第99話 音のないシュート
「うわあああぁぁぁぁぁぁ! またあの6番だ! 頼むぜぇぇぇぇぇぇ! 兄貴ィィィィィィ!」
観客席から不良達の悲鳴が聞こえてくる。しかし、それと裏腹に扇野原6番百合が3Pシュートを撃とうとしているのに対して紅崎は反応できない。彼には、もうDFする体力もなかったのだ……。
「やっぱりな……。お前は、もう使い物にならねぇ。そうだから、ここで終わりだ!」
百合の左手からシュートが放たれようとする。……その手の先からボールが放り投げられる。ゆっくり、ゆっくりと滑らかに手がボールを滑りあげていくように、バスケットボールが宙を舞おうとした――その時……。
「……!? 何ィ!」
突如として、彼のシュートはブロックされてしまう。それも紅崎に、ではなく。違う人物にだった。
「……勝手に終わりにしてんじゃねぇよ」
その男は、ヘアバンドを頭に巻いており百合よりも若干身長も高かった……。
「想太!?」
紅崎は、突然の彼の参戦に驚きを隠せない様子でいた。実際、白詰のマークをしている航は、紅崎達のいる場所からかなり離れている。それなのに、彼はわざわざ航の方を置き去りにしてこちらまで駆けつけたというのだ。
「……うっし! 止めたァ! ボールは!?」
白詰が、百合のシュートを叩き落とした後、着地と共にそういいながらきょろきょろとあちこちを見渡していると百合の立つ後ろ、ラインの方へ向かってバスケットボールが転がって生きそうになっていた……!
「……うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
白詰は、気づいてすぐにボールへ飛び掛かった。そして、見事に両手でボールをキャッチすると、それをコート側へと軽く投げる。
「!? ……しっ、しまった!」
白詰の投げたボールが、後から彼の事を追いかけに行くようにして走って来ていた百合の膝に軽く当たる。彼は、膝にボールが当たった瞬間に反射的に足を曲げてしまったため、その影響でボールが再びラインの外に向かって蹴られる。地面にビタンッと倒れた白詰の体を超えて……バスケットボールはラインの外へと出て行ったのだった。
「アウトオブバウンズ! 青ボール!」
審判のコールが発生し、なんとか自分達の攻撃に持って行く事に成功する。この事実に白詰は、倒れた状態で拳を握り、他の選手達もよしっ! と声を掛け合っていた。
……その様子を、紅崎は少し離れた所で見ていた。彼は、起き上がる白詰の姿を見て思うのだった。
――想太……ダセェよ。お前、今すっごくダセェよ……。
ふと、脳裏に昔のグレていた頃の自分の姿が思い起こされる。
「カッコいいだろ? なぁ、天河」
そう言って、何もしてこなかった自分だ。口から煙を吐く姿が鮮明に映し出される。
――これも、カッコわりぃ……。どうして、煙草や酒なんかやっちまったかなぁ……。
こんなに自分が嫌になったのは、はじめてだった。ダサくてカッコ悪くて……。髪の毛だってグチャグチャで……せっかく試合前に向日葵に結んでもらった長髪も、もう結び目から髪の毛が溢れ出て来てて意味が分からない事に……。彼は、昔を
思い出した。それも、中学よりも前の彼がまだ初心者だった頃の事を。一生懸命にボールを追いかけて、全力で走る事しかできなかった頃から最強と呼ばれた中学。……そして、堕落した高校……。
――思い出せ……。昔を……。俺は、こんな一試合0点のマヌケじゃなかった……。強くなれるはずだ……俺。
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――試合再開のホイッスルが鳴り響く。光星のターンだ。
天河が、反対側のコートからドリブルをしてボールを運んでくる。
「……」
自分達が攻めに行くフロントコートに立った時、彼は片目でチラッと状況を把握する。
――パックラインは、まだまだ継続中か……。それなら、やはりインサイドで攻めるのは……。
第3Q、時間は既に6分を迎えようとしている。点差は、30点。既に後半の4分の1が終わろうとするこの状況で、白詰の飛び込みは本当にナイスだった。やっとの思いで掴めたこの攻撃のチャンス……。絶対に逃す事はできなかった……。
――この攻撃を逃したら負ける。
それが、天河には直感的で理解できた。ふと、自分の隣を見てみる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息切れが激しく足腰もガクガクしていて、目も小さくなっている紅崎の姿があった。彼は、首や頭から垂れてくる汗を自分の手で拭き取りながら真剣に、ゴールを睨みつけている……。
――花……。
