第103話 ひとつに
紅崎は撃ち続けた。天河が自分にボールを回してくれる限り……。紅崎は走り続けた。自分の元へ白詰が来てくれる限り……。
どんなによく入るプロの3Pシューターでも長距離のシュートの率は、あまり高くはない。というより、人間という不完全な生き物の都合上、こうなってしまうのは当然でもあった。
ベンチに座る扇野原監督は、そうと分かっていたからこそ、この流れを無視し続けた。彼は思った。
──この流れは、いずれ途切れる。確かにあの3Pは脅威だが……むしろ向こうが3P一辺倒になるというのなら好都合。打率を考えてもそろそろボロが出る頃だ。
そんな余裕をかます監督に対し、扇野原マネージャーの新花は逆に焦りを感じていた。
「監督、今のままじゃ……」
しかし、当の監督はそれでも余裕を持っており、しかもむしろ彼女がコート上の選手達を信頼していないのかと疑問にさえ思っていた。
「慌てるな。向こうは、
そして、監督は口には出さなかったが心の中で思った。
──うちの選手達を舐めるなよ。
そしてちょうどその頃、コート上では今まで通りに白詰がスクリーンをかけに行っていた。紅崎も白詰の方へ走り出し、反対側まで来たところでシュート……と順調に行くと思われたその時、タイミングよく紅崎のマークマンである百合が白詰を振り切って紅崎の方へ走り出す。
「何度も同じ手を食らうかァ!」
彼が手を広げて紅崎のシュートを妨害する。刹那、放たれたボールに百合の中指の先が1つ……触れる。そして、宙に浮いたボールは真っ直ぐにはいかず、途中で急降下してバスケットリングの先に衝突。ガコンという音と共にバスケットボールが下へ落ちてこようとする。
これを監督は待っていたのだ。彼は、思った。
――DFは、ボックスワン。つまり、DFリバウンドで有利なのはうちだ。なんせ、先にインサイドへ人が入り込んでいるのだからな。スクリーンアウトなんてせんでも、ボールを獲りにいきやすい。
「リバウンドだ!」
監督が、そんな調子で声をあげる。――だが、それに対してマネージャーの新花はさっきからずっと嫌な予感を抱いていたのだ。そして、彼女の勘は当たる事となる。そのリバウンドボールは、途中までは鳥海と種花が掴もうとする所に見えていた。しかし実際に獲ったのは、彼らのどちらでもなかった。2人の間に別の誰かの手が伸びてくる。がっしり掴んだリバウンドをその男は、そのまま奪い取った状態でフロアに着地する。このあまりに突然現れた謎の男の衝撃にまだフロアに着地できていなかった鳥海と種花は驚いた。
「「……霞草!」」
ボールを持った霞草は、そのまま着地と共にパスを裁く。
しかし、そのパスの方向はとても変な所だった。白詰がとるにしては、少し右に行き過ぎているし、天河がとるにしても左へ行き過ぎている……。だが、そんな2人のちょうど間に飛ばされたボールをキャッチしたのは、なんとそこまで走って来ていた紅崎だった。
――紅崎は諦めなかった。外してもゴール下で霞草が獲ってくれると信じて……。
彼は、霞草から受けたパスをそのままゴールに向かって投げる。「しまった!」という声があちこちで聞こえてくる。そう、この時の紅崎にはDFが1人もついていなかったのだ。百合は空を飛ぶボールを眺めながら思うのだった。
――今まで走れないフリをしていたのは、このためだったというのか……。いや、でもしかし! 間違いなく奴は、走れなかったはずだ。今だってシュートを撃つ態勢でカッコよく決めながらも息をゼーハーゼーハーさせているんだ。……でも、じゃあどうしてそれなのに奴は俺のDFを突破できたんだ……?
