第85話 猛攻

 ――強いリバウンダーがチームにいると、他の選手達が伸び伸びシュートを撃てるとは、まさにその通りだ。


 それは、シュートを外しても大丈夫だ。アイツがきっと獲ってくれるという確信が生まれるからだ。そういう思いが生れて次第に選手達の流れがよくなる。だから、バスケットにおいて最も重要なプレイが、このリバウンドだ。とれるか獲れないかで勝敗が決まるといっても良い。なぜなら現実的にプロでもバスケのシュートが入る確率は、ほとんどが3、4割程度なのだから。



 光星も、それまで狩生と霞草の2人が陣取る中側インサイドがガタガタだった。だから、良い流れが来なかったが……ここに来てやっと、彼らに最高の流れが来ようとしていた。




 リバウンドが、少しずつ獲れるようになってきた……! 試合は、扇野原が有利出る事に変わりはなかったが……それでもまだ勝敗は、どうなるか分からない……。


















「……よしっ! リバウンド!」


 扇野原の攻撃だ。霞草の最高のダンクがあったばかりに勢いに乗り出す光星メンバーは、なんとか扇野原の全選手何処からでもシュートが撃てるという圧倒的攻撃力にも対応できていた。その証拠に天河は、金華のシュートをブロックはできなかったが、指先だけ触れて軌道をずらす事に成功している。軌道のズレた金華のシュートはリングの中にまで届く事ができず、リングの先にぶつかってそのまま落下してくる。


 それをビッグマン達が狙う。高く跳んだ狩生達ビッグマンは、ボールを掴もうと空中で争奪戦を始める。




 ――リバウンドにおいて最も大事なのは、誰にも渡さないという気持ちだ……。これが、強い方がボールを獲る事ができるというものだ。





「ダァラァァァァァァァァァァァァァァ!」


 今回も霞草の勝利だ。彼は、種花が掴みかけたボールを後ろから獲りあげて、それを両手でしっかり掴み、脇の下辺りで固定する。



 このプレイこそ、リバウンドを獲る時に最も重要な基本の構えだ。リバウンドは、ただ獲るだけではいけない。相手の誰にも渡さないその意志を表に出さなきゃならないのだ……。それは、例えるならサバンナで他の誰も寄せ付けない大きな体のゾウやゴリラのように。



「……よしっ! ナイス! こっちだ!」


 そして、リバウンドをとったら次にする事は、パスだ。勿論自分でそのままボールを持ったままドリブルしてツッコミに行くのも良いが、それよりも確実なのはドリブルに特化した選手に渡す事。……光星の場合は、天河だ。


 天河は、霞草からボールを受け取るとそのまま何も言わずに走り出した。



「止めろ! 戻れぇ!」


 扇野原選手達も光星の攻撃を止めようと、天河の後を追う。だが、そんな走る天河の事を見ながらベンチに座る花車は、信頼しきった表情でベンチに座る不安そうな表情の後輩達に告げた。




「……こういう時にこそ、アイツは決めてくれる。だって、家が誇る全国屈指の選手なんだから……」



 ――こういう時のために、今まで1人で練習してきた成果が出るんだぞ……!




 花車は、強い眼差しで天河を見つめる。すると、彼の走るスピードはどんどん速くなっていき、そのうち扇野原選手達を追いつけない位にまで引き離していた。






 ――コイツ……すげぇスピードだ!




 コート上で走る扇野原選手達も驚いていた。それまでの彼の走る速さよりも明らかに速かったのだから。――そして……。




「うおおぉぉ! 決めた! 光星の3連続得点だ!」



「これで、点差は9点! 9点差だ!」



 観客は、光星のミラクルに湧いた。それまで天河の力で食らいついていた点差は、鳥海の力で引き離され、そしてまた狩生の本気で縮まり、種花が引き離し、ようやく今、霞草を起点にこの点差を縮めようとしていた。









「……同点だな」


「え……?」


 彼らの試合を光星サイドで見ていた大学生のメガネをかけた男が解説しだす。同じ席に座っていた大学生の男が、疑問を投げかけるとメガネは答えた。



「……前半は、同点に持って行ければ光星的には気持ちが楽だろう。これまでかなり苦労して詰めた点差だ。ここで同点にまで持ってくれば、後半戦はかなり余裕を持って試合に臨める。……それこそが、ベストだろう」



 光星サイドで座っていた他の観客達が、コクコクと納得した様子で頷く。そして、彼の言った事は本当の事らしく、コート上にいる光星選手達の目つきが変わり出している事に観客席の人々は気づき始める……。









「やらすか!」


 扇野原の攻撃。しかし、ここで金華から航へのパスを白詰がスティール。ボールを奪う。白詰は、ボールを持つとすぐにドリブルを始めて扇野原がDFを始めるよりも先にゴールまで走って行き、更に追加点を重ねる。……これで、4連続得点。点差は、7点だ。




「よしっ! 良いぞ! ナイシュー! 想太!」




 コート上の選手達が、頑張る中で少しずつベンチにも活気が戻って来た。……ベンチに座る後輩達は、分かって来たのだ。先輩達のやる気を……。もう、花車だけが声を出していたあの頃とは、違って来ていたのだ。





 ――すげぇ……。想太パイセン……。




 下級生の1人、鈴原はそう思った。彼は今、目の前で汗を流してプレイに集中している白詰を見て、1年前の彼の姿を思い出していた。





 ――やっても意味なんかねぇ……。あの時のパイセンは、確かにそう言ってた。部活にもほとんど来なかったし、来ても遊んでいた……。練習の後にサイゼリア行くのが楽しみなんだと言って、それだけの為にほとんど練習で汗を流さなかった……。あの先輩が……今は、チームの鍵として試合に出ている。







 ――すげぇ……あんな凄かったのかよ。





 鈴原の中に初めて、先輩への敬意が目覚めようとしていた。今までヘラヘラしているだけだった1人の男が、立ち上がろうとしている。……それが、同じ男ながらに彼を感動させたのだ。



 それは、他の後輩達にしてもそうだ……。彼らは今、一丸となって3年生の試合を応援し始めた。……彼らに、頑張って欲しくて。










 扇野原の攻撃をまたしても止めた光星は、再び攻撃を始める。しかし、今度こそ止めようと立ちふさがる扇野原の前に、ドリブルをしていた白詰の足が止まってしまう。……と、その時だった。



「……白詰、出せ!」


 ボールを持った白詰が、後ろから聞えてくる天河の声に気づき、ボールをパスする。天河は、白詰からボールを受け取るとすぐに3Pシュートを放った。金華が、DFに来る前に放ったそのシュートは、一切のブレもなく綺麗にリングの中へ収まり、パツンという音と共にネットを潜り抜ける。シュートが入ったのだ。





「すげぇ! これで5連続得点だ!」



「……4点差!」


「どんどん縮んでるぞ!」



 会場も光星の怒涛の攻撃に目が離せない様子でいた。前半もそろそろ終わるそんな中で果たして、光星は最強王者、扇野原相手に同点へまで持って行けるのか……。





 光星側が勢いを増していく中で、扇野原のキャプテン金華は1人冷静に息を吐いて、スコアボードを眺めた。




「……4点か」





 次回、ついに光星VS扇野原前半戦、ラストスパート突入……!








       扇野原VS光星

      第2Q残り2分9秒

         得点

        42VS38

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