彼が、もう動けない事はおそらく今この試合を見ている観客にさえ理解できる事だろう。実際に、扇野原の紅崎に対するDFは本当に酷かった。完全に離し切っている。勿論先程のDFの時も白詰が駆けつけてこないとダメだったというのもあるだろう……。様子を見る限り、今まで通りに走るのもきつい事だろう……。2年間ろくに運動してこないで煙草と酒に溺れて彼女と遊び回っていたそのツケが彼に降りかかっていた。……それは、まるで楽園を追放されて原罪を背負い続けたアダムとイブのように……。その今すぐにでも死んでしまいそうな危なっかしさに天河も見ていられなかった。
――やはり、交代させるべきか……。
と、そう思ったその時だった。
「……はぁ……はぁ……はっ!」
「……!?」
天河は、紅崎が今一瞬だけ笑っていたのが見えた。彼は、その顔を知っている。そう、中学時代の都大会決勝で、見せた何かを仕掛けに行こうとする時の顔だ。その上がり切った口角から見せてくるいやらしい表情が、天河の中にあった不安を一気に払拭させる。
「……!」
そして、天河が目を見開いたその時、丁度タイミングよく彼の前に素早く走り込んでくる者がいた。
「ヘイ!」
白詰だ……! 彼は、紅崎とは反対の方から電光石火の如く扇野原の選手達が密集する中側の真ん中に向かって走り込み、そこで天川にボールを要求してくる。しかし、そんな白詰の電光石火にも扇野原が対応を遅らせる事はない。
「……中入って来たぞ! 7番だ! 囲めェェ!」
鳥海の一言によって、インサイドの真ん中に入って来た白詰は、たちまち扇野原選手達2人に囲まれてしまう。紅崎についていた百合と、白詰と同じポジションの航だ。2人が白詰へ寄って行こうとしたその時、天河はパスを出した。
「……来るぞ! 撃たせるなぁ!
インサイドの真ん中に立つ白詰の元へ駆け寄る百合――。
目を見開く白詰――。
DFする航――。
――ただしそれは白詰に、ではなく……天河の隣。白詰は、天河がちゃんとそこにパスしたのを見て彼と同じように口角をニッと上げて笑った。
その時、天河と白詰の中で聞こえて来た声は、さっきのタイムアウトの時に小田牧が言っていた事だった……。
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「……
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「……決めるのは、うちの
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――ガシッ! と彼はボールを両手で掴んだ。その迷い1つない天河のパスをキャッチした紅崎は、それまでの吐き気なんて飛んでいったような感じがした程に気持ち良かった……。
「……なんだと!?」
この時、コート上にいた扇野原選手5人全員とベンチに座っていた者達。そして観客席で扇野原の応援をしていた人々全てが度肝を抜かれる……。
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――なぜなら、パスを受け取ったのは電光石火の速さが出せる白詰ではなく、今にも死にそうな顔をしている紅崎だった……。
彼は、途端にシュートを撃つ構えをとる。
「リバウンドだァァァァァァァァ! コイツは、入らねぇぞ!」
――ボールを上げる事さえできねぇくせに……。
紅崎のマークを外して白詰の元に走っていた百合が、得意げにそう言う。
しかし紅崎は……それでもシュートの構えを崩す事なく、真っ直ぐ上に向かって……最後の力を振り絞る様にして飛び上がり……そして、最高到達点にまでボールを持つ手が上がった所で、ゆっくりと滑らかにその手をリングに向かって伸ばしていった……。
体育館の巨大な電気の光が、彼の伸びた手を照らす……。紅崎の手からバスケットボールが滑り上がる……。
――んだよ。ちゃんと撃てんじゃねぇか……。
我ながら紅崎は、そう思った。
――そのシュートは、空を飛ぶ白鳥のように美しく、天へ舞い上がる龍のように気高く……獲物の元へ飛び掛かるハヤブサの如く素早く……そして、全盛期の彼を象徴するように強く……まるで虹のアーチを作るように美しい弧を描き……精密機械の放った銃弾のようにリングの真ん中の、ネットへと飛んでいく……。
無駄な動きは1つもない。洗練された。呼吸さえも消えた。……体育館は、沈黙という名の音で満たされた……。
紅崎の放ったシュートは、音もなくバスケットゴールの
扇野原VS光星
第3Q残り6分30秒
得点
75VS48
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