第87話 ラスト1分の奇跡

 ――インターハイ予選1回戦最終試合。光星VS扇野原。ここから激闘の1分39秒が訪れる。


 最早、残り時間もそんなにない光星にとってこの前半だけで同点にする事は、不可能に近かった……。7点差。それは、どれだけインサイドで点を取りに行こうとしても、最低でも一本。3Pが必要となって来る。




 ――紅崎が……。今日の紅崎が絶不調であるからこそ余計に痛い。今、この中で決められるのは俺1人……




 PGポイントガードの天河は、ドリブルをしながらも必死に考えていた。どうするかを……。



 ――やはり、ここは……。俺、1人で……。




 天河は、そう確信してドリブルするスピードを上げた。……1点でも多く点を獲らないといけないというプレッシャーが逆に彼を強くしたのだ。




 ――しまった……!



 そして、その思いはプレイにもしっかり反映されて、見事DFの金華を抜く事に成功。天河は、そのままゴールの下に向かってドリブルで突っ込んで行く。が、相手はあの絶対王者――扇野原。簡単にはシュートを撃たせてくれない。天河の前に2人のビッグマンこと、鳥海と種花が立ち塞がる。彼は、その2人の姿を見て、レイアップを撃とうとしていた自分自身に不安感を覚えた……。




 ――今、この状況で攻撃が失敗すると、かなり厄介になる。




 そう悟った天河は、自分よりも20cm以上身長の違う2人の選手を見て、ドリブルする手を緩めてしまう。



 ――ここで、自分がすべき事は……。




 そう思えた時、自然と天河は無謀に突っ込んで行くよりも誰かに頼る事をしていた。天河は、咄嗟に自分の近くに立っていた狩生にパスをする。



「……!」


 狩生は、天河から急に来たそのボールを持った途端にリングを睨みつける。



「……今じゃ! 撃つんじゃ! 少年!」


 狩生の耳にベンチの方から1人の男の声が聞こえてくる。その声が聞こえたのと同時に狩生は、シュートの態勢に入って、ボールを持ちあげる。



「分かってるよ。爺さん……」


 DFの鳥海は天河に気がいっていた分、狩生の対応に若干遅れてしまう。鳥海が、狩生のシュートをブロックしようとした時既に、彼の指先からボールが放たれていたのだった……。


「……しまった!?」


 鳥海が、着地してからバスケットゴールの方を見てみるとちょうどシュートが入った所であった……。



「……よしっ! 5点差! 時間は……」


 ベンチに座っていた花車が、時計を確認しようと少しだけ立ち上がって正面に見える大きなタイマー表を見てみる。――――1分15秒。



 ――ギリギリも良いところだ……。



「……皆、当たれ! もう後、最低2本シュートを撃たなきゃならないんだ! 当たるんだァ!」


 花車は、懸命に声を振り絞った。それに呼応するかのようにベンチからは他の下級生達が声を張り上げて全力の応援をする。


「ディーフェンス! ディーフェンス!」



 彼らの応援は、コートにしっかりと伝わってくる。その証拠に、下級生達の熱烈な声援を受けた白詰は、口元を嬉しそうにニヤつかせていた。そして、花車の指示通りに彼は、コート上で今走っている全ての選手達に向けて声を張り上げた。



「……当たるぞ! 残り1分15秒! オールコートマンツーだ!」


 オールコートマンツーとは、名前の通りのDF方法で、バスケットにおいては最も効果的で防げる可能性の高いやり方なのだが、その反面選手達にかかる負担は凄まじく、体力の消耗が激しい。だから、基本的には試合の終盤で使われる事が多く、前半戦で使われる事はほとんどないのだが……。




「……この局面でオールコートは、流石だな。勝負所をよく分かっている」


 光星サイドの観客席に座るメガネをかけた大学生が言った。彼の言う通り、いくら終盤で使う事の多いものだとしても、それをいつまでも最後にとっておいて勝負所を逃したら元もこうもない……。花車の指示は、かなり的を得ていたのだ……。そして、それは身をもって今、証明される。




「……取ったぁ!」


 扇野原の百合から種花へのパスをあらかじめ予測していた霞草が、ボールをスティールする。





「よしっ! ナイスカット! 霞草!」


 ベンチの花車も大喜び。下級生達も大はしゃぎだった。霞草は、持ったボールをすぐに白詰へパスして、光星第2の攻撃を始動させる……!




 ――時間は……?



 ドリブル中に白詰は、時計を見た。――――53.4秒。既に残り時間は1分を過ぎていたのだ。





 ――ここで、点を取ってもまだ同点にすらならない……。





 その時だった……。彼の目の前に1人の人間が現れた。




「……いかせるか! 想太!」


 それは、白詰にとってこの試合最大のライバルといってもいい存在。唐菖部航とうしょうべわたるだった。




 ――クソッ! やっぱり最後の最後まで俺の前に立ちはだかるのはお前かよ……!



