第104話 東村、覚醒

 試合は、今変わろうとしていた。圧倒的点差をつけられていたはずの光星が、ここへ来て10点まで縮めて来た。観客達は、そんな光星バスケ部のメンバーを見て自分の興奮を鎮められなかった。


「ファールだ! 鳥海がついにファールをしたぞ!」


「マジかよ……。ていうか、これで……」






「「10点差! 光星ついに10点だ! 追いついて来たぞ!」」



 光星選手達は、観客と同じ位この時興奮していた。彼らは、この試合初めて喜び合っていたのだ。



「よっしゃああああ!」


 全員がそれぞれハイタッチなどをしだす。といっても勿論、白詰と紅崎の所だけはハイタッチなんてしないわけなのだが……。しかし、これが本当に流れを大きく変えた最高のプレイだった。光星サイドとは裏腹に扇野原選手達の表情が少しだけ曇り出す。



「……」


 航が、喜び合う想太や紅崎の姿をジッと見ていた。そして、そんな彼の傍を天河が通りすがり、狩生とハイタッチをかわした後に近くに立つ霞草達5人に話しかけた。



「……良いか? 今、流れはもう一度うちに来ている。このフリースローは大切だ! 特に撃つのが狩生だからな。ちゃんと決めてくれよ。……しかし、もし外したらその時は、リバウンド頼むぞ。想太!」



「おう。任せとけ」


 白詰が、そう言って天河に拳を突き出すと彼もそんな白詰に合わせて拳を突き返し、2つの拳が合わさった。そして、5人はそれぞれの場所へと戻って行く。





「ワンショット!」


 審判の声だ。会場は一気に静かになり、選手達も含めて全員がシューターの狩生をジーっと見ていた。





 ――利君……。




 そんな沈黙の中で扇野原ベンチに座る新花は、狩生の大きな背中を見ながら思うのだった。






 ――凄いよ。利君。鳥海さん相手にファールを貰いに行くなんて、今まで見た事ないよ。この試合の中でどんどん動きが良くなってるね……。まるで、本当にそこ

に……お爺ちゃんが座ってみているみたいに……。小学校の頃のがむしゃらにやっていた時にそっくり……。



 そう思った所で、新花はぼーっと狩生ではなく、何故か光星ベンチの一番端っこへ視線を向けていく。なんだか、謎の引力に引っ張られて彼女の視線がくいーっと傾ききると、新花はそのベンチの端に何かを見た。……それは、懐かしい人の姿。小学校時代に狩生や自分の兄をバスケットに熱中させた優しくも厳しい師の姿が映ったのだ。




「……!」

















 狩生は、元々フリースローが得意な方ではなかった。しかし、彼はこのボーナスショットを執念で決めた。身体から湧き出る力――。尊敬する師の励ましが彼を強くしていたのだ。







 これで、正真正銘光星の10点ゲームとなったわけだ。花車達ベンチは喜んだ。よしっ! とガッツポーズをしていた。だが、これで終わりではない。むしろこれが、始まりなのだ。10点差にまでできたというのは、あくまで逆転できる可能性が増したというだけで、まだ逆転できたわけではない。それは、コートに立つ選手達が一番よく分かっていた。




「怯むな! 当たるぞ!」


 その第一声を発したのは、紅崎だった。彼は、自分がもう疲れてろくに動けないのにも関わらず、誰よりも早くオールコートでのマンツーマンを展開し始めた。この最も走らなければならないDFをコート上で一番疲れているはずの選手が率先して始めたというのが、光星の他の選手達にも火をつけた。


「おう!」


「オーケー」


「了解!」


「任せろ」



 5人は一丸となって強豪扇野原の攻撃を果敢に守りに行った。その奇襲攻撃にも似たDFを前にベンチに座っていた監督も、それまでの余裕ありげな様子から一変。焦りを感じ始めたのか、自ら立ち上がってタイムアウトを取ろうとしていた。しかし彼が、立ち上がって一歩を踏み出したその時、またしても嫌な瞬間を目撃してしまう。




「とったぁ!」



 またしても、光星のスティールが炸裂してしまう。しかも今度は白詰。彼は、さっきと同じく金華から航へのパスをとっていた。白詰は、ボールを獲るや否やドリブルで走り出し、真っ直ぐリングへと向かった。




「撃たせん!」


 そんな彼を後ろから航が追いかける。2人の足の速さは、五分五分。そこに差はないように見えた。しかし、先に走り出していた白詰の方が有利であり、航は追いつけなかった。そして、そうこうしているうちに航は目の当たりにした。



 白詰が、後半戦初めてダンクを決める姿を――。ドゴンッ! と爆発したような音が木霊して白詰が着地する。彼は、後ろを振り返るとそこに航が立っていたのを見て一言言った。



「なんだ……そこにいやがったのか」



 白詰は、無表情でそう言ってやった。彼は、まるで興味なんてなさそうに航の隣を走り抜けて航の真後ろに立つ。



「……!」




 当の航は、あんな事を言って来た白詰に対して何か言い返す事ができなかった。しかし、このやりとりが結果的に航の心の中に眠っていた何かを目覚めさせるきっかけとなったのだ……。






 ――8点差……。




 航は、スコアボードを見た。そして、自分もOFのためにフロントコートへと走り出した。


 おかしな話だ。航は、そう思っていた。紅崎は確かに強い。3Pをあの土壇場であそこまでバンバン決められるのも全国じゃそうそういないだろう。










 ――6点差……。







 航は、リバウンドを狩生にとられて、また光星の速攻で追加点を獲られていくのをぼーっと見ていた。ちらっとだけタイマーを見たらそこに刻まれていた時間は、なんともう2分30秒しかなかった……






