第88話 突きつけられた現実

  ――それは、前半がここで終わっていればの話。

































 ──12秒。































 この時、光星選手達はベンチも含めて全員完全に油断しきっていた。やっとの思いで成し遂げた最強王者、扇野原相手に同点で前半を終わらせるという事。まるで責務を全うし、その全てをなし得た軍人のような達成感に彼らは包まれていた。しかし、彼らは忘れてはならなかったのだ。




 ――点差が仮に同点であったとしても、時間がそれでぴったり終わるというわけではない……という事を。




「……やった! よしっ! よくやったぞ! 天河!」



「すげぇよお前! すげぇ!」



 チームメイトの白詰と霞草が天河の3Pシュートに喜び、会場も彼らのやりとりにほっこりしながら次の後半戦に期待を示す中、それは突然の大雨、大嵐のように訪れた。




「……な~に、もう勝った気でいやがる?」




「……!?」



「まだ終わってねぇぞ!」



 バスケットコートの一番端っこのエンドラインからボールがパスされる。その

ボールは、まず最初に金華の元にいき、その後に一瞬で彼はちょうど走って来ていた航の元へとパスをして、彼はそのまま全速力でドリブルをかまし始めた。






「……はっ!」



 しかし、航が走り出した時にそれに気づいた天河、白詰、霞草の3人は最早彼の全速力のドリブルに全く追いつかない。




「……まずい! 不意をつかれた! 今この状況じゃ、完全に扇野原とうちで4VS2! 不利過ぎる!」



 ベンチに座っていた花車もさっきまでの嬉しそうな表情とは一変して、一気にシリアスな雰囲気に染まる。




 天河は、航の後を追うように自分のすぐ隣から走り出した金華の動きを見て、ここでようやく彼の本当の狙いを察するのだった……。





 ――さっきの航へのパス……。いつものコート全体を見渡すくせが全くなかった。今まで、コート全体を見渡してから必ず動き出すっていうのは、この時の伏線……。そして、わざとこうして自分達が速攻で攻めに行けるように時間を調節して、完全に油断しきった所を奇襲を仕掛ける……。この男、マジでなんて先まで読んでいやがんだ……!



 だが、天河がいくらここで悔しがっていても今起こっている事は何一つ変わらない。







 そして、とうとう航は紅崎と狩生の2人がいるフロントコートにまでやって来てしまう。





「いかすかぁ!」


 だが、そんな航に一歩も抜かせまいと紅崎の気合の籠ったDFが炸裂した。彼は、航のドリブルだけを止めるために全神経をそこに注いで腰を落としていた。




 ……だが、それさえも彼は嘲笑うかのように航は、一瞬でドリブルをやめてシュートの態勢に入った。





 ――しまった……! 今まで狩生と霞草のいる中側インサイドでばっかり攻めあっていたせいで完全に忘れてた。……コイツら、全員3Pシュートを撃てるんだった……!




「撃たせるかぁ!」



 紅崎は、それでも最後の力を振り絞って飛び上がり、航のシュートを止めにかかった。そんな彼に少しだけ以外そうに口をポカンと開けて驚いた様子の航は、すぐにシュートからパスへ切り替えた。ジャンプした状態で繰り出された航のパスは、

そのままゴール下で構える鳥海の元へ行く。



 ――残り時間は、10秒をとっくに切ってる……。なら、この状況で無理して攻めに行く必要は私にはない!



 それを状況からすぐに察し鳥海は、自分のすぐ後ろで本気の構えをとってゴール下を守ろうとする狩生の姿を見て、貰ったボールをすぐに別の場所へパスした。




 ――なっ!? コイツ、さっきまで完全に攻めにくる感じだったのに……!?



 鳥海のパスに驚く狩生。しかし、そんな些細な驚きの間にボールは鳥海から今度は、走っていたもう一人の選手。百合に渡った。彼は、3Pラインの外側でボールをもらうと、そのままシュートを撃つ姿勢をとった。残り時間は、もう3秒。扇野原としては、ここで決めたい所。……そのベストタイミングな所でちょうど走ってやって来た百合が、フリーだったのだ。もう、撃つしかない。



 百合は、左手でボールを持ってそのままシュートを撃とうとした。……しかし、その直前に横から気配を感じる。



「……撃たせねぇ!」


 気配の正体は、紅崎だった。彼は、さっきのジャンプでかなり体力を持ってかれてしまったのか、ぜーはーぜーはーと息を荒げながらも必死に百合のシュートを止めにかかった。


 紅崎は、分かっていたのだ。





 ――コイツのシュートは、俺なら止めれる。なんせ、コイツは俺と同じサウスポーでシュートを撃つ。……本来、左手で撃つ選手は稀少だからブロックが若干しづらいが、俺は違う。……同じ、サウスポーの使い手としてブロックには慣れている。……いける!





「ぶっ飛ばせェ! 兄貴ィィィィィィィィィ!」



 観客席に座る仲間の不良達もハラハラしながら騒ぎまくっていた。そして、紅崎が左手で撃つ事を予見して、ブロックの手を伸ばそうとした。











 ――その時だった。






「……知ってるよ。止められる事は」






「なっ……!?」





 突如、紅崎の視界の中に映った百合は、彼の知るシュートフォームをとっていなかった。







 ――なんで……コイツ、左手が利き手じゃ……どうして、……!?









 紅崎が、そんな事を思っていると百合がそれに答えを示すように言うのだった。




「……簡単な事さ。俺は、左右両方の手でシュートが撃てる。それだけの事さ」







 ――ひょいっと、百合の手からシュートが放たれて、ボールがそのままネットを優しく貫いて行く……。







ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ! と、それに合わせるかのように試合終了のブザーが鳴り出した。シュートが入ってタイマーの終了の音が鳴ったのを聞いた審判が、指を三本立てて、それを勢いよく下ろす。



 百合の3Pが見事に決まってしまったのだ。









 ――そんな……。






 それは、見えかけたはずの希望が一瞬で絶望に変わる瞬間だった。……彼らは、前半戦、全力だった。間違いなく。……でも、最後の最後に隙を見せてしまったのだ。そのあまりにうまく行き過ぎていた後半のゲーム展開に、この全てが布石であり罠だったと気づいたのは、おそらくコート上で天河1人だけ。しかし、全員が共通の認識として、思う事が1つあった。











 ――やってしまった……。自分達は、またしてもやってしまった。完全に認識が甘かった。
















「……相手は、全国常連の絶対王者――扇野原なんだ」




 天河が口から漏らしたセリフの後に、会場のアナウンサーの声がした。







「前半は、これで終了です。この後、10分間の休憩インターバルの後に後半戦を開始いたします」





















 絶望が終わり、新たな絶望の始まりとも言えた……。









       扇野原VS光星

        前半終了

         得点

        48VS45



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