第100話 背負って

 紅崎のシュートが入った。光星は、会場の全てが凍り付いたその間に何よりも速くDFへ戻るのだった。それに気づいた扇野原もすぐにOFオフェンスを始めようとする。――しかし……!





 ――甘いぜ……!



 金華が、ドリブル中にほんの少しだけボールから視線を離してコート上を見渡したその一瞬だけできたボールの隙を……天河は気づいていた。彼は、手を伸ばしてまだコートの半分も進んでいなかった金華からボールを弾くと、そのまま転がって行ったボールを追いかけて、ドリブルを始める。





「しまった……!? 戻れェ!」


 すぐに金華も気づいて、戻る事を仲間達に指示するもその時既に時遅し……。天河は、ゴールまで向かっていた。なんとか、天河のいる所へまで戻って来る事のできた金華は、両手を上げて守りの態勢に入る。しかし、そう来た途端に天河は手段を変える。





 彼は、台形エリアの中にまで侵入ペネトレイトしていたにも関わらず、金華がやって来た途端にボールを3Pラインの外側に向かってパスした。







 ――何っ!? そのパスコースは……!





 金華の脳裏に嫌な予感が走る。……予感通り、ボールは長髪の男――紅崎に渡っていた。彼の様子から察するにおそらく、DFに戻ろうにも走るのが辛すぎてちょうど、まだ3Pライン外側近くに立っていたからパスを貰えた……という感じだろうか……。


 とにかく、紅崎はボールを持つとまず、構えた。――彼の構えは、通称トリプルスレットと呼ばれるもので、バスケにおける基本動作であるドリブル、パス、シュート。この3つの動作を行う前のどの動作を選択するか選ぶ基本の姿勢である。今、紅崎の前はがら空き。そのままゴールの下へまで走り込んで行ってシュートを撃つ事だってできるし、天河に一度戻す事だってできる。






 ――どうする……? 俺に戻すか? それとも自分でゴール下まで走って撃つか……?





 だが、紅崎は後ろから百合がこちらに近づいて来ているのを片目で確認するや否やすぐに膝をグッと下ろしていって、ジャンプ。そして、最高到達点に達したタイミングで手を伸ばし、ボールを放った。



 ――いきなりスリー!?




 これには、味方であるはずの天河でさえ驚いた。こんな事、普通はあり得ないのだから。バスケの3Pはプロでも確率は3,4割程度。それなら、ゴール下で撃てたこの状況で強気に3Pを狙いに行く必要はない。もしも、仮に落ちてしまったら……。





 だが、そんな天河の心配も払拭するかのようにボールは、またしても虹のアーチを描くようにネットを潜り抜けた。光星の追加得点だ。観客も今度こそは騒ぎ立てた。






「まっ、マジか! あの15番が……これまで全然入らなかった15番が、2連続で決めたァァァ!」




「これで、一気に6点も縮めたぞ! すげぇ!」





 紅崎は、そんな観客の沸き上がる舞台で一生懸命走りながら……思っていた。





 ――試合に出れてるんだ……。2年前とは、違う。天河……狩生……霞草……花車……それに、想太……。
















「……俺達で、バスケ部を強くしようぜ!」






「さぁ! 今日も練習だ!」












 ――小田牧……先生。










「私は、いつでも待っている。紅崎……お前が、チームには必要だ」
















 ――不良仲間達お前ら……。













 それは、紅崎がバスケ部に戻る事を決心した日の昼頃、いつものようにコンビニの前で集まっていた不良達が、バスケットパンツとボール。更に上半身には運動着を着ている我らがリーダーこと、紅崎の姿を見て驚いていたのだった……。