「……落ち着け! ゆっくり! ゆっくりいっp……」




 ――金華の声が、途中まで聞こえた気がする。





 OFは、どんどん過酷さを増していく。光星の気合の籠ったDFが、扇野原を苦しめている……。ボーっとしながら航は、そんな当たり前の事を考えていた。



「7番! おっk……」



 ――想太の声も途中までしか聞こえない。





 航は、そんな事を思いながらボールをドリブルさせてツッコミに行こうとした。




 ――けど、その瞬間目の前の白詰が崩れた……気がした。




「チャージング! 白7番!」



 ――審判にそう言われた気がした……。







 光星の攻撃。白詰が、ボールをキャッチしてすぐにシュートをするんだとそんな風に航の目には映った。だから、彼は咄嗟に白詰の投げようとするシュートを叩き落とそうと手を伸ばしたが、ここでもやはり審判の笛の音が聞こえてくる……。





「ファール! 白7番! フリースローツーショット!」





 ――あぁ、これで4点差か……。あれ? そうだっけ? あぁ、数えるの途中でめんどくさくなっちゃったな。時間は……うわぁ、1分か。もう第3Q終わっちまうじゃん。






 航は、その後も白詰がフリースローを2本とも決めている間にも心の中であれやこれやとブツブツ独り言を呟き続けていた。







 ――初めて、全国大会を経験したのは……いつだっけ? あぁ、高1の頃か。あの時はまだ、スタメンじゃなかったなぁ……。その後も全国大会には行けても、ほとんどベンチ。スタメン入りしたのは、つい最近だったなぁ……。あぁ、今年はいけると思ったんだけど……。どうしてかなぁ……。
















 その頃、白詰はフリースローを2本とも決めてついに光星は扇野原との点差を4点にまで縮めていた。彼らは、それでも尚この流れを途切れさせまいと一生懸命に声を掛け合い、走り続けた。





「DFだ! 切り替えろ! すぐにDFだ!」



 キャプテン天河の声。それに返事を返す仲間達の声。気合はまだまだ十分だ。なんせ、彼らにはまだ最後の第4Qが残っている。今ここでできる所まで点差を縮めて置かないと、それこそ最後の最後で大変な事になってしまう。そう、彼らは全員思っていた。


 そして、光星選手達がさっきまでと同じようにオールコートのマンツーマンの用意が済み、両チームの選手達がそれぞれコートの半分まで移動しきったその頃、白詰はマークマンである航の様子が今まで明らかに違って来ているのを肌で感じた。






 ――なんだ!? コイツのこの謎の気配は……。今までで一度も体験した事ないような……何かが来そうなこの感じは……。





 その時ふと、白詰はタイマーを見てその後に扇野原ベンチの方を見てみた。





 ――あれ? そういえば、さっきまで扇野原の監督はタイムアウトをとりに行こうとしていたはずじゃ……? それが、どうして……。





 白詰の脳内に様々な疑問が浮かび上がって来る中、それを察したのかキャプテン天河が彼に向かって声をかけた。



「考えるのは後だ! 今は、とにかく点をとるぞ!」



 その言葉と共に白詰の元にパスが飛んでくる。




 ――そうだ。切り替えろ。やっとここまで来たんだ。点を取りに行かねぇと……。





 白詰は、そう決心して再び目の前に見える航を睨みつけた。だが、やはり彼の様子がおかしい。ぞわっと何か恐怖のようなものを感じた白詰は反射的にドリブルで航の事を抜きにかかった。




 ――追いついて来るか!?




 そう思っていたが、しかし航が自分のスピードに追い付いて来る事はなかった。それを見てほんの一瞬だけ白詰の心の中にちょっぴり隙が生まれた。……といっても本当にちょっぴりで隙というにはあまりにも一瞬の事だった。



 ――なんだ。やっぱり大した事ないか……。




 この隙が、一瞬だけちらついた白詰だったが、すぐに切り替えて彼はもう一度ダンクをしにかかった。





「よーしっ! ぶちかませ! 想太ァァァァァァァァァ!」



 白詰の後ろから紅崎の気合の籠った声が聞こえてくる。




 ――わーってるよ。テメェとはちげぇんだ。ハゲ……。




 そんな事を思いながら白詰がリングにバスケットボールを叩きつけようとしたその時だった……!








 ――バチィィィンン! と大きな叩く音が聞こえて来て、それと共に白詰のボールを持っていた方の手に痛みが走る。痛みが少しだけ和らいで手の感触が戻って来るとそこには、さっきまで持っていたはずのボールの感触が何処にもなかった。




「え……?」



 白詰が分からないままでいると、そこに審判の笛の音が聞こえて来て告げた。




「ファール! 白7番! フリースローツーショット!」




 白詰は、着地と共に後ろを振り返った。すると、そこには自分の方へ手を伸ばしていた航の姿があった。




 ――え? なんで……? さっき抜いたはずじゃ……。





 航は「?」を浮かべる白詰に対して言った。




「……このスピードより速かったか。そうか……。惜しかったなぁ……。もうちょい早く手を伸ばしてりゃファールにならなかったのに…………。まぁ、良いか」





 ――ゾクッ! と鳥肌が立った白詰。航が、彼の目を見て今までにない位恐ろしい顔で告げた。









「次は……ない」







       扇野原VS光星

      第3Q残り40秒

         得点

        79VS75



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