第102話 Teo Torriatte
――なんなんだ!? コイツは……!
百合には、この
――だっ、だが……。入るようになったというのならこっちも、警戒するまで……。今、最も危ないのはお前ってわけなんだからな!
百合は、不気味に思いつつも紅崎を徹底的にマークした。彼の気持ちの籠ったDFを前に紅崎は、全く振り切れない。それどころか、疲れが余計に蓄積されて動きがどんどん鈍って行く……。紅崎の結び目から広がるグチャグチャになった黒くて長い髪の毛が揺れる……。
「……ダメだ。このままじゃ花が持たない!」
花車もベンチから心配した。彼の言う通り、体力も少なくフラフラの今の彼には、ほんのちょっぴりのプレッシャーでさえ苦痛に感じてしまう位辛いものだった。最早、いつ倒れてしまってもおかしくない状況だったのだ……。
――だが、だからといって狩生や霞草を中心に攻めてもダメだ……一点でも多く点を獲りたいこの状況……紅崎に勢いがある今、奴に撃たせる事が一番良いって事は俺にも分かる……。
天河が、ドリブルをしながらそんな事を考える。彼は、金華に獲られまいとドリブルでうろうろしながら紅崎の様子を伺っていたが……それでもなかなか、攻撃のチャンスは来ない……。
――なんとかして……紅崎をフリーにしてやれれば…………。
それは、天河だけが思っている事ではなかった。紅崎と反対側に立つ白詰も彼と同じ事を考えていた。
・
・
・
「おいおい! なんだよ! なんでなんだよ! 今のは、俺にパス回してテメェが引っ込んでりゃそれで良かったじゃねぇかァ!」
「あぁん? ちげぇ! 俺が3P決めた方が点も多いし、確実だろうが! 算数も出来ねぇのか!? テメェはよぉ!」
「んだと……このハゲェ!」
「やんのか? このブロッコリー野郎!」
白詰と紅崎は、中学時代から仲が悪かった。同じスタメンだというのに……。それは、中学時代から同じチームでプレイしてきた天河も狩生も霞草も良く知っていた。何かあるたびにこの2人は喧嘩を始める。
それは、高校に入ってからもそうだった。高校一年生だったこの頃、2人の喧嘩は物凄かった。彼らはいつも練習終わりの自主練でさえもぶつかり合っていた……。
「止めなくて本当に大丈夫なのかい!?」
高校から天河達5人と知り合った花車は、いつもそんな2人におどおどしながら練習に付き合っていた。
「平気だ。アイツら、いつもあぁやってお互い罵り合ってんだよ。まぁ、確かに紅崎の坊主はハゲにも見えるし、白詰のあの頭につけてるあれも……うん。ブロッコリーだな」
「はぁ?」
「あぁん?」
白詰と紅崎は、同時に天河の事を睨みつけた……。そして、2人は天河の事を道成寺の清姫伝説に出てくる大蛇のように怒った顔で天河の事を追いかけ回した。天河も体育館のあちこちを逃げ回るのだった……。
花車は、そんな白詰と紅崎を見て思った。
――この2人が、もしもいつか……公式戦の大舞台で協力でもしたら……きっと、とんでもない事が起こる……。凄いぞ……きっと、そうだ。俺の勘は、当たるからね……。
・
・
・
・
・
・
白詰の頭の中に試合再開前の小田牧の言葉が蘇る……。
「白詰は、囮になってやれ……」
――全く、何処までも何処までも嫌な野郎だ……。俺より目立とうとしてんじゃねぇよ……。不良のくせに……。
白詰は、流れる汗をユニフォームで拭き取りながら、タイマーに刻一刻と刻まれる時間を見た。そして……
――けど、もう良いわ。そうすりゃ点差縮められんなら……今回はテメェに譲ってやっても良い……。
白詰は、心の中で少しだけ嬉しいという思いを感じた。感じながら、彼は真っ直ぐ反対側目指して走り出した。
彼の目指す場所には、紅崎が立っており、更にその前には百合もいた。白詰の事を近くで見ていた航は、この状況に気づき、すぐに声を上げた。
「……百合! 来てるぞ! まずい!」
そして、彼の口から「スクリーン」のスが発音されるよりも前に白詰は、前に見える紅崎に合図を送る。
――行け!
