第95話 らしさ

 ――バスケは、シュートとDFの強いチームが勝てるスポーツだと……。ある人は言った。確かにそうかもしれない。バスケットにおいて最も練習と経験がものをいうのは、この2つ。つまり、シュートとDFは才能とか元々の運動能力に頼るだけでは絶対にうまくいかないものなのだ。どれだけバスケットを愛しているか、情熱を注いでいたか、反復練習を繰り返したか、これによってシュートとDFは完成される。


 光星選手達は、前半の頃から何となく察していた。扇野原彼らは、能力的には大した事がない。むしろ自分達よりも才能という一点に限定して言えば無い部類だろう。しかし、実際に試合が始まってから光星彼らの中にあった自身はどんどん消えていった……。それでも、霞草や狩生、天河なんかは何とかなったが、他の2人に関しては全然だった。




 紅崎なんか、この後半戦。百合に何度も何度も格の違いを見せつけられ続けて、手も足も出ずにただ絶望するしかなかった。





 ――チクショー……。







 それしか言えなかった。






 ――昔は、あんなに入ってたのに……。あんなにすぱすぱシュートが入っていたというのに……。今は……。これかよ。






 紅崎は、動き回りながらそんな事を考えていた。――既に扇野原の30点リード。もうこの状況で光星が扇野原に勝つ事なんて、はっきり言ってなかった。そんなビジョンの見える者はこの会場の中に誰一人としていやしない。




 そして、それだからか……。扇野原の方にも少し変化があった。





「……コイツら、ゾーンプレスとオールコートマンツーをやめやがった!?」



 30点という圧倒的点差を作り上げた彼らには、体力の消耗の激しいこれらのDFをする事は、むしろデメリットでしかないと判断したのだろう。それは、天河にも理解できる。理解はできるが、それでもこの事実を受け入れる事が出来ない様子だった。




 ――扇野原は、もう完全にうちに勝ったつもりでいる……。悔しいが……それでも確かにそうなのかもしれない……。もう今のままじゃ、俺達じゃ……。





 思いかけて天河は、考える事をやめた。そして、ドリブルをしてコートの半分を一気に突っ切って行く。




「とにかく一本だ!」


 いつも通りそれだけ言うと、天河はいつもの位置についた。――すると……!





「なっ!?」



突然、天河が少しだけゴールの近くへ足を進めただけで相手のDFが2人がかりで襲い掛かる。この動きだけで天川はもう1つの事実を理解した。





 ――パックラインだけは、やめていない……。DFは、完全にこっちにシフトして残りの試合時間で完全にインサイドを封じて、終わらせるつもりだ……!





 そして、それと共に彼はすぐにDFから離れるためにドリブルを後ろに一度だけした後、素早いパスを紅崎に回した。しかし――。




「なっ! おい! 紅崎! パスだ!」



「……!?」


 紅崎は、天河からパスが来ていた事を完全に見逃していた。紅崎は、ボールを獲り損ねてしまい、代わりにDFの百合がそのボールを奪い取る。




 ――いや、というよりも完全にアイツ、周りが見えていない。体力的な疲れがもう限界なんだ……。いよいよ、まずい……!





 天河は、そんな事を考えながらもすぐに走り出した。




「戻れぇ! これ以上決められるわけにはいかねぇぞ!」



 そして、なんとかドリブルをする百合の元へ追いつく事はできた。しかし、天河はこの百合がいかに恐ろしい選手なのかを理解していた。





 ――コイツは、両方の手からシュートが撃てる……! どっちで来るかを予想するか、予測抜きでフルスピードで飛び掛からないとブロックできない。




 天河は、撃ってくる事を警戒してDFを布いた。――しかし、違った。百合が次にやった事はシュートではなかった。




 ――パス! ……しかもこのパスコースは!?





 扇野原エース、唐菖部へと繋がるパスだった。すぐに天河は、まずいと判断する。彼は知っていた。後半開始早々のゾーンプレスで、航が自分よりも早い足腰を持っている事を経験していたのだ。






 ――俺だけじゃ、コイツは……!





 それでも、必死に航の元へ天河は、走った。しかし、やはり航の超高速のドリブルを前に簡単に抜かれてしまう。





 そして、航がインサイドにまで走り切った所で彼はボールを持つ方の手を大きく上げて、強い力で思いっきりぶちかまそうとした。この時、光星選手達全員の認識は一緒だった。







 ――負けるのか……。






 そうして、航がダンクをしようと飛び上がろうとしたその瞬間……!









「まだだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





 後ろから全速力で突進しにかかる勢いで走って来ていた白詰が航の体にぶつかる。航は、その唐突な彼の激突によってダンクを弾かれてしまい、ボールはあらぬ方向へ転がる。すかさず審判の笛の音が鳴る。





「……プッシング! 青7番! 白ボール!」





「そりゃそうだ! あんな当たり方は最低だぞ!」



 観客席からヤジが飛んでくる。しかし、そんなヤジとは正反対に航は、当たって来た白詰に対して余裕そうな顔で告げた。





「もう少し遅くに来てくれれば、フリースロー投げれたのに……」






 その言葉に白詰は、何も言えなかった。彼は、すぐに航の元から離れて行く。すると、コートの反対側から続々と仲間達が駆けつけてくる。天河が白詰に言った。





「ナイス。あそこは、ファールして正解だ。決められでもしたらそれこそ終わりだからな」




「あぁ……」














 そこで、光星選手達の会話は終わった。彼らは皆、息を切れさせながらそれぞれの所へと戻って行く……。しかし、そんな中で1人だけ喋る選手がいた。




「おい! ロン毛」



「……はぁ……あぁ?」



 白詰が、今にもぶっ倒れてしまいそうな顔をしながら走り回る紅崎に声をかけた。





「テメェ、らしくねぇんじゃねぇの?」




「あぁ?」






「そんなにカッコつけたがる奴だったか? お前。……女いるからって、浮かれて試合してんなよ」





「……向日葵は、関係ねぇだろ」





「いいや。……どうせテメェの事だから、女の前で恥さらしてる俺、マジかっこよくねぇとか思ってんだろ?」





「……なっ!?」









「……試合は、ファッションコンテストじゃねぇんだ。カッコつけようとする前に一本でもシュート撃ってろこの馬鹿。……そうしないと、そのうち交代かもな」







「……こっ、この……!」



 だが白詰の言った事に対して紅崎は、何も言い返せなかった。













 そうやって、2人がコート上で睨み合いを始めていると、ふと彼らの耳にブザーの音が聞こえてくる。









「青! タイムアウトです!」






 試合は、一度中断される。選手達は、それぞれ自分のベンチに向かって行った。そんな中でも白詰は、歩き出す紅崎にボソッと話しかけた。





「……ほらな。お前、交代だよ。ご愁傷様」








「…………クソッ!」





 そうして後半戦、光星側にとっては最後のタイムアウトが行われるのだった……。








       扇野原VS光星

      第3Q残り7分09秒

         得点

        75VS45

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