百合には、今の彼がゾンビゲームのゾンビにしか思えなかった。恐ろしい。何度倒したと思って銃を下げてもまた襲い掛かって来る。しかも倒せば倒す程に強くなって蘇って来る……。彼が、また鳥肌が立つのを感じたのと同時に紅崎の撃った3Pがまたも入ってしまう。点差は、ついに13点となった。もうとっくに30点もあった光星と扇野原の点差は半分以上も縮められていたのだ。それも……たった1人の選手の力で。
百合は、口をあんぐりと開けるだけだった。そして、そんな驚く彼の元にここで更に思わぬ事が起こる。完全に疲れ切って動きにキレのない紅崎が、この試合ここに来て初めて物凄いキレをみせた。しかも、それも……本来獲れるはずのない金華から航へのパスだ。航は、いつも紅崎や百合のいる方とは逆の位置にいつも立っていて今回も例外ではなかったのだが、何故か航の方へ近づいて来ていた紅崎が航へのパスを物凄いキレと共にスティールしてしまう……! これには、敵だけでなく味方も意味が分からなかった。分からなかったが、しかし考えている暇なんてない。天河はすぐに紅崎からボールを貰うと、走り出した。そんな光星の動きに1人の観客が言う。
「すげぇ! 完全に光星ペースだ!」
まさにその通りだった。扇野原の選手達は、DFに戻るため走りながらスコアボードをそれぞれ見た。
13点差で、第3Qがとうに残り5分を切っているという事は……。つまり、逆にいえばここでまた3Pを撃たれれば10点。一気に光星が逆転する希望が見えてくるというわけで、それは裏を返せば扇野原の負ける可能性も増してくるという事でもあった。
「やっ! やらすかぁ!」
彼らは、必死だった。必死にDFを展開する。そして、ここもちゃんと狙っていた光星は、10点差にすべく紅崎へパスを回した。3P……この一本で自分達は一気に楽になる。だから、ここで彼に託す他なかった。
さて、試合会場中のほぼすべての人達の視線が紅崎に集まる中、観客席の前の方でずっと試合を見ていたとある学校のバスケ部の顧問が生徒達に今の状況を説明しているのが数ある歓声の中から耳をすませると聞こえてくる……。顧問は言った。
「……今、光星はひとつになろうとしている。それもあの15番の3Pシュートを中心にね。良いかい? 15番が3Pを撃つ。これを他の4人が全力でサポートするという流れが完成しつつあるんだ。まず、7番の子がスクリーンをかけて15番をフリーにする。そして、がら空きになった所を4番が素早く、且つ15番が来るであろうと位置を正確に予測しながらパスを出し、そこにドンピシャでやってきた15番がシュートを撃つ。外してもさっきのように6番のメガネ外した子がとってくれる……。というわけだ」
しかし、そんな顧問の説明に対して生徒の1人が率直に疑問に思った事を口から漏らす。
「……ん? じゃあ、12番の
すると、顧問は「おっ!」と嬉しそうな顔で喋り出した。
「良い質問だね。……確かにリバウンドも参加しているんだ。けどね、それだけだと回答としては50点。そこの仕事はあくまでも
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改めてコート上では、ボールを持った紅崎がすぐにシュートを撃とうとする所から始まる。彼が、全力を振り絞ってボールを高く上げると当然、必死に守っている百合も全力で紅崎のシュートを止めにかかる。紅崎は、素直に流石だなと一瞬だけ思ってしまう。なぜなら、ここへ来て百合のDFは凄まじかった。本当にシュートをブロックされそうになったのだ。……いや、おそろくこのまま撃てばブロックされてしまう。それが、紅崎には直感で分かった。今のろくに頭も回らない疲れ切った彼には、直感で物事を判断するしかなかったが、それでも分かった。止められると……。
だが、この直感が結果的に良い方へと働いた。紅崎は、もう後少しでシュートを撃ってしまうという所へまで来て急に撃つのをやめた。彼は、飛び上がった状態でパスを出したのだ。それも、ゴール下に。
――ボールを掴んだのは、それまでメインの仕事が1つもないと思われていたはずの狩生だった。彼は、ボールを持つとすぐにゴール下へ視線を向けた。すると、やはりDFの視線が紅崎に集中しており、誰もボールを持っているにも関わらず狩生の方へ視線を移してなどいなかった。これを見てか、狩生の脳内にまた、老人の声が聞こえてくる。
――舐められてるぞ。少年……。
「……!」
彼は、目を見開いた。爺さんの言葉はまだ続く。
――今こそ、向かって行くべき時じゃ……!
狩生は、ドリブルを始めてゴールに向かって行った。
――忘れるな! お前には、その大きな体がある!
狩生は、鳥海がやっとの事ヘルプDFに来ても胸を張って自分の行くべき道をドリブルして突き進んだ。
――自信を持て! お前には、何者にも負けん強さがある!
鳥海がやって来ても狩生は、構わずに自分のやるべき事を続けた。
――思い出せ! これまで何度もぶち当たって来ただろう!
そして、狩生はとうとうゴールの下でボールを持つと上を見上げた。
――お前が戦わずして……誰がこのゴール下で戦うというのだ……。
狩生は、飛んだ……。
――お前だけの持つ強さは……武器は…………!
「俺だけの強さと武器は……」
「「最後まで戦い抜くためにあるんだ!」」
――狩生は、鳥海に止められながらもそれでも諦めず、屈せずシュートを撃った。そして、これを見ていた審判はすかさず、笛を吹いた。狩生の放ったボールがバスケットゴールのバックボードとリングをピンボールのようにガツンガツン当たるのを繰り返した後にカジノルーレットのように丸いリングをくるくる回った。
――そして、外側にボールが傾いたかと思われたその瞬間、奇跡的にボールがネットの中を潜っていく。審判が告げた。
「プッシング! 白5番! バスケットカウント! ワンスロー!」
この時、会場は今日史上最も沸き上がった。
――紅崎は信じていた。もしも自分がダメになった時は、ゴール下にいる狩生が決めてくれると……。
それは、一か月前までただの不良でクズと言われ続けた男が成し遂げた最大の王手だった。
扇野原VS光星
第3Q残り3分27秒
得点
79VS69
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