第94話 完全なる敗北
「ナイッシュ―!」
「良いぞ! 紅崎!」
――中学時代、紅崎は東村中学のスタメンとして試合に出ていた。3Pがよく入る選手で、その成功率は中学生離れしていたと中学の頃の監督が言うほどだった……。
――実際に凄かったんだ。本当に。……どれだけ相手のDFが引っ付いて来ても何としてでも決めにかかろうとする姿とか、まさにスナイパーの二つ名にふさわしい選手だった。
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「……くっそ! 次こそ止めてやる!」
敵DFが、紅崎に物凄い接近。彼は、ボールを持った紅崎にシュートを撃たせないだけでなく、ドリブルして移動させる事さえ封じにかかる迫力あるDFを展開していた。
――敵ながら、すげぇとこの時は思ったと同時に、相手が悪かったなとも思ったんだ。なんせ……。
「いいぜ! お前、最高のDFだ! けどな、俺の方が一枚上手なんだぜ!」
紅崎は、そんな強力なDFをする選手にさえ怯まず3Pを決めてみせた。それも何回も、だ。結局その試合は、彼の活躍によって勝利を収める事となった。
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「光星の攻撃だ!」
「ハーフコートまでは何とか攻められるけど、ここからが辛い!」
「パックラインDF! 成す術なしか!? 光星!」
観客達が、そう言っている中で光星選手達は、攻撃を展開していた。だが、観客達が言う通り、ゾーンプレスの攻略はできても、ここからのオールコートマンツーマンによる時間稼ぎと強力な引っ付きDF。そして、それを借りに突破できたとしてもこの後に待ち受けている第三の壁。パックラインが、彼らに一本のシュートをも成功させまいとする……。
――くっそ! さっきからドリブルしてシュートしかしてねぇ!
ボールを持っていた天河が、そんな事を考え出す。しかし、そうはいってもやはり相手が強い。天河にわざと明らかに外れるシュートだけを撃たせて、インサイドでの攻撃を完全に封じてしまう。
――俺だって3Pはかなり練習した。そこそこは入る。けど……それでも俺の本職はシューターじゃない……! 本職シューターの奴らに比べれば外れる率だって高い!
天河は、ドリブルでうろうろするか自分で撃ちたくないシュートを撃つか、何の意味もないパスを出すかしかできなかった。そう、このどの選択肢も勝利に繋がる要素は1つもない。これが、天河だけでなく他の選手達も同様の選択肢しかないというのが、このDFの恐ろしい所。本当に、成す術がなかった。
――点差は、72対45。もう、後一本向こうが3Pを決めてきたら30点差が完成しちまう。そうなったら俺達の勝てる確率は……。
天河は、そんな事を思いながらとりあえず白詰にパスを出す。しかし、出した所で白詰自身も何かしようにも何もできない事をすぐに悟って、ボールを天河に戻した。
――ダメだ。DFを少しでも広げないと……。
天河は、そう思ってすぐに紅崎にパスを回した。
――頼む! 何とかしてくれ! お前の得意技で!
ボールが、天河から紅崎に渡る。彼は、3Pラインの外側でボールを持つとそのままシュートのモーションに入っていた。これは、もう誰がどう見てもシュートを撃ってくるとそう思えた瞬間でもあった。
しかし、本来もう少しプレッシャーをかけに来るはずのDFが紅崎に対してだけは全然寄らない。むしろ、余裕の笑みを浮かべて彼を煽るような態度でDFの百合は言うのだった。
「良いよ。撃ちなよ。でも、安心してるからさ。君が入らない事は」
「何!?」
紅崎の疲れてろくに遠くなっていた耳には、確かにそう聞こえた。そして、それを言っているのにふさわしい舐めた態度をしていた。だからか、彼の中で沸き立つものがあった。
――この野郎! 舐めやがって!
