第90話 後半戦開始!

「さぁ! 始まるぞ! 後半戦! いけぇ! 扇野原ァァァァァァァ!」



 大歓声の中、光星VS扇野原の試合が幕を開けた……!









 まずは、光星側の攻撃。ボールをエンドラインから紅崎が天河にスローインする所からゲームは始まる。天河は、キャッチするとすぐに正面を向いて状況をチラッと見て確認しようとする。



 しかし、扇野原のDFは最早その余裕さえも与えない。……ボールを持った天河に襲い掛かったのは、金華だった……!




「なっ!?」


 ――これは……まさか!?





 天河は、金華のDFの構えを見てすぐにこれが、なんなのか理解できた。そう、前々日にビデオでも見た。あの地獄が、彼の脳内で再生される。




 しかし、その間にも金華は守りながら天河に襲い掛かる……! しかも、襲い掛かる方向は、天河の今立っている右側とは逆サイド……つまり、金華は天河を左にいかせまいとDFを布いていたのだ。




「なんだありゃ? あのボケども、兄貴に恐れて道を開けてんのか?」


 光星サイドの観客席に座る不良の1人がそんな発言をする。それを耳にした大学生のメガネの男は、深刻そうな顔をして彼に対して答える。




「……いや、これは……」






 そして、彼の予感が的中するかのように、次の瞬間にはコート上で最悪の展開が待っていた……!












 天河が、正面に向かってドリブルを始めるや否や、彼のいる位置よりも少し前で立っていた航が、天河の元に駆けつけて、プレッシャーをかけてくる……!




 ――くそっ! やはり……ダブルチーム!





「……4番行ったぞ!」



「オーケー!」


「オッケー!」


「オケ―!」


「オウケー!」



 金華と航が、声を掛け合いながら天河にダブルチームでプレッシャーをかける。それも、金華が左を。航が正面を守って、ドリブルしている天河を端っこに追いやろうとしていた。




 そんな天河の様子を見ていた観客席に座るメガネの男が、もう一度口を開く。


「……ワンツーツーのゾーンプレスって所だな。見た感じ」



「なんだ? パンツ?」


「ちげぇよ! 馬鹿!」


 不良達の漫才を他所にメガネは語り出す……。



「バスケットのDFのやり方の一つ。要は、オールコートでDFの陣を布いて、ボールを運んでくるPGポイントガードを潰し、パスコースを塞ぐ超攻撃的なDFだ」



「……おっ、おう? そっそれで……?」





「……まぁ、つまりそうだな。あの光星の4番。天河っつったかな? アイツが、ボールを持つ。すると、たちまちアイツの近くに立っている金華が、天河の横を守るんだ。そうやって、逆サイドに展開させないで、天河に狭い範囲でのOFオフェンスをさせる。そしてそうやって天河の道を1つ潰したら、ドリブルでわざと前へ運ばせる。……すると、今度は天河より前に立っている唐菖部が今度は、天河を正面から抑える。こうする事で、前は、唐菖部が。横は金華がプレッシャーをかけ、天河をラインの外に追い出してドリブルする余裕を生ませず、且つ残りの扇野原選手達が限られた3つのパスコースを全て封殺する事で……OFオフェンスのパスもドリブルも無力化する。後は、ボールを奪いスティールして点を取る。これが、ゾーンプレスだ」








 そんなメガネの解説の中でも天河は、航と金華のダブルDFに苦しむ。彼は、とうとうラインのギリギリの所へまで追いやられてしまう……!



「……くっそ!」




 ベンチに座っていた下級生達も天河の苦しそうな姿と悔しそうな声を上げている姿を見て、思わず言葉を漏らしてしまう。




「……おいおい! あれじゃあ、流石のキャプテンでもドリブルで抜けねぇよ!」






「どっ、どうすれば良いんだ……! あんなの……!」






 しかし、そんな中でも1人だけベンチの中で余裕そうな顔をしている者がいた。





「……大丈夫さ。アイツらなら、やれる。なんせ……」



 花車は、不安そうにしている後輩達を励ますようにそう言うと、試合前の練習風景を思い出す。













「良いか! 一回戦の扇野原は、ワンツーツーゾーンで来る! だからこそ、ゾーンの突破を俺達は、身につける必要があるんだ!」



 天河の気合の籠った声が、再生され辛かった練習の日々が……バッシュの擦れる音が蘇る。









 ――そうだ。俺達だって全く無策で今日、ここに居るわけじゃないんだ。最初から戦うと分かっていたからこそ、対策もしっかりしてきた。ゾーンプレスの弱点を……俺達なら……!



 花車は、瞬きを終えて目を開き、覚悟に満ちた表情で彼らの事をベンチから見守った。



 すると、そんな時に光星サイドの観客席でもは穴車と同じような事を言っている者の声が聞こえて来た……。





「ゾーンなんちゃらの弱点?」


「なんだよそれ。物知りメガネ」


 不良達が、メガネ大学生に尋ねる。彼は「なんだそのあだ名は」とツッコミを入れつつもなんだかんだ彼らに説明を開始する。





「……まぁ、そうだな。ゾーンプレスってのは、確かに超攻撃的でハマればパスパスボールを獲れる恐ろしいもんなんだがな、その分弱点が2つある……その1つが、指定された位置以外に選手達は、動けない所だ。要は、陣を布くわけだから、決まった立ち位置ポストで決まった仕事をこなすのが、通常だ。それ以外の動きをたった1人の選手でもやっちまえば、その瞬間に自分達で布いたゾーンが崩れて、ゾーンプレス失敗になっちまう」



