第83話 思いっきりやらせてもらう……!
「それでは、第2Q再開します!」
「始まったぁぁぁ! 行けェ! 扇野原!」
「扇野原! 扇野原!」
審判の笛と掛け声の後に光星、扇野原の2校はコート上へ並び出す。そして、同じ頃に観客席でも扇野原コールが始まる。
選手達10人は、それぞれの闘志や思いを秘めて、戦いが再開するブザーの音を……その時を待ち続けた。
――ビィィィィィィィィィィィィィィィ!
大きくて低めの野太くて、しかし少し高くも聞こえるブザーの音が、鳴る。両チームは、そのブザーの音と共にそれぞれ配置につき、試合を再開するのだった。審判が、持っていたボールを光星15番、紅崎に渡す。彼が、ボールを掌の上にのせると、今度は審判のホイッスルの甲高い音がして、試合は完全に再開される……。
「入った!」
紅崎の合図を耳にしたコート上の選手達が、動き回る。ゴール下でDFの鳥海をなんとか封じ込めていた狩生が、パスを要求。紅崎は、気づいた途端すぐに狩生へパスを出し、自分はボールを手から離した途端に走って、いつもの配置についた。
「……来なさい!」
鳥海の気合の籠った声。しかし、この状況でパスを貰ったは良いものの狩生は、今攻め時でない事を状況から察する。
――もしも、ここで無理に攻めにでも行こうとしたらおそらく、鳥海の後ろにいる種花や航に捕まって止められてしまうかもしれない……。ここは冷静に……。
狩生は、状況から攻める事を一度やめて、冷静に天河へパスをする。
「よしっ! ナイスパス」
天河は、狩生のその判断に声をかける。ボールを持った彼は、そのままドリブルを始めてコート上を見渡す。
「一本! 一本取ろう!」
天河が、仲間達にもう一度声をかける。そして、ドリブルでゆっくりと後ろに下がって行き、よりコート上を隅々まで見ようとする。
「……」
天河は、この状況でどう攻めに行くかを考えていた。
――敵は、ゾーン。インサイドで攻めに行くのは、やはりキツイか……。
天河は、狩生の状況を見てそれを判断する。そして、その後で今度は霞草の方を見る。この時、彼の目に映った霞草は少なくとも冷静そうに見えた。いや、冷静という言葉一つで片付けるにはもったない。
――頭は、冷えていて心と体は温まってる感じだ……。
それが伝わって来たからこそ、ここからの霞草の活躍には期待できると悟った。だから天河は、迷わずシュートを撃った。
しかし、このシュートは撃つ直前で指先のタッチを誤ってしまい、天河はこのシュートを外してしまう。
リングの上でボールが、ガタンガタンとあちこちにぶつかりながら下に落ちてこようとする……! その様子を見て観客は、言うのだった。
「やっぱり光星は、外から撃つしかないか!?」
「そりゃそうだろ。相手は今年最も全国優勝できるんじゃないかと予想されてるあの扇野原だぞ? 扇野原のゾーンDFを簡単に突破できるわけないじゃないか!」
「もうずっと外一辺倒だな」
観客の言っている事は、間違っちゃいなかった。今の状態では到底、光星に扇野原の鉄壁のゾーンDFを突っ込む事は難しかった。それは、コート上に立つ5人が一番よく理解していた。順当に中で攻めるのは、かえって危険だと。しかし、だからと言って外一辺倒にするつもりは、全くなかった。彼らの中には、最初から3Pで戦うという選択肢は、この時はまだなかった。勿論、そうするのが最も点差を縮めるには効果的なのかもしれない。が、しかしそれよりも……霞草の闘志に燃えるその姿を、その活躍を彼らは見たがっていた。
「リバウンドぉぉぉぉぉぉぉ!」
ベンチで花車が叫ぶ。ボールは、彼の声が止んだ後に遅れてやって来た雷鳴のようにフロアへ落ちて行こうとする。その下には、天からの御雨を浴びるんだと言わんばかりに待ち構えるビッグマン達。狩生、鳥海と霞草、種花だ。
ボールは、霞草と種花の立つ方へ転がっていく。
――これなら、いける……!
それを悟った鳥海は、少しだけ微笑んで見せた。狩生は、彼の微笑みに少しだけ嫌な感情を湧かせたが、しかし当の霞草は、種花のうまいスクリーンアウトをなかなか振り切れない。
――くっそ……! やっぱりうまい。
――でも……!
