第84話 カスミソウの芽が生える

 霞草が、メガネをかけるようになったのは中学生の頃。中学2年生の時に尊敬する父がメガネをかけていたから自分も父のような立派な人になりたいという願いを込めて目の悪くない彼は、メガネをするようになった。


 ――母は、そんな彼の行動をあまりよく思っていなかった。母は、本当の自分をメガネで隠しているように思えてしまって、彼の伊達メガネを実はそんなによく思っていなかった。




「……いつか、外してくれる日が来てくれたら……。その日こそが、息子の本当の晴れ舞台となる」



 そんな事を母は、思っていた。それは、父も一緒だった。自分の真似だけでメガネをするのが、あまりよく思えなかったのだ。


 そう、2人は心の中で息子に一人立ちをしてほしくないと思いながらも本当は……いや、本当の意味で一人立ちをして欲しかったのだ。


 今日の試合も、試合前にメガネを取るのだろうかと両親達は密かに思っていたのだが、そうはいかなかった。……このまま息子が良い試合をして帰って終わりなのだろうかと、彼らが思いだしたその時に……ついに両親の願いは叶う事になる……。















 ――ガシッ! と力強い音を立てながらリバウンドボールを掴んだのは、種花の前で高くジャンプしていた霞草だった……! 彼は、片手で宙に浮かぶボールを取ってそれを少しの間だけ、その状態をキープしていた。彼がリバウンドをとるその光景に驚いた種花は、衝撃に満ちた顔で手をあげたまま空中からドンドン地面へ落下していく。この時、種花はもう1つ、霞草に驚いた。




 ――コイツ……一体、いつまで飛んでいやがる!? どうして、同時にジャンプしたはずなのに俺の方が先に落ちて……!




 種花の体は、どんどんリバウンド勝負をしている空中から離れて、地面へ字面へ落下していく一方だ。だが、それに引き換え霞草の方は、まだ落下しない。ボールを片手でキープしながら空中にまだ滞在していたのだ。



 そして、種花の体がもう少しで地面に着こうとするその時……!




 霞草は、この瞬間に目を光らせた……。刹那、彼は片手でキープしていたボールを空中でとった状態のまま、そのままリングに向かって押し込んだ……!


 ボールは、霞草の強い力の籠った一撃によってリングの真ん中に叩きつけられ、見事シュートは成功。霞草の片手はリングを掴んでおり、その光景はまるでNBA選手のスーパープレイのようだった。





 霞草の力強いリバウンドダンクは、しっかりとスコアにも反映された……。ついに、光星はそれまでなかなか難しかった中側インサイドでの得点を成し遂げたのだった……! 会場も霞草のダンクに熱狂した。




「何だ今のはァァァァァァァ!」



「すげェェェェェェェェェェェェ!」



「あんなのプロでしか見た事ねぇぞ! なんて事できんだあの6番!」




 観客席の熱狂は、コートにも伝わって来た。彼らの声援が結果的に光星選手達にとって新たな自信となり、逆に扇野原選手達にとって新たなプレッシャーともなったのだ。




「……気にするな! 二度も同じ事はできない。マグレに決まってる。一本落ち着いて決めよう」


 こんな状況でも動じない金華だったが、今回ばかりは他の選手達。特に種花の動揺が凄かった。また、光星側もDFへの気合の入り方がこの時から増していっていたのだ。


 金華は、この状況で得意のパス回しによる頭脳的な攻めを展開できないと判断し、仕方なくシュートを撃つしかなかった。





 ――よしっ! ひとまずシュートを撃たせた……!


「リバウンド頼んだぞ……!」


 天河が、ゴール下で戦闘態勢に入る霞草達ビッグマンに声をかける。彼らは、既に場所取りスクリーンアウトを始めていて、ここから彼らによる第二ラウンドが

始まっていったのだった。



「くっそ……!」


 種花は今までの余裕な様子と一変し、もう完全に霞草と互角に勝負をしていた。彼らは、お互いに体と体をぶつけあって、宙に浮かぶリバウンドボールを睨みつけながら肩や足などを擦り合わせたり、ぶつけたりしながらスクリーンアウトで競いあった。……こんな中で霞草は、思った。





 ――俺には、まだお前に勝てる程の実力がないのだろう。けど、それでも実力がなかったとしても、俺は負けない……! 例え、勝利できなくても最後までその手にリバウンドを手にするまで戦い続ける……!




