第105話 宣戦布告

「ツーショット!」


 審判が声を出してからボールをシューターの白詰にパスする。彼は、ボールを審判から受け取るとその場で2回バウンドさせた後に掌の上でくるくる回転させ、そしてシュートの構えを作った後に足腰を曲げてシュートを撃った。たちまち放たれたボールは、さっき掌でされていた回転と同じ位くるくると空中を回りながらとんでいき、そしてネットを滑らかに入っていく。

 白詰は、入って当然と言わんばかりの自信に満ちた顔でネットを潜り、フロアに落ちて行くボールを眺めた。そして、ボーっとする事なく彼は切り替えた。


「7番オーケー!」



 光星は、残り40秒のこのタイミングでも決して緩めたりはしなかった。最後の最後まできっちりと守りきる。そして、残り2点の点差を縮める……。それを5人はマークマンに引っ付きながら虎視眈々と狙い続けた。白詰もいつでもパスカットできる準備万端の状態だった。しかし、そんな事は向こうだって分かっていた。白詰の間アークマンである航は、深呼吸をして上がり出していた肩を落とし、極限までリラックスした状態を作り上げており、それを見た白詰は驚きと同時に恐怖のようなものを感じた。


 ――コイツ、さっきから様子が本当に変だ……。今まで、こんな航は見た事ねぇ……。




 この思いは、白詰だけでなく他の光星メンバーも同じ事を思っていた。彼らは全員、中学も一緒で、だからこそ感じ取れたのだ。






 ――こんな航は、知らない……。






 だが、考えてばかりもいられない。ボールは、やはり金華の元に渡り、そこから扇野原の攻撃が始まる。金華のマークが天河だという事もあって扇野原はボールを運ぶのにも精一杯。時間の半分をロスしてしまう程だった。


 なので残りの半分の時間、つまり12秒を使って攻撃しなければならず、そうなった場合、扇野原の攻撃はアウトサイドからの無理なシュートが多くなってくる。今回も残り時間が様々な意味で少なかったので、扇野原4番金華はパスコースを塞がれてしまった都合でシュートを撃った。


 当然、仕方なく撃ったシュートが入るなんて事はそうそうないため、このシュートを外してしまう。



 ――残り時間は、17秒。リバウンド勝負だ。



 霞草は、上に見えるボールを睨みつけ、それを獲りに行こうと高く跳びあがる。第2Q以降、何度も何度もリバウンドを獲り続けていられてる今の彼なら余裕だと、誰もが思っていた。しかし……。



「させません!」


 霞草の獲ろうとしていたボールを逆にぶんどったのは、真横でジャンプしていた鳥海。彼は、力強くバスケットボールをがっしりと両手で掴み、それを離さまいと脇の下辺りに持ってきてホールドする。そして、見事着地した鳥海の耳にすぐ声がした。



「界兜、出せ!」


 鳥海からパスを受けたのは、さっきまで深呼吸をしていただけだったはずの唐菖部航とうしょうべわたる。ボールを持つとその途端に彼は、自分の目の前でDFをしている白詰が視界に入った。





 ――これ以上ない良いDFだ……。





 それは、航の心の中で漏れた率直な感想だ。白詰のDFは確かに美しい。シュートもドリブルも両方止めに行けるように手を上げており、腰も丁度いい位に落としてあって、視線の先はちゃんとボールにある。素晴らしい。エキサイティングなDFだと航は心の中で何度も唱えた。






 ――けど、だからこそ……。





「潰しがいが、ある……」







 人間というのは、自分が強者んぼ立場になった時、おのずと心の中に弱者を見下す心が芽生えてしまうものだ。大人が子供をガキ呼ばわりし、虐めたりからかったりするように。人というのは、強者になればなるほど、そう言った部分の闇が膨れ上がっていくものなのだ。




 東村中学の頃に一緒にプレイしていた頃の航は、確かにシックスマンとして試合にも出れていた。その頃から強かっただろう。だが、それでも部内で試合に出ているレギュラーメンバーの中では、一番最弱と言っても良かった。











 ――それが、今では扇野原に入った事で化けて帰って来たって事かよ……。









 白詰は、改めて航と向き合ってその心に恐怖のようなものを覚えた。




 ――どう来る? シュートは恐らくない。右か……左か……? いや、ここは!




 白詰は、状況から航の次に行く場所を予測。そして、先回りをして止めにかかろうとする。しかし……。





「……何!?」


 彼が、先回りを始めるよりも速く、あの僅か数秒もない0コンマの時間の中で航は、ドリブルを始めて白詰をフルドライブで抜き去った。






 ――そんな……!? 予測したのに……。しかも、コイツ……さっきよりも断然速い!?





 白詰があまりにも簡単に抜かれてしまった事には、他の仲間達も驚いた。しかし、それでもここは、獲らせまいとゴール下に立つ狩生が航の事をブロックしようとジャンプする。


 航は、思っていた。







 ――潰しがいが、あるのは確かだ。残り時間ももう5秒を切ってる。この少ない時間の中で如何にして点を獲るか……本当にワクワクする。しかも相手は、俺より強かった奴ときた。ここから先も最高に楽しみだ……。けどな、俺のせいでもあるけど……さっき抜かれた時に一瞬だけ見せたあの顔……あの「なんだ。やっぱり大した事ないか……」って思ってそうな顔……そう言うのが、一番腹立つんだよ。今日までの練習で一度も勝った事ないくせに……。





「余裕ぶってんじゃねぇよ!」



「……なっ!?」



 その時、狩生は見た。それまで見た事もなかった航の怒った顔だ。彼は、本能的恐怖を感じながらも、同時に航のダンクを止められず、得点まで許してしまった。ガツンッ! と大きな音をあげながら航が、ダンクをかましてすぐに着地する。





 そして、ここでちょうど第3Q終了のブザーが鳴った。航は、少し後ろに立っていた白詰の所へまで歩いて行き、彼に告げた。



「……次はないって言ったよな? は、もう昔とは違う。バスケで人に優しくなんてしないぜ。…………余裕そうに構えてる暇があったら、くたばるくれぇ走って、死ぬ気で俺から獲ってみやがれ!」




 それは、まるで百獣の王に生まれた子ライオンが、立派な父のようにたくましく強くなったように凄まじいオーラを醸し出していた。白詰は、そんな彼に向かって……そして、まださっきのフルドライブが脳内に残っているこの胸が熱くなっている間に……不敵に笑ってみせた。彼は返した。


「上等だ……」






 両チームのエースは睨み合った。少しして彼らは、それぞれのベンチに戻って行く事になるが、この時から既に両校のキャプテンをはじめ、全ての選手達は4点差という点差と10分間の第4クォーターという存在を前に心で理解した。









 ――最後は、間違いなくお互いのエースによる点の取り合いが起こる……。







 そうして、お互いのチームのメンバーがベンチに戻って行く中で天河は密かに本来マネージャーが書くはずの紙を一生懸命に書いてくれている花車の試合記録表をチラッと見た……。そこには、光星7番の白詰がファール2つ。扇野原7番の航が、ファール3つと記入されており、それを見て天河は、更にブルっと体を震わせた。









 ――大戦争が起こる……。











       扇野原VS光星

        第3Q終了

         得点

        81VS77

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