「おっおう……」


 不良達の困った顔を見て、メガネが気だるけに頭をポリポリかきながら続けた。




「要は、奇襲攻撃とかそういう……マニュアル通りじゃない動きに対応しづらいのさ。まぁ、逆にマニュアル通りの動きしかさせないようにするのが、ゾーンプレスでもあるんだがな。……けど、バスケは守るのと攻撃するのとでは、攻撃の方が圧倒的に有利だ。もしも、ゾーンの突破方法を少しでも練習しているなら、それが功を制する可能性は、十二分にある」












 メガネの発言のそのすぐ後、コート上で追い込まれていた天河の口元が突然笑い出した。彼は、まるでこの時を待っていたかのような顔でDF2人を見る。そして、彼は言った。






「行くぞ……!」



 その刹那、天河の事を横から守っていたダブルチームの1人――金華の後ろに紅崎が駆けつける。彼は、指で天河に「行けっ!」と指示を飛ばすと、金華のギリギリ視界に入る位置に立って構える。それを見た天河は、すぐに紅崎の立っている位置に向かってドリブルを少し後ろに移動しながらも大回りに展開して、金華が封じていた左側へと逃げ込む。――天河と紅崎のゾーンプレス第一線突破が成功する。それを見ていた金華とコンビを組んでいたもう1人のDFの航は、すぐに声を出す。




「……4番抜いた!」


「オッケー!」


「オケ―!」


「オーケー!」



 全員でそれぞれ返事を返すと、航は走り出した。……それも、天河よりも前に立っていた白詰の方へと走り出したのだ。彼が、白詰の傍までやって来ると、ちょうどその位置で陣取っていた百合が、今度は前にいる天河に向かって走り出す。



「チェンジ!」


「おう!」


「おぉ!」


「しゃあ!」



 扇野原選手達のゾーンプレスの形が崩れ出す。たちまち彼らは、自分の最も近い位置にいる選手達の元へ寄って行き、彼らの動きに合わせてDFを展開する。そのあまりに細かな動きが展開されていく中で、天河は左側に出て来てドリブルをしながらセンターサークルへ辿り着いた所で、何か嫌な感じを覚える。




「……あれ? 突破できたはずなのに……」



 天河は、確かに紅崎の協力もあってゾーンプレスを突破できた。彼は、確かにコート中央の円形のセンターサークルまでやって来る事ができた。……できたはずなのに、光星の攻撃が思ったよりスムーズに進まない……。



「マークチェック! 4番オーケー!」


 だがそれも、今目の前で百合が彼に対して言われたこの言葉を聞いて何となく理解できてしまう。


「……15番オーケー!」


 そして、自分をさっきまで守っていたはずの金華のこの言葉を聞いてそれは、革新へと変わった。




 ――コイツら……さっきまでゾーンプレスをしていたはずじゃ!? なんで……。




「なんで……オールコートマンツーマンに切り替わってんだよ……」




 天河は、再び扇野原のDFに捕まってしまう。それも瞬間的にゾーンプレスからオールコートマンツーに切り替わる驚異のDFに……。既に光星の攻撃時間は、10秒が経過していた。残り時間は、14秒。しかし、そんな状況でも扇野原はDFを緩めない。むしろ、オールコートマンツーマンに切り替わった事で、選手1人1人のDFに対する気迫が違った。


 天河は、とんでもないプレッシャーをかけてくる百合相手に攻めあぐねていた……。





 ――くっそ……! コイツ、抜けない! しかもマンツーマンに切り替わったせいで今度は、パスコースはあっても皆、DFを振り切れてなくて結局パスを出せない!




 ボールを運ぶ。天河が、このように止まってしまうと光星の攻撃は、その時点で機能停止をしてしまう……。天河は、センターサークルよりも前に進む事ができず、そのまま後退する事を余儀なくされてしまう。しかし、そこを百合は見逃さない。彼は、天河が後退したその瞬間にドリブルしていた彼からボールを奪う……! 



「取った! 速攻!」



 すかさず、扇野原の攻撃だ。百合は、取ったボールをドリブルさせると、そのまま天河が完全に自分へ追いつかれるよりも先にそのまま3Pラインの外側から左手でボールを投げた。




 ――なっ!? コイツ……いきなり3Pだと!?




 驚く天河だったが、そんな彼にすかさず新たな絶望が降りかかる。百合の投げたそのシュートは、普通に入ってしまう。扇野原が後半開始早々にまたも3点を勝ち取ってしまうのだ。


 スコアボードが、3回カチカチっと動く中、観客席に座っていた大学生のメガネの男は、この状況を見て、言うのだった。






「……前言撤回だ。コイツらが、今やったDFは、ただのゾーンプレスじゃねぇ。そして、ただのプレスじゃなくなったこの時点でさっき言った弱点は、最早なくなった。アイツらは、ゾーンプレスという名の陣を布いたんだじゃない。オールコートマンツーマンとゾーンプレスを組み合わせたハイブリット……いわば、難攻不落の要塞を築き上げたんだ」




 彼は、一言だけ間を置いた後に続けた……。









「最早、ここから点を獲る事は不可能だ……」











       扇野原VS光星

      第3Q残り9分42秒

         得点

        51VS45

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