この合図を紅崎は見逃さない。彼は、すぐに白詰の立つ方へ走り出す。2人の男は無言のまま通りすがる。
紅崎が走って、今度は逆にさっきまで白詰がいた所へまで走って来るとその立ち位置に到着するよりも若干前に天河のキレのあるパスが繰り出される。紅崎がボールを貰うと、彼はすぐにシュートの態勢に入った。白詰は、そんな彼の姿を見ながら自分の前に立つ百合を逃がしてしまう。彼は思った。
――だから、ちゃんと決めろよな。俺の分まで……。外すんじゃねぇぞハゲ……。
そして、この気持ちに答えるように紅崎は、今日5本目の3Pを決めるのだった。ネットを潜るボールの爽快な音が聞こえてくる。観客もこれには湧いた。
「すっげぇ! また決めたぞアイツ!」
「いや、それよりも……」
「「扇野原のボックスワンをたった2人でぶち破りやがったぞ! アイツら!」」
2人の活躍に観客は歓声を上げ、興奮しまくる。この熱狂の中で扇野原は、すぐに攻撃を始めていた。だが、金華が鳥海にパスをし、鳥海と狩生の1ON1となるが……。
――ここまで活躍がなかったからと言って、体が訛ってはおらんな? 少年。
今の狩生には、通用しない。なぜなら、紅崎が立ち上がったように彼も、前半で克服していたのだ壁を……。
「あぁ、平気さ。爺さん……!」
――俺は、1人じゃねぇってな!
狩生は、鳥海の攻撃に真正面から向き合う。そして、なんとか指の先をボールに触れる事でシュートを妨害した。鳥海の外れたシュートは、そのままリングの真下に落ちて行く。
「リバウンド!」
ベンチから扇野原の控え選手達が声を上げる。しかし、実際にリバウンドをとったのは、彼らではない……。
「貰ったアァァァァァァァ!」
「よしっ! 良いぞ! 進太郎!」
霞草の気合の籠ったリバウンドにより、見事扇野原の攻撃を止める事に成功する。彼のリバウンドボールを掴む所をビデオカメラを回しながら見ていた父は、カメラが回っている事も忘れて体を大きく揺らしながらグッと拳を握りしめてガッツポーズを決める。
すかさず、光星のカウンター攻撃だ。狩生→霞草と来て、そのボールは天河に渡る。彼は、全速力でドリブルをして一気にコートの反対側までやって来る。しかし、ここで忘れてはいけなかったのだ。扇野原の戻りの速さを……。天河が辿り着くよりも先に扇野原選手達は切り替えていた。
――速攻を潰された……!
天河は、一瞬小さく舌打ちをしてしまうがしかし、すぐにある方向を見て舌打ちしたくなったあの気持ちが切り替わる。彼の視線の先では既に白詰によるスクリーンが紅崎のマークマン百合にかかっていた。
「……しまった! また!」
走り込んで来た紅崎は、天河からボールを受け取ると、またさっきのようにすぐシュートを撃ちにかかった。
彼のシュートには、もう何の心配もいらない。美しく、精密で、そして何よりも投げたボールが全くブレたりしない。真っ直ぐとリングの真上に飛んでいった……。
――パツンッ!
気持ちの良い音と共にシュートは入った。これで6本目だ。紅崎の勢いは、最早止まる気配がなかった。観客は、もう大騒ぎだ。
この大歓声の中、紅崎は右を……。白詰は、左を走っていた……。2人は、DFに誰よりも早く戻ろうとしていたのだ。紅崎は、いつも右側に立っていたし対する白詰はその反対の左側。2人は、少しずつ少しずつ走りながらそれぞれの立っていた場所へと向かう。そうやって、距離が離れて行く……。
「……」
「……」
しかし、その時だった――!
「……」
「……」
――コツン……。
白詰と紅崎の拳と拳が、初めて合わさった……。
扇野原VS光星
第3Q残り5分00秒
得点
77VS63
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます