第96話 教師と生徒
「……紅崎は、いないか?」
「あぁ、アイツ……今日休みっすよ」
「またか……」
2年前のある時、バスケ部顧問小田牧は、紅崎を連れ戻すために奮闘していた。
――アイツは、とんでもない才能の持ち主だ。今年入った5人の選手達は、1人としてかけちゃいけない……。アイツらは、皆同じ場所にいさせる事で強くなるんだ……。
小田牧は、そんな事を思いながら毎日のよう紅崎の事を学校中探し回って、彼の事を諦めなかった。しかし、この頃から彼は徐々に学校へ行かなくなった。原因は……本人のみぞ知る。と言った所だろうか……。
そんなある日、小田牧はとうとう行動する。それは、紅崎の家に直接行く事だった。だが、それが運命の分かれ道となる……。
「……光星高校教師でバスケ部顧問の小田牧と申しますけど、紅崎君かお母さまいらっしゃいますか?」
しばらくもしないうちに玄関で慌ただしくドタバタという音が聞こえてくる。
「……あぁ、これはこれは先生。どうもこんにちは。紅崎の母でございます」
「あぁ、いえいえどうも。よろしくお願いします」
紅崎母は、ひとまず小田牧を家に招き入れる事にした。リビングのソファに彼女を座らせた後にお茶を注いで渡す。2人がそれぞれ座ってお茶を飲み終えた後に母は、恐る恐るといった感じに尋ねた。
「それで……その……今日はどんな御用で?」
「紅崎君の事についてなんですが……」
すると、突然紅崎母の様子が急変。彼女は、お茶の入った湯呑みを置いて慌てて言うのだった。
「申し訳ございません! 先生! どうか、それだけはやめてください。うちの息子は確かに出来の悪い部分があるかもしれません! けど、どうか退学だけは許してください! それだけは、見逃してやってください!」
「え? え? えっと? ……お母さま?」
小田牧は、困った顔で母の様子に驚いていると、母はそんな小田牧の事を気にせずそのまま喋り続ける。
「お願いします! 退学だけはやめてやってください! 何とかしますから! 何とかしますからぁ!」
母親の慌てようを見て、小田牧はそこで少しだけ理解できた。……この家の今の状況がどれだけ悪い方向に行っているのかを。
「お母さま、顔を上げてください。私は、そう言う話をしに来たわけじゃないんですよ」
「え……?」
そして、小田牧と紅崎母の話がやっとここで始まる。
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「そうだったんですね」
「はい。つい最近も私の元に退部届を出してきて……。あの、何か息子さんの様子がおかしくなった事に思い当たる節はありますでしょうか?」
「うーん……そうですね。でも、やっぱりインターハイの日に家を出て行って……その後、帰ってきた時。その頃からちょっとずつ様子は変でしたかね……」
「え? インターハイの日? お母さま、その話詳しく!」
「え? あぁ? はい。実はその……家の息子が朝、インターハイ行ってくると言って外に出て行ったんですけどね、その後夕方に雨に打たれた状態で帰って来て、しかも確か、あの時は全身ズタボロの状態で……」
「それって……」
小田牧の脳裏に一年生VS上級生のミニゲームの光景が思い浮かぶ。何となく、彼がバスケをやめる原因を作った人物が何者なのかが、分かった気がした。そして……母親と様々な話をし終えてからその日、彼女は紅崎と出会う事もなく、小田牧は彼の家を出て行く。
これが、小田牧と紅崎の過去の話の一部であり、これが後にバスケ部の部員と顧問を引き離す原因となる事を彼らはまだ知る由もない。
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――第3Q試合中。紅崎のシュートが外れ、百合の3Pが入った頃に遡る。光星ベンチでは、意外な事が起ころうとしていた。
「花車……」
それは、これまで一度も試合中に口を開かなかった顧問――小田牧がとうとう喋り出した事だった。彼女は、花車の名前を呼ぶ。当然、いくら隣に座っているからといってそれまで一度も話してくれなかった顧問が突然、自分の名前を呼ぶもんだから驚いたし、少しだけ反応が遅れた。