それを観客席から感じ取った仲間達は、一斉に騒ぎ立てる。
「行けェ! 兄貴ィィィィィ! そんなへっぽこ坊主、血祭じゃあああああああ!」
仲間達の歓声の中、彼は撃った。しかし……。
「やっぱりね。どうせ、そうだと思ったよ」
やはり、そのシュートは外れてしまう。紅崎の撃ったシュートは、落ちてそのままリバウンドを鳥海に獲られて、扇野原ボールとなった。そんなボールを持つ鳥海を見て霞草は思うのだった。
――DFが、元々インサイドに寄ってるせいでリバウンドが取りづらい! やっぱりこれじゃあ、インサイドで点を獲るのは、ほぼ不可能か……!
そして、彼がこう考えている間に扇野原は、ボールを鳥海から金華。そして、百合へ回していた。百合は、既に3Pラインの外側に立っておりいつでもシュートが撃てる態勢にあった。そしてボールを受け取ると、彼はそのままシュートを撃つ態勢に入っていく。
百合は、後ろで必死に息を切らしながら辛そうに走ってくる紅崎に対して彼に聞こえる程度の大きさで喋りながらジャンプをする。
「お手本を見せてあげよう。……これが、君の撃とうとしている
親切丁寧に撃つ手の事まで喋った百合は、柔らかなタッチと滑らかなリリースでボールを放ると、そのシュートは美しい弧を描きやがて、ネットの中へ入っていった。
――きっ、綺麗だ。
敵ながら、紅崎は見とれてしまった。……いや、それどころではなかった。そんな事を思っている暇なんて、もうなかった。この状況で3点が入ったという事は、つまり……。
「30点差が完成した。……光星の完全なる敗北の瞬間だ」
観客席に座る大学生のメガネをかけた男がそう解説する。その言葉に近くに座っていた光星サイドの観客達は、何も言えない。――本能的に分かったからだ。30点差から逆転しに行くのは、ほぼ不可能だと。
「……」
「……」
「……」
コート上でも、ベンチでも、観客席でも……全てのエリアで光星側に立っていた者達が言葉をなくした。もうダメだ……。何にしても、もう……。
点差が開きすぎた時、これほどつまらないスポーツはバスケ以外にあるだろうか? いや、ない。圧倒的に開いた点差。縮めるなんて不可能だと素人目にも分かってしまう力の差を見せつけられて、後は蛇足で試合が続いてく。こんなにクソなスポーツがバスケ以外に存在するだろうか……。いや、ない。ないのだ。
一部の観客は、帰っていく。残ったのは、それでも一つの思い出として見ときたい光星サイドの観客席に座る者達。そして、同じバスケをする青少年たち。更に、扇野原ファン。……純粋に試合を見たいという人は、もうほとんど残っちゃいなかった。
――30点差……。
この点差を紅崎は、しっかりと見ていた。スコアボードが3回切り替わるその瞬間を、瞬き1つしないで彼は見ていたのだ。
「はぁ……はぁ……」
口から荒い息が吐きだされる。……辛い。辛いのだ。紅崎には、もう立っている事さえ辛く感じた。それでも、彼が今こうして立っていられているのは、彼女が見ているから……。たったそれだけの理由しかなかった。
そんな時、ちょうど目の前を通りかかった扇野原選手達の会話が彼の耳に入る。
「光星の15番、アイツは入らないからマークもっと緩めて良いぞ百合」
「おう。分かったよ種花」
「それにしても、あの15番なんだか本当に死にそうな顔してるよな」
「ふふっ、確かに」
「しかも、息だって煙草クセェし……」
「……スポーツ選手とは思えない位、髪も長いしね。一応、結んではいるけどあれはちょっと……」
――クソォ……。クソ……クソォ!
紅崎の心は、悔しさでいっぱいだった。そんな彼を観客席でただ1人、向日葵だけが真っ直ぐ見つめる。彼女の両手は、未だに祈っている時のそれのままで、まるでその姿は、神に人民救済を願う聖職者のようだった……。
「花ちゃん……」
彼女の手が、ギュッと握られる。
紅崎は、そんな彼女の願いを受けながらコート上を走って行く……。
――これが、今の俺の姿なのか……。これが、東京都で一番をとった人間の末路なのか……。俺は……大好きな女の前で恥をさらすようなクズのままだったのか……。俺達は、クズのまま終わっちまうのか…………。
扇野原VS光星
第3Q残り7分20秒
得点
75VS45
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