違うのよ。俺には、試合に勝つ資格があるんだわ」








「……!?」



 この時、白詰の心の中では1つの同様のようなものが生じた。それは、それまで彼の中でモヤモヤしていたこの気持ちの正体。……そう、今はっきりと航が自分に向かって言ったこの言葉だ。








 ――””。





 それは、彼が……というよりも彼ら全員がこの大舞台に立つまでの間に散々言われてきた言葉だった……。



















 2年前。それは、彼が10休憩の時間中に廊下を歩いていた時に聞こえて来た話だ。








「うちってさぁ、進学校らしいけど……なんか、思ったよりパッとしねぇよなぁ~」




「あぁ、分かるぅ。正直、高校生活も思ったより楽しくないっつうかさ」



「まぁ、だってうち、勉強以外ダメダメだもんな。部活とかほとんど優勝経験ないみたいだし」






「……部活は、ホントくそだよな。この前とかマジバレー部だるかった」


 男はそう言いながら1人鞄からバレーボールをとり出し、指先でくるくる回していた。



「乙~」



 すると、バレーボールを指先でくるくる回していた男が1人言った。


「ていうかさ、部活で思い出したんだけど前、バレー部の練習中にバスケ部の練習見たんだけど、マジで終わってんのよアレ! なんか、雰囲気も最悪だし、全然真面目に練習してる感じないっつうか~? 死んだ魚みてぇなのよ!」





「はははっ! マジィ?」




「さっすが、クズ部活学校だ!」


















 ――””。

















 2年前。まだ、白詰が真面目に練習をしていた頃の事。家族にテストの結果を見せている時に母は、自分の息子の模試の成績のあまりの悪さに怒り、興奮しすぎてつい、白詰に言ってしまったのだ。





「……あんな、クズみたいな部活頑張るよりアンタは勉強を何とかなさい! このままじゃ、大学いけないわよ!」





















 ――””。
















 母からの説教の後に白詰は、先生たちからも成績の件で呼び出しをくらっていた。教師は、言った。




「バスケ部なんて、クズみたいな部活やめて……うちの学校に泥をぬるようなこの模試の成績をなんとかしなさい」

















 ――”



















 先輩達も昔言っていた。1年前の俺が部活から離れていた時、アイツらはわざわざ俺がたまたまその日、1人で帰宅している所にやって来て言って来たんだ。





「……お前らの代になったなぁ! あっ、やめたお前にゃあ関係ないか! なんせ、部活は天河1人! あっ、花車忘れてたわ! あんなんでうまくいくわけねぇよ! なんたって、うちのバスケ部は昔からずっとクズの集まりだからなぁ!」
























「……””」





 白詰は、目を瞑ってそう言った。彼は、目を開いた後に会場を見渡し思った。


 ──そういや、ここへ来た時も最初に観客だかなんだかに言われたな……。どうせ勝つのは、扇野原だって……かもな……。





 白詰に対して航は、キョトンとした目で彼の事を見ていた。すると、彼らのいる所とは反対側で立っていた百合と紅崎が試合中に軽い話をしだす。






「……もう、あの7番は無理だ。手も足も出なかったな」




 しかし、そんな彼の一言に対して帰って来た紅崎の返事は、疲れて下を向いている今の彼の様子とは全然違う事だった。








「……いいや。知らねぇのかよ。東村中学元エースの白詰想太を……。アイツが、どれだけ恐ろしいかを……。航が、どんどん強くなるとか抜かしてたなぁ……誰かが。知ってるかよ……」




 紅崎は一呼吸置いてから言った。












「……そりゃあ、想太だって一緒さ」








       扇野原VS光星

      第4Q残り7分01秒

         得点

        103VS85

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