霞草は、スピードだけでなく今度はパワーで力づくで種花の体に当たって、彼の立つ場所を奪い返そうとする。
「……コイツ!?」
霞草のそれまでになかったはずのとんでもないパワーに、驚く種花。しかし、それでもまだ種花の方が上だった。
リバウンドは、またしても取られてしまう。
「くっそ……!」
――もっとだ! もっと……もっと強く、腰をもっと落として……。
霞草は、リバウンド勝負に負けた後もすぐに切り替えて、今度はDFの配置についた。すると、彼が配置についてすぐに扇野原は、航がシュートを撃ってきた。
しかし、そのシュートも航のちょっとしたミスのせいで落としてしまう。……ボールが、リングに当たって再びリバウンド勝負となる。
霞草は、もう一度種花相手に
――もっと、もっと腰を落とさないと……。上体を浮かせたらダメだ。それじゃあ、体に力が入らない。相手の動きに合わせてそんな事しちゃいけないんだ。勿論高さも大事だけどそれよりも……。
――今は、コイツに勝つ事が大事だ!
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
霞草は、さっきよりも強く懸命に種花から
「……コイツ、さっきよりも……!?」
流石の種花もこれには若干、抵抗しなければまずいと思い、霞草のパワーに対して自分もパワーで対抗した。
…………そして、リバウンドのボールが彼らの手の届く所にまで落っこちてくると、途端に2人はジャンプして飛び掛かった。しかし、その時種花は感づいた。
――このまま、掴みに行こうとしたらまずいんじゃ……!?
今の自分の位置で掴みにかかろうとすれば、横から霞草に獲られてしまいそうだ。それを察知した種花は、リバウンドを獲りに行く事をやめて、宙に浮いたボールを自分の手でゴールに向かって弾いてそのまま入れてしまう。
扇野原の2点が、スコアに反映される。扇野原選手達は、種花がボールを空中で弾いて入れたのを見てすぐに切り替えてDFの用意を始める。
――くっそ……。まだか、まだ足りないのか……。もっと、もっとだ……!
霞草は、着地と共にすぐに
「ドンマイ。惜しかったぜ」
紅崎が、霞草の横を走り抜けて一言だけそう言う。その後に白詰から背中をポンッと叩かれて、ナイスファイトの声援を貰い、狩生にも目だけで良い感じだと言われる。
「よしっ! 一本だ!」
天河が、ドリブルをしながらそう言うと霞草はもう一度リバウンドを獲りに行く事だけを考えた。
――まだ、獲れる。俺の為にこんなに頑張ってくれてるんだ……。
霞草の脳内に仲間達の顔が思い浮かぶ。
――ここで獲れなきゃ、選手失格だ……。
霞草が、ゴールを睨む。すると、天河がすかさず3Pシュートを撃った。
「入れェェェェェ!」
ベンチから花車の声が聞こえてくる。だが、そんな彼の願いと裏腹に扇野原選手全員は、既に察知していた。
――これは、入らねぇ……!
「リバウンド!」
金華が、鳥海と種花のビッグマン2人にそう告げると彼らはすぐにゴールの周りに自分の立ち位置を確保し、そこで今まで通りにリバウンドを獲りに行こうとした。
……しかし、今回は今まで通りとはいかない。種花の様子が変だった。
「なっ……!?」
鳥海は、様子の可笑しい種花の方をチラッと見てみると、そこでは霞草が種花のどっしりと構えるそのエリアを本気で奪い返そうと、彼と互角以上にパワー勝負を展開していた。身体と体がぶつかり合う激しい地上戦が、2人の間で行われていた……。彼らは、肩と肩をぶつけ合いながら懸命に上に見えるリバウンドボールを見つめた。
――獲るんだ……。絶対に獲るんだ! ……もう一度、もう一度……もう一度、この野郎に一泡吹かせたらあああああああああああ!
「であああああありゃァァァァァァァァァァァァァァァ!」
霞草の本気の声。その気迫と勢いに押されそうになっていた種花が、とうとうそれまで安定して獲れていた
そして、ついにリバウンドボールがこちらへ降りかかって来る。運命の時は、刻一刻と彼らの手の中に近づいて来る……!
ジャンプした種花と霞草。2人の激闘は空中でも続く。肩と肩。足と足。腕と腕をぶつけ合いながらそれまで両者は一歩も引かずに手を伸ばし続けた。2人の伸びた手と手の間にボールが落ちてきそうになる……! だが、その瞬間にそれまで若干低かった霞草の手が、ここで一気にぐんっと伸びてボールを今すぐにでも掴みにかかろうとしていた。
――何で……何で、コイツ……。
種花にとっては、疑問でしかなかった。彼は、素顔をさらしながら必死にリバウンドを獲ろうとする霞草の姿を見て、思った。
――メガネを取ってからコイツの動きが、どんどん良く成ってやがる。……どうして、どうしてなんだ……!?
種花の疑問は、つきなかった。しかし、彼の疑問を他所にとうとう宙に浮かんでいただけのバスケットボールに1人の男の手が届く……!
「……!?」
種花は、その男の手とその先に見えた男の顔を見て驚く……。
――まさか、コイツが……!? この俺が、リバウンドで……!
リバウンドを手にしたその男の姿に、種花は驚くばかりだった……。
扇野原VS光星
第2Q残り4分12秒
得点
42VS27
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