「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 霞草の本気の気持ちが籠った叫び声。彼は、ボールが迫って来たその瞬間に宙に浮かぶボールをまず、右手でがっしり掴み。次に掴んだそのボールを逆の手に向かって叩きつけるように体をねじって脇の下に構える。両足でしっかり着地をしたら、彼はすぐにボールを上にあげて、天河達がパスを要求する時をほんの数秒だけ待つ。


「霞草!」


 天河の声。これを聞きつけて、霞草がパスを出すとそこから光星の反撃が始まる……!




「行くぞ! 一本だ!」


 走る天河。その後を霞草と狩生が走って行く。……しかし、彼らに追いつこうと扇野原も走り出す。航と百合。金華、鳥海の4人が走っていた。




 ――くっそ……! やっぱ戻りが早い。速攻が全然仕掛けられない。




 天河は、それを瞬時に察知して少しだけスピードを緩める。――そして、緩めた途端にそれを狙っていたかの如く、ボールに飛びついて来る金華のDF。彼は、天河からボールを獲ろうと、強烈なDFでプレッシャーをかける。





 しかし……。




「そう来ると思ったぜ……」


 天河は、金華が何かを仕掛けてくるよりも先にパスをだす。そのパスは、スピードを緩めた途端に天河より前に走り出していた狩生へ渡っていく。



「……ナイスパス!」


 彼は、ボールを受け取るとそのまま台形の枠の中にちょうど立っていたので

シュートを撃とうとジャンプをした……。そして、シュートを放とうとした。が、その時。



「――させませんよ!」


 鳥海のブロックが炸裂! 彼の手が狩生のシュートを一番高くボールが上がっていた位置で叩き落とされる。そして落とされた場所の先には金華がボールに背を向けるように立っている。




 ――よしっ! 止めた!



 鳥海は、それを確信する。……しかし!




「まだだ!」


 金華がボールに気づくよりも先に走って来た霞草がボールを掴む……! 彼は、ボールを掴むとそのままドリブルを始めて、ゴールの真下にまで接近し、そしてそこで高くジャンプする。飛びながら霞草の片手が高く上がって行き、彼がダンクをする体制に入る……!



「決めろ! 霞草!」


 シュートをブロックされてしまった狩生が、霞草にそう叫ぶ。だが、彼がダンクをかまそうとしたその時に、既に戻っていたのだ。……種花が。




「やらすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 種花の渾身のDFが霞草を襲う……! 絶対にさせない。その思いが霞草の胸にも伝わって来る。すると、霞草は思いだした。





 ――これまで自分が、彼の宣言通りリバウンドを全然取らせてもらえなかった事を……!




「……」



 ――止められるか……このダンクも…………。


 刹那、霞草の脳内にとある言葉たちが蘇る。




 ――バスケはもう卒業だ!






 ――そんなの、嘘に決まってんだろ……。あの時は、散々あんな事言ったけど……本当はしたかったに決まってるだろ花車……。卒業なんてできるわけねぇだろ……。やっと、「夢」が叶ったんだから……。









 その時、彼の耳を貫いたのは観客席に座っている母の言葉だった――。




「……ずっと、皆で試合がしたかったんだろ! ここで負けてどうするの! アンタがどれだけ凄い子なのか……アタシらは知ってるのよ! 敵の凄さに怯えてないで、アンタもすげぇ所をガンガン見せてやんな!」



「……!」




「……アンタだけの強さを見せつけてやれェェ!」




 ――母さん……


















「……ぜってー負けねええええェェェェェェェェェェェ!」





 ――コイツ、さっきまでとパワーが桁違いに……!



 種花が驚いた時には、もう遅かった。彼の手は霞草の力の籠ったダンクによってはじき返されてしまい、霞草のダンクシュートがリングを貫く。そして、はじき返された種花は、そのままフロアに尻餅をついて、下からダンクを決めた霞草の姿を見上げた……。



 その光景に本能的に種花は、背筋をゾクッとさせた。




 ――霞草……コイツ…………。




 とうとう霞草も目覚めて、これで本格的に光星のインサイドは復活した。第2Qは、残り4分をきり前半もラスト3分となった。ここから光星は、扇野原に巻き返す事ができるのか……? 










 次回に続く……!










       扇野原VS光星

      第2Q残り3分40秒

         得点

        42VS31

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