「はっ、はい?」
花車の少し間の抜けた返事の後に、小田牧は言った。
「……ちょっと良いか?」
そうして、小田牧は花車と共に話をしだした……。
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そして、これがタイムアウトに繋がるのだった……。
「はぁ……はぁ……」
――皆、疲れている。相当、体に負担が来ているのだろう……。
花車が、ベンチに座る5人の様子を見てそう思った。彼は、その中でも特に最も息切れを起こしている紅崎の事を見て、それからもう一度小田牧の方へ振り返って、それから言うのだった。
「……皆、お疲れ。それでなんだけど……ここで少しちゃんとした作戦を伝えようと思って」
「なんだ? 言ってみろ」
天河がタオルで自分の顔を拭き取りながらそう言うと、花車は持っていた小さな紙を取り出して見ながら喋り出す。
「……うん。まず、30点差を縮めるには現状、一番問題のある部分を何とかしていく必要がある。そこで、フォーメーションを少し変えようと思うんだ。ボール運びを天河から白詰に変更。白詰のスピードならおそらく金華位ならなんとかなるだろうし、何より、現状扇野原選手達に速さでついてけるのは、白詰位だしね。それから、霞草だけど、お前は白詰が真ん中まで来たら、台形の一番上の短い辺。つまり、フリースローラインの辺りまでだな。そこまで走って来てパスを要求して。それでボールを貰ったらそのままシュートを狙いに行く事。無理そうならDFが集まってきた瞬間に霞草と逆の方向に立っている狩生に出す事。良いかい? 狩生、君は常に霞草と対になるような位置に立っていてくれ」
選手達は、疲れながらも花車の言う作戦にコクコク……と頷くのだった。花車は続ける。
「……それから最後に天河だけど、お前は今後ボールを運ぶ事はやめて、3Pを撃つ事だけに専念しろ。おそらく、お前のシュートならちゃんと撃てば入るだろうしね……」
「え……?」
花車のその言葉に1人、反応する者がいた。――天河ではない。もっと疲れを溜めている者。タオルを頭の上にのせて、溢れ出る汗を拭いても拭いても止まらない男。紅崎だった。彼は、花車の話を黙って聞きながら体を震わせた。
――俺だけ、なんも言われてねぇぞ……。
すると、花車の声が聞こえてくる。
「それから……紅崎だけど…………」
彼は、一度手に持った紙の方をチラッと見てから恐る恐ると言った感じに口を開く。
「……お前は、その……ここで……交代かな……」
――交代? 俺が? ……俺が、交代?
信じたくなかった。この言葉を信じたくなかった。でも、現実は違う。花車は紙を見ながら話をどんどん進める。
「お前の代わりに俺が出るから……その……お前は、ここでお休みな……」
「……!」
でも、気づくともう我慢できなかった。彼は立ち上がった。
「……ざけんな」
「ざけんな! なんだ、そのカンペは! 俺が交代だと? まだ戦える! いける! 交代なんか絶対にしねぇ!」
しかし、花車も負けてはいなかった。
「紅崎! お前が限界なのはもう、皆知ってんだ! 無理する事はない! お前のためでもあるんだ! 代わってくれ……」
「……俺の為? 俺の為だと? ふざけんなよ……そんなのが、俺のためなわけ……ねぇだろ」
「紅崎……?」
花車が、聞き返すと紅崎は言った。
「……テメェが、俺のためを思ってしてくれたと思ってんなら大間違えだ! 俺は、出るんだ! 出るって決めたんだ! 最後まで! ……テメェが何をしようが、俺は絶対に交代なんかしねぇぞ! 何が何でもだ!」
この時、彼のこの言葉を聞いて体が動いたのは、花車ではなかった。それは……これまで一言も喋ろうとせず、試合にも無関心な様子で見ているだけだったベンチ唯一の大人……。
「……交代しろって言ってんだろ。紅崎」
彼女は、紅崎の前に出て来て言うのだった。
「……どうして、言う事を聞かないんだ!」
小田牧は、そう怒鳴りつけるのだった……。
扇野原VS光星
第3Q残り7分09秒
タイムアウト中
得点
75VS45
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