第81話 俺達が何とかする……。

「速攻だ! 走れ!」


 扇野原選手達が、次々とDFをやめて走り出す。それに追いつこうと光星側も後から追いかけるように走るが、彼らの走力はやはり圧倒的。


 ――さすが、ほぼ毎年全国に出てる所は、こういう所もしっかりしてる……。足の速さ自体は、俺らとそこまで変わらないにしても走り出しがいつも早い。なんて切り替えの早さだ……。しかし




 天河は、前方に見えるドリブルをする金華の背番号を見つめる。そして、さっきまでよりも更にもう一段早く走り込んで、金華の事を抜き去った。


「……何!?」


 その突然のスピードに金華は驚き、彼は途端にドリブルしながら走る事をやめた。そんな彼に向かって天河は言う。


「……もう、慣れたぜ。テメェらの戻りのスピードにはな!」


 天河は、金華が止まったその一瞬の隙にDFの構えをとって、しっかりと彼の動きを止めにかかった。



「……ここから先は、行かせん!」


 天河の気合の籠ったDF。その熱量は、少し離れた所で走りながら見ていた霞草にも伝わって来た。



 ――葵……。



 霞草は、そんな頑張る彼の姿を見て走るのをやめなかった。





 だが、それで金華1人を止めれたとしてもそこは、流石王者。金華は、足を止めてすぐに味方を全く見ないノールックでパスをした。金華のパスが、ちょうど彼の真横にいた種花に渡る。


「……しまった!?」


 金華が、何も見ないでいきなりパスを仕掛けてくるものだから、例え天河がスピードなどで勝っていたとしても流石にこれは反応できなかった。


「ナイスパァス!」


 種花は、パスを受け取るや否や2歩のステップを踏んだ後にゴールに向かって高くジャンプし、片手で強烈なダンクをかまそうとする。



 ――まずい……! 今戻れてるのは、俺だけ! ここは、決められるわけには……!


 天河が、自分達のピンチを悟ってなんとか、種花のダンクを止めようと足を前に出そうとしたその瞬間、さっきまでドリブルをしていた金華が、天河の前に立ちはだかり、彼をDFに向かわせまいと、そして万が一外れた時のためにスクリーンアウトをしてくる。天河は、そんな金華の行動にまたしても苦しまされる。



 ――くっそ……。コイツ、いつもいつも大事な時に邪魔をしてくる。……戦っててこんなに頭に血が上る選手は初めてだ……クソ!



 そして、天河でももう間に合わない種花のダンクが決まろうとした……その瞬間だった!




「オラァァァ!」



 天河達の後ろから1人の男が、走り込んできて種花のダンクをジャンプしてブロックをしにかかる奴がいた。



「……!? 想太!」


 白詰だ。彼は、天河が金華の事を足止めしていた隙に追いついていて、そのまま種花のダンクを止めたのだった。


「なんだと……!?」


 種花の手からボールが離れていき、落下してくる。そのボールを天河は、ナント市でも掴みにかかった。




「よっしゃあ! 行くぜ!」


 天河は、金華よりも若干身長が高かったためにそれを利用して空中で先にボールを掴む。そして、ボールを掴んだ彼はそのままドリブルを始めて、逆に速攻を仕掛ける……!



「戻れお前ら! 一本取るぞ!」


 天河の掛け声を聞いて、今度はDFに向かおうとしていた仲間達が一斉にOFオフェンスをしに走り出す。


 今度は、光星が有利だった。真ん中でドリブルをする天河。左には紅崎。そして、ゴールに最も近い所で狩生が。更に一番端っこでは霞草が走っていた。天河は、ドリブルで一気にコートの半分まで攻め上がり、周りに散らばった仲間と敵の動きを見る。



 ――やはりか。扇野原は、あくまで中側インサイドを封じにかかってる。ここで、インサイドを完全に潰して自分達に流れを持ってこようって作戦だな……。



 天河の冷静な分析。扇野原は、あらかじめ戻っていた鳥海、航、百合の3人でゴールの周りに陣形を作ってゾーンを布いていた。



 バスケットで一番得点がしやすいシュートエリアは、ゴールの下。ここからが、最もシュートが決まりやすい。故に、どんな初心者も一番最初に習うシュートは、ゴールの下で撃つレイアップとゴール下シュートの2本だ。これが出来なければ、バスケットは語れないという程にこの2つのシュートは重要である。

 一見、簡単そうに見えるこの2つ。だが、試合中にもしもこの2本を落としてしまうようなミスを連発すれば、それこそ大惨事になりかねない。

 それは、速攻で攻めにかかる時こそ一番言える事なのだ。バスケの速攻は、通常DFの数が少なく、DFが陣形を布いたり、マンツーマンを始める前に攻め切る事が普通で、攻めている選手達の心理状況からすれば、こういう時により確実にゴールの近くからシュートを撃ってしっかり得点にしたいものである。だから、こういう時はほとんどの場合長距離からつまり、3Pシュートを狙うなんて事はしない。それが、普通だ。これは、プロでも同じなのだ。


 それを理解していたからこそ、扇野原はインサイドにDFを固めていた。特に今日は、外からシュートを撃つポジションの紅崎が全然入らず、逆に中にいる狩生の調子が今どんどん上がって行っている事もあって余計に彼らの意識は中側に集中していた。


 ――だが、扇野原は忘れていた。外から狙える選手が1事に……。






「……だが、甘いな」


 天河が、ドリブルをやめていきなり3Pシュートを撃ちだす。それにDFはほとんど反応できず、彼のシュートは真っ直ぐにゴールに向かっていき、そして……入った。



 天河の3Pシュート。これまで勢いの増していた狩生を止めるため、またはインサイドを中心に攻めるという手段をとっていたために徐々に忘れられていた光星の秘密兵器……。この得点により、光星は再び盛り返そうとしていた。



 シュートが入って、光星メンバーはDFをしに戻って行く。その中で、天河は3Pシュートを撃ったその時から固まっていた霞草の肩をポンッと叩いて、そのまま走り去った。


「……!」


 彼が肩を叩いてくれたおかげで霞草のボーっとしていた目は意識を取り戻す。そして霞草がDFをするために走り出すと、今度は彼の後ろから紅崎が走って来て霞草に声をかける。



「……霞草、ここは俺達に任せろ。お前は、とにかく今あの8番と勝負する事だけを考えろ。それ以外の事は俺達が引き受けるからお前は、思う存分やれ!」



 そして、紅崎はゼーハーゼーハー息をきらしながら霞草を抜いて走って行った。その姿に霞草は、ポカンと開いていた口を閉じ、少しだけ微笑むのだった……。





 ――俺達に任せろって……。アンタ、もうかなり疲れてへばってんじゃん。吐く息、煙草臭いし……。しかも、シュートも全然入