第101話 燃え盛るベニバナ
それは、試合が始まる約1ヶ月前に遡る。この時の光星バスケ部では、紅崎が復活して本格的に5人全員でインターハイのために練習を開始するという状況だった。5人は、毎日のように走ったし毎日のように練習に明け暮れた。そんな日々を過ごし出して数日経った頃に、天河、白詰と小田牧の間で一悶着あったわけである……。
それは、天河がいつも通り職員室へ鍵を取りに行こうとした時の事……。
「失礼します。体育館の鍵は……」
バスケ部キャプテンの天河が白詰と一緒に鍵の在り処を顧問の小田牧に尋ねると彼女は、無言で引き出しから体育館の鍵を取り出し、それをひょいっと投げる。そして、彼女は一言。
「最近は、真面目にやってるみたいだな。……相手が扇野原だというのに…………」
すると、そんな彼女の言葉に対して天河は、体を前のめりにして鍵を両手でキャッチすると職員室から立ち去るのと同時に返事を返す。
「まぁ、扇野原は強いですからね……」
これを少し離れた所で聞いていた小田牧は、怒鳴り口調で喋り出す。
「だから! そうだと言ってるだろう?」
彼女の突然の怒鳴り声に我慢ならなかったのか、天河と一緒に職員室に来ていた白詰は、少しイラっときてか立ち去ろうとする天河の事を肩に手を置いて止めた後に小田牧の方を振り返ってから言い返すのだった。
「……前から思ってたけど、アンタ何なんだ! どうして、俺達に対してそんなに嫌な態度をとるんだ!」
それを聞いて小田牧は、小ばかにするような顔で訊ね返す。
「……知りたいのか?」
白詰は、少しだけ怒りを込めて口を開く。
「あぁ、知りたいよ……」
「本当にか……?」
「……」
一言、間を置いて怒った白詰は天河に隣でやめろよと言われていても尚、止まらなかった……。
「だからそうだと言ってんだろ!」
すると、少年達の前で座っている女教師はそうかそうかと納得したように頷いてみせてそれから彼らの目を真っ直ぐ見つめて来た。
「……分かった。じゃあ、教えてやる。それもこれも、全部お前らが悪いって事をな! お前らが、次から次へとサボらなきゃ、私だってもうちょっと気持ちよく部活が出来たってもんだ!」
「……問題が、色々とその……重なり合っちまったんだ」
天河が、小さな声で言い返したというには少し物足りなさをも感じる声でそう言うと、小田牧はそれに対してはっきりと、白詰達に告げた。
「……クズだ! お前らみんな……クズの人生だ!」
・
・
・
・
・
・
*
――ベンチに座っている小田牧の脳裏に、このやりとりが思い起こされていた頃。過去の出来事の再生が終わったのと同時に彼女は、紅崎の美しいシュートを見る事になる。
「……!」
「……!」
それは、撃った紅崎もそれを見る小田牧も両方ともポカンと口を開けているだけだった。2人の視線の先には、ゴールに向かって飛んでいこうとするバスケットボールの光景があった。紅崎の美しく伸びきった両手が体育館の巨大なライトに照らされ、その先から放たれたボールが真っ直ぐにリングの真ん中を通過していく。3本目のシュートが決まったのだ。
これには、観客も驚いた。
「すげぇぇ! 3連続でスリー!」
「さっきまで30点もあったのに……今じゃもう……」
「21点差! このちょっとの間に9点も縮めたぞ! 光星!」
観客がこの出来事に大盛り上がりな中で、それと対照的にコート上の扇野原選手達は焦りを見せていた。点差的には、まだまだリードしていてそれなりに余裕もあるはずなのに、だ。
扇野原キャプテンの金華が、コート上に散らばったメンバーを集めて話を始めた。何か作戦を言っているのだろう。彼が、ごにょごにょと話し終えると選手達はそれぞれ背中に手を伸ばして、息を合わせて声を上げた。
「……勝つぞ!」
「「おぉ!」」
物凄く簡単な作戦会議と気合の入れ直し。タイムアウトでもないために、時間としては1分もない。だが、この僅かな時間の間に選手達の心は1つにまとまり、方針も定まった様子だ。
すぐさま、扇野原の攻撃する番が回って来る――。天河達が、先に戻ってDFを始めており、その後に扇野原選手達も到着する。
――見た感じ、
――4回連続は、許されない……。
