第89話 いざ、参る

 ――前半戦は、結局天河達が隙を見せてしまったせいで点差を同点にする事はできなかった。3点差……それは、やはり大きな差だ。選手達は、既に控室の方へ移動をし終えて、会場もざわざわと様々な雑談する人の話声が聞こえてくる。光星は、扇野原相手には足りてない要素が多いだろう。観客の大半は、ラスト数秒の扇野原の大逆転劇を見た後で、光星に対する評価はやはり高くない。


 当然だろう。光星は、全国大会常連の強豪、扇野原とは真逆の弱小校。それも全国大会出場経験0の無名の弱小校だ。そもそも観客が、彼らの話をする事自体、あり得ない事だろう。







 しかし、今は少し違った。







「……なぁ! 扇野原も凄かったけど、光星もなんか気合い入ってたよな?」



「まぁな。勝てるとは思わねぇけど、でもまぁ確かに凄かった……かも?」



「でも、やっぱり勝てるとは思えねえよな! だって、全然知らない超弱いとこらしいし!」




 観客の中で、少しずつ”光星”の名前を挙げる人が出始めていたのだ。それは、確かに評価自体は低く、扇野原に比べれば話をする人事態少数な微か過ぎる変化かもしれない。だが、それでもこの変化こそが大事なのだろう……。




















「……光星って、実は結構凄い……?」





 観客席に座るとある人がそう言うのだった……。


















      ~扇野原控室にて~


「……少しだけ話すぞ~。良いか?」


 その頃、扇野原控室では気だるけなイケメン監督によるミーティングが行われていた。選手達は、黙って教師の話に耳を傾ける。




「……まず、前半はお疲れ。それでな……うん、悪くはない。悪くはないが、そうだな。予想外ではあったな。……おそらく、相手は今お前達が思っている以上にやる気だ。油断は、絶対にするな。最後のだって、運よく取らせてもらったようなもんだ。前半であらかた向こうがどんなチームなのかは理解できた。……後半からは、作戦通り行くぞ。……まっ、早く勝負決めてとっとと家に帰ろうや」






「「……はい!」」




 扇野原選手達は、声を揃えて返事をし、試合再開のその時を待つのだった。


















        ~光星控室にて~


「……全員、かなり疲れてるな。とりあえず、よく休んでくれ。……それから、後半だがおそらく、後半からはインサイド主体から変わって外を中心に攻めてくるぞ。……3Pを警戒しろ。後半もハーフコートマンツーで行くからな。今のうちにしっかり足を休ませとけよ」


 天河が、選手達に声をかける。そんな彼の後姿を花車が見守るようにして立っていた。


 天河以外の選手達は、彼が話を終えたのと同時にそれぞれ別々の返事をする。



「あいよ」


「了解」


「……分かった」


「……おう」




 彼らは、天河の話が終わった後もそれぞれ別々の所を見ていた。





 ――ここからが、本当の戦いか……。気合を入れてかねば、この試合で……俺は……。



 真っ直ぐ前を見て、何かを決意する天河。そして、その後ろに花車。






 ――最後までやるだけだ……。そうだろ? 爺さん。




 ――うむ……。




 自分のすぐ前に見える壁をぼーっと眺めながらそこに映る恩師と対話する狩生。







 ――俺ならできる……。最後まで。




 自分の掌を見つめて、それを何度もギュッと握り返して感触を確かめる霞草。










「……俺は、航に…………」




 タオルを頭の上に広げた状態で置いたまま、流れる汗を拭きつつ下を見つめる白詰。







「……はぁ、はぁ……はぁ…………やり切るんだ……」




 彼女から貰ったヘアゴムをとり、それを見ながらチカチカする視界で足元を見続ける紅崎。












「……」




 何も言わないが、それでも控室の端っこで何処か選手達を見守っているような……手を組んだ姿勢で、何度も息を切らす紅崎を心配そうに見ているような……そんな感じの小田牧。









 それぞれが思いを馳せながら、着々と時間は過ぎていく。――そして、とうとう試合再開1分をきる。





 天河達光星と、王者扇野原はそれぞれ自分達のベンチに戻って行く……。タイマーが、秒数を細かく刻みだすのと同時期に両チームの試合に出るであろう選手達は、それぞれ円陣を組んだ。





「……勝つぞ!」




「「おう!」」



扇野原の気合の籠った声。それと共に前半戦った選手達がコートへ戻って行く。扇野原ファンの観客は、皆沸き上がった。




「うおおおぉぉぉ! 後半も選手交代なしだ!」




「すっげぇ! 気合! 頑張れ! 扇野原!」









「「扇野原! 扇野原! 扇野原! 扇野原! 扇野原!」」




 大歓声だ。まるで扇野原のファンクラブ館員が一堂に集った武道館ライブのよう……。会場の一体感がとんでもなかった。休憩インターバルの間にあれだけ囁かれていた光星の名前は、最早聞く由もなかった。




「こらああああああああ! 家の兄貴を応援しねぇ! 恥知らずは何処のどいつ共だぁ! あぁん? 血祭じゃ! 血祭!」


 そんな扇野原コールで盛り上がりを見せる会場の中で光星サイドに座る不良達は、荒れ狂っていた。


「どっちが、恥知らずだ!」


 ベンチに戻って来たばかりの紅崎が、席で暴れ回る彼らに注意をする。




「頑張ってね! 進ちゃん!」



「かっ、母さん……」



 そして、不良達の隣で見守る母とカメラを回す父の姿を見て頬を赤らめて視線を逸らす霞草。



 ――伊達メとったせいで、今までよりしっかり見えてしまう……。恥ずかしい……!





「利! 後半も頑張れよ!」




「あれは……新花の……」


 大学生になった懐かしい顔ぶれを見て手だけを振り返す狩生。














 そんなこんなで、後半戦開始が迫る中で光星側も扇野原に負けじと円陣を組む。キャプテンナンバー4を背負う天河が彼らに言った。









「試合前にも言ったが、俺達は……おそらく、多分だが……勝てないだろう。……だが、これは決して諦めて言っているわけじゃない。むしろ逆だ。……良いか? 例え、そうかもしれないと分かっていても俺達がする事は1つだ! …………」



「おう!」


 狩生が返事を返す。天河は、何かもう1つ言おうとしたが自分が何を言おうとしたのか分からなくなり、やめて話を続ける事にした。







「……行くぞ! 光星ィィィィィィィィィ! ファイト!」




「「おおぉ!」」





 そして、ブザーが鳴る。



「……それでは、後半戦を開始します。選手の皆さんは、コートの方へ戻って来てください」




 ――ピィィィィィィィィィィィィィィィ!




 審判の笛の音と共に試合は再開される。











       扇野原VS光星

        後半開始

         得点

        48VS45


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