 白詰は、航の本気の表情を見た時に思い出したのだ。試合が始まるよりも前から彼と一緒に何度も1ON1ワンオンワンを繰り返した事を。そして、その戦いの中で、彼はのだ……。





 ――戦えるか? 俺に……。コイツを倒す事ができるか……?




 不安が、彼の頭に過ったその時だった……!




「想太! こっちだ!」


 振り返ると、そこには白詰よりも更に前へ走っていた天河の姿があった。白詰は、その姿を見るや否やパスをして、天河にボールを繋いだ。幸い、今の天河にはマークしている選手が1人もいなかったため、彼はそのままレイアップを決めて、追加点を勝ち取った。





「おおおぉぉぉ! まじか! マジか! まじか!」


 扇野原目当てで見に来ていた観客も皆が声をあげて騒いだ。3点差。残り数秒しかないこの圧倒的不利な局面で、3点差だ。流石にこれを見せられてしまったら他の客達も自然と今この時だけ光星側に気持ちが傾いてしまうものだ。




 しかし、観客が大盛り上がりで興奮している中でも選手達はピリピリしていた。





 ――後、39.7秒。3点差……。





 天河が、スコアボードとタイマーを両方確認する。そして、確信した。



 ――射程圏内だ。もう、射程圏内に入ってる……! いける!





 天河は、扇野原が攻撃を始めるのをコートの一番端っこにいる金華の隣で更に同点に術くための秘策を練った。




 ――金華廉太郎かねはるれんたろう……。コイツは、他の扇野原選手達の中でも特にバスケットにおける技術が劣っている。コート上でもドリブルとかシュートととなると一番弱いのはコイツと言っても良いだろう……。そして、今までずっとコイツのプレイを見ていたからこそ分かる。




 天河は、パスを受け取ってドリブルの構えを一度取ってからゆっくりとコート全体を見渡してそれからやっとドリブルを始めようとする金華の事を見た。




 ――コイツは、性格が悪い。だからこそ、必ずこの場面ではゆっくり攻めに来るはずだ! そして……




 刹那、ドリブルを始めた金華の右手に向かって天河の手が伸びる――!






 ――ドリブルを始めた直後の一瞬。この一瞬だけコート全体を見渡す癖がある都合上動きが止まっちまうのが弱点だ!



「……!? しまった!」



 天河が、金華のドリブルをしている手からボールを引き離す。



「よしっ!」


 天河が、ボールを掴む。すぐにそのままシュートを撃とうとボールを持ちあげる。しかし、この状況下で扇野原選手達が簡単に撃たせるわけがなかった。天河のシュートに選手たちは、全力でジャンプをして止めにかかる。


 残り時間30.8秒。ここで天河は、驚くべき事をしてみせる。ジャンプしていた金華もすぐにそれに気づいた。



 ――フェイク……!?




 天河は、この状況で相手にフェイクを仕掛けていたのだ。しかも……。



「そのままゴールの下に向かうんじゃなくて、ゴールから離れていくだと!?」


 金華の言う通り、天河はどんどんゴールから遠ざかっていった。彼が、一歩一歩と離れて行くたびにタイマーは1秒を刻む。そして、天河がとうとう3Pラインの外側にやって来ると、彼はそのままシュートを撃つ態勢に入った。




 ――そうか……。最初からそのために……いや、分かってはいても本当にそんな事をしてくるなんて……!?



 金華と一緒に天河のDFについていた百合が、そう思った。確かにそうだ。残り時間的にもより確実にゴールの下へ向かってシュートを撃った方が良いに決まっているのに……天河は、それを選択しなかった。それもあえて、より確実に同点にするためにだ。百合ももいは、分かっていても反射的にジャンプをしてしまった自分を強く呪った。……そして、彼の視線の先に天河が3Pを撃とうする。……しかし。




「させるかぁ!」


 その時だった。天河が撃とうとしたその寸前に後ろから全速力で航が走って来る……。彼は、最早理性などを保てていなかった。それよりもより確実にここでフリーの状態で3点決められるのだけはどうしても避けたかったのだ。航の体が天河の元へまで追いつき、彼が大きくジャンプして天河のシュートをブロックしようとした。



 ――だが、その刹那! 彼は、知っていたのだ。こうなる事を。だからこそ、天河は持ち上げていたそのボールを一度下げた。



 ――しまった……!? またフェイク!



 航もすぐ気づいた。まずいと。そして、彼の体が地面に着地しそうになるその一瞬を狙って天河はジャンプした。それは、最早フリーで3点を撃っているのと変わらない状況だった。天河の撃った3Pシュートは、見事ゴールの中に吸い込まれた。





 得点が入った時になるブザーが、高らかに体育館中に響いた。3点だ。光星の3点が入ったのだ。彼らは、残り数秒のこの時間内でついに成し遂げたのだ。後半戦に繋がる事を……。扇野原と点数を同点にするという事を……。



――45VS45。この数字に彼らは大いに喜んだ。この時だけは、それまで敵だったはずの会場の大多数の客達とも一つになれた気がした……。





 光星選手達は、いや彼らは自分達の成し得た事に喜んだのだ……。

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