第97話 大人と青年

「全員集合!」


 それは、小田牧が紅崎母の家へ訪問した次の日の事。当時、天河達がまだ高校一年生だった頃、この時の小田牧はちゃんと部活に来ていた。彼女は、部員達を集めて話を始める。


「……全員来ているな」


 彼女は、そう言うと部員達の一部がコクンっと頷いたのを見て話を続けた。




「……よしっ! じゃあ、今日も練習を始めよう!」



「「はい!」」



 部員達の気合の籠った声。それと共に前に立つ上級生、後ろに立つ下級生達がそれぞれ散り散りになろうとしたその時……。



「と、その前にだ」



 小田牧が、話し出す。彼女は、部員達が自分を見ている事を確認するとそのまま続けた。



「お前ら、最近来ない奴いるよなぁ? ん?」





「……」


 部員達、特に上級生たちは下を向く。しかし、それでも小田牧は続ける。



「……アイツは、ここに来た時からずっと練習を怠らず自主練もしていたすげぇ奴だった。……でも、その奴が突然、インターハイの次の日に退部してしまった。……誰か何か知らないか?」




「……」






「ふーん。……じゃあさ、誰か紅崎がなんでインターハイ無断欠席したか知ってるか? おかしいと思わねぇか。突然無断で休んで……誰にも連絡来てないなんて……」






「……」




「どうなんだよ! おい!」



 小田牧の怒りが、前にいる上級生達に向けられる。そのまま彼女は、主に上級生達に向かって怒りをぶつけた……。そして、しばらく叱り続けた後に彼女は練習を再開した。














「……正直、うざくねぇか?」


 それは、練習後の控室の中で話された事だった。この時、天河達は先に帰ってしまっており、更衣室の中では上級生達が話をしていた。


「……あぁ、しかも実際にやろうって言いだしたの引退した先輩達なのに……どうして、俺達まで怒られなきゃならないかなぁ?」




「アイツのせいだぜ? アイツが、チクったんだよ!」



「でもよ、紅崎の奴、最近学校に来てないらしいぜ? どうやって、言うんだよ」



「いやいや、そりゃあお前、電話でも何でも言う手段はいくらでもあんだろ?」





「とにかくよ、このままじゃちょっと嫌だよなぁ~?」



「あぁ……」



 こうして、彼らは紅崎のいる家へ向かっていた。












        *


 ピンポーンという音の後に大勢の男達が言った。



「俺達、バスケ部のもんですけど……紅崎君いらっしゃいますか~?」



 家の中から母親らしき人の声が聞こえた後に家の上や下からドタバタと音がして、その後数分かしてやっと紅崎母が彼らに顔をみせた。



「ごめんなさい。息子は、どうしても会いたくないって言うもんですからね~」



 すると、彼らの真ん中に立つ男は続けた。



「そうっすか。……じゃあ、一旦家に上がって紅崎君の部屋の前まで行っても……」




 母親が顔を上下にコクっと頷こうとしたその時だった。






「……お前ら何をしている?」



 向こうから聞き覚えのある人間のとてつもなく恐ろしい声が聞こえてくる。




「……ゲッ! 先生!?」



 男達の1人がそう言うと、たちまち彼らは本能的危機を感じて逃げ出した。そんな彼らの事を止まって見ていた小田牧はすぐに紅崎母へ伝える。




「……お母さま、彼らを家に入れないでください。アイツらは、危険だ。あやうく、何をされるか……」




 すると、小田牧の真剣な顔を見て何かを察した母が口に手をやって言った。




「あら! それはそれは……。先生、またどうもありがとうございます! 息子の危機を何度も救っていただいて……」



「いえいえ。そんなとんでもない」







 母と教師は、その後も話し続けた。しかし、彼女らは見ていなかったのだ。ここまで全ての事を家の2階の自分の部屋で紅崎が聞いていた事を……。



























        *




「……どうして、言う事を聞かないんだ!」



 小田牧が紅崎の正面に立ってそう言う。紅崎は、怒鳴る彼女の目をチラッとだけ見て、ふと脳裏にあの頃の事が浮かんできた。……そう、あの時の自分が人生の何もかも絶望しきって部屋の中に閉じこもっていた頃、毎日のように小田牧がやって来ていた日々。



 ……彼女は続ける。



「……私は、お前の事を思って言っているんだ!」






「……」







「バスケ部を辞めたあの時だって私はお前の為を思って動いたんだ。……今だってそうだ! あの時、私の言う事をちゃんと聞いていれば……こんな事には…………」







「……」







「……どうしてなんだ…………。どうして、お前はそんなに自分勝手なんだ! どうして、お前はそんなに私のする事為す事全部を拒否するんだ……」














「……」













「もう、辛いだろ? 動けないんだろ? 走るだけでも辛いんだろ? シュートだって入らない。DFもダメダメ……。そんなの交代しかない。お前の体の為もあるし……チームの為にも交代しかないじゃないか!」











「……」






 ――何も言い返せねぇ……。だって、確かにそうなんだから。確かに俺は、自分勝手だったかもしれねぇ……。今だって、俺自身のために試合に出たいと言っているわけだからな……。足引っ張ってんのに、このザマだ。笑い話にもなんねぇよな。






「……」







 ――ホント……。どうしてだろうな。俺のシュートはいつからこんなに入らなくなったんだ……? 2年前のインターハイの日か? 退部届を出しに行った日か? それとも…………。





「……」






 ――けどまぁ、なんにせよ。俺は確かに自分勝手かもしんねぇ。けど、それはよ……。




「それだったら、アンタだって一緒じゃねぇか……」




 紅崎の口から漏れた言葉は、すぐ前にいる小田牧の心に刺さるものがあった。彼女は、彼の発言に対して「何?」とか「ん?」とかそういう反応でさえなく、ただ黙って口を閉じて紅崎の口から漏れた言葉を聞いた。







「……アンタだって! 自分勝手じゃねぇか! 勝手に人の家へ来て、母さん達に良い顔して……先輩達にも無駄に説教とかかまして……自分はヒーロー気取りかよ! 嫌だったんだよ……。アンタが家に来た時に母さんと話しているのが! 嫌だったんだよ! 俺と先輩達の問題に首つっこんでくるのが……。ムカつくんだよ……私の言う事を聞けだって……? ふざけんなよ! どうして……どうして……どうしてアンタは…………」










 小田牧は、そんな彼の言おうとしている事に強いデジャブを感じた。その時、紅崎は自分の瞳から零れ落ちそうな雫を溜めだす……。





 タイマーが時を刻んで行く中、光星ベンチは教師と生徒の2人の睨み合いは続いた……。










       扇野原VS光星

      第3Q残り7分09秒

      タイムアウト中

         得点

        75VS45

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