「……うえ!? なっ、なんすか! どうしたんすか? 兄貴! その恰好は……!? すっごく、シュっとしてて……まるでスポーツ選手っすよ!」



「ホントだ! えぇ!? 何かあったんすか? まさか、隣の奴らに

ボコされて……」



 紅崎は、言った。


「違うわ! そうじゃなくて……だから、その……俺は、元々バスケ部に入っててさ……。その、もう3年だし……今年は戻ろうかなって……思ってさ」


 すると、不良達は嫌な顔一つせずに全員で顔を見合わせてから嬉しそうに笑って彼へ次々と言うのだった。



「そう言う事っすか! 頑張ってくださいよ」


「俺達、いつでも応援してますよ!」


「試合も見に行きやす!」



「兄貴の晴れ舞台とありゃ、カメラ買わねぇとな……。ちゃんとしたやつ!」














 ――向日葵……。





 試合に行く直前、玄関にて……。


「先行ってるぞ。俺、集合早いから~」


 そうして、紅崎が玄関の鍵とドアを開けて外へと出て行こうとする……。すると、その時にちょうど後ろからドタバタ音を立てて向日葵がやって来た。




「……あぁ! 待って!」


 そう言うと、彼女はポケットからヘアゴムを1つ取り出して、彼を止めた後にヘアゴムで紅崎の髪を止めだした。



「あぁ……いいよ。別にやらなくても……」



 しかし、そうは言っても彼女はやめなかった。そして、きゅっとその髪を結び終えると、彼女は紅崎の背中を叩いた。




「これで、おしまい! じゃあ、行っといで! 頑張ってね!」




















 紅崎は、いつの間にか閉じていた目を開いた。すると、ちょうど自分のマークマンである百合がボールを貰った所で、彼の瞳が百合の持つボールに向く。彼は一言。



「……かかってきやがれ」



 今まで死にそうな程苦しそうな顔をしていた人とは思えない程に覚悟の決まった恐ろしさすら感じる表情に百合は、少しだけゾワッと鳥肌が立った。しかし、それでも彼のする事は1つだけだった。






 ――コイツをフリーにした状態で2回も決められたんだ……!





 すぐさま、百合はシュートの構えを取るとそのままジャンプして3Pシュートを撃とうとした。2度も決められてしまったそのプレッシャーをも背負って撃とうとする百合のその姿は、まさに扇野原選手全員を代表する程の強さを持っていた。そう、紅崎の目には見えた。そして、だからこそ紅崎は百合のシュートを止めようと飛ぶ。





「……!?」



 この時、百合は紅崎から点を奪い返すという考えが先行していたせいで、完全にシュートを撃つ集中力が欠けていた。そのせいで、彼は撃った途端に違和感を覚える。






 ――しまった! これは……!?




 そして、その予想通りにシュートは外れてしまう。



「リバウンドぉぉぉぉぉ!」



 たちまち、勝負はリバウンドへ移る。ゴール下には、霞草と種花。そして、狩生と鳥海の4人がいて、それぞれがボールを狙っていた。そんな人々の中でも特に目を輝かせていたのは、霞草だった。





 ――待ってたぜ……。この時を!





 霞草は、リバウンドボールが自分の獲れる高さにまで落ちてくるのを確認すると、強くそのボールを掴んで、そして着地する。彼は、ずっとリバウンド勝負をするその時を待っていたのだ。それも、紅崎なら決めてくれると信じて、だ。







「ナイス! 霞草!」


 紅崎は、そう言うとすぐに走り出して、手を上げる。大声で「よこせ!」と叫ぶ声が霞草にも聞えてくる。彼は、すぐにパスを大きく出した。真っ直ぐと勢いよく紅崎にボールが渡る。


 ボールを追いかけるようにして、走りながら空中でキャッチをすると、紅崎の背後から沢山の声が聞こえてくる。




「……頑張れ。頑張れェ!」


 ベンチに座る花車だ。


「「兄貴ィィィィィィ!」」


「撃てェェェェ! 花!」


 天河からも声援が聞こえてくる。





「花ちゃん!」


 ――向日葵……。



 その瞬間、紅崎は顔を上げる。自分が、もう既に3Pラインよりも内側にいる事を理解する。




「やらせるかぁ!」


 そして、そんな彼の元に今度は男が1人。扇野原6番の白いユニフォームを着た男が駆けつけてくる。男は、バッと両手を広げてドリブルして突っ込んで来るであろう紅崎を止めにかかろうとした。当の紅崎もこれには、流石に驚いて一瞬だけどうしようかと考え出してしまう……。しかし、そんな彼の耳に聞こえた最後の声援が、彼の迷いを完全に断ち切るのだった。







「……撃ち抜け! バカヤロォォォォォォォォォォォォォ!」





 ――想太……!



 その時、紅崎の体が反射的に動き出す。それまで前へ行こうとしていた彼の体は咄嗟に後ろへバックを始めて、3Pラインの外側へと戻り出す。百合が、それに気づいた時には既に遅く、紅崎は3Pのラインの外側に立って膝を曲げ始めていた。そして、百合が止めにかかるよりもずっと前に紅崎はジャンプしてシュートを撃つ。……そこに、迷いなんてなかった。真っ直ぐに飛んだそのボールが、美しい曲線美を描くと共にリングに入って行くのだった……。








       扇野原VS光星

      第3Q残り5分56秒

         得点

        75VS54

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