金華が、そう思った丁度このタイミングでゴール下の方が慌ただしく動き始めた。台形の先で相手DFを押し込んでいたはずの種花が急にそれをやめて、一気に3Pラインのギリギリ内側まで走って来た。これに、金華は手を上げてやって来る種花に対してすかさずパスを回す。すると、彼はさっきまで押し込まれていた光星6番のユニフォームを着る霞草が、自分の所へまで追いかけてくるよりも先にシュートを撃ち、見事に決めてみせた。扇野原の2点がスコアに登録される。
「うまいな。あくまで余裕のあるのを装って2点を返す。流石だ」
光星サイドの観客席に座るメガネ大学生もそう言った。だが、今回の彼の目的は妹がマネージャーを務める扇野原を応援しに来たわけじゃなかった。それよりも、昔からの友が試合に出ている光星を見に来ていた。だからか、次の光星の攻撃にも期待していたのだが……ここで彼は、扇野原のDFを見て驚く事になる。
「……ボックスワン!?」
ボックスワンとは、DFの型の一つでシューター1人に対しては、みっちりとマンツーマンのDFを仕掛けるのに対して、それ以外の4人の選手達が全員でインサイドの守りを固めるそういうDFの事を言う。
メガネ大学生は1人思うのだった……。
――ここまで、全ての指示を扇野原は、監督からではなく選手達が個人個人で行っている……。なんなんだ? アイツらのあの異常なまでの統一力と、判断力は……。
そして、この驚きはメガネ大学生だけでなく、コートの中で試合をしている天河達も同じだった。
――ボックスワン……。どうやら、紅崎の3Pを本気で気にしているようだな扇野原は……。
――これじゃあ、あのバカがシュートを撃つ隙が生まれねぇ……!
天河と白詰がそれぞれ、紅崎の事を目で見ながらそんな事を心の中で思うのだった。そんな中で紅崎にピッタリとくっついて離れない百合が、ゼーハーと息切れを起こしている紅崎に言うのだった。
「もう、撃たせねぇ……。お前は、今じゃ最警戒人物だからな!」
「……ヘっ!」
紅崎は笑った。
――最警戒人物だとよ……。
・
・
・
・
・
・
「特に紅崎は、使い物ならないな! アイツは、学生のくせに酒も煙草もやっちまってる! 練習も出てないからブランクもあるだろうし……試合じゃはっきり言って使い物にならんだろうな!」
小田牧が、職員室で天川と白詰にそう答えた。これには、流石の2人も言い返す事ができなかったのか、黙ってしまう。……すると、少ししてそんな彼らのいる場所に1人の長髪の男がバスケットボールを持って現れる。
「おい! 想t……」
そう言いかけた所で、彼は自分の名前が呼ばれたのを感じ取り、職員室の中の異常事態に気づき、本能的にさっと身を隠して話を聞いてしまう……。中では、小田牧が怒鳴っていた。
「あんなクズを、試合に出しても足を引っ張るだけだ!」
「……」
「……」
「まぁ、お前らもそのクズと限りなく等しいわけだがな……」
・
・
・
・
・
・
――なんだろう。ちょっと前までマジでゴミみたいな奴だったのに……こう言われちまうと……なんだかよ…………。
「……!」
百合は、驚いた。いや、驚きの余り一瞬だけDFをしなければならないという自分の役割を忘れてしまう程だった。彼の背中に、ぞわっと鳥肌が立った気がして、一気に全身を寒気が襲う。
紅崎は笑った――。それも、汗と疲れとぐちゃぐちゃになった長い髪のせいで、余計に不気味に見える程奇妙な笑みを浮かべていた……。彼はボソボソとバスケットゴールのある方とは別の的外れな場所を見ながら言うのだった。
「……見てるか? 見てるかよ……。この俺が……俺がだぞ。……扇野原に警戒されてんだとよ……。俺が……俺が」
「…………!?」
「へへへへへへ……」
嬉しそうな顔でそう言う。百合は、このあまりの不気味さにさっきまでべったりくっついていたDFを一瞬だけ完全に外してしまう。だが、この隙を天河は見逃さない。――すかさずパスを出し、紅崎がボールを受け取ると、たちまち彼はシュートを撃った。一手、動き出しの遅れた百合は、DFに間に合わずまたも紅崎に決められてしまう……。
「へへへっ!」
紅崎の嬉しそうな顔。そして、そんな彼の事をベンチから見つめる小田牧。パスを裁く天河……。扇野原だけじゃない。光星もまた、今再び1つになろうとしていたのだ……。
扇野原VS光星
第3Q残り5分27秒
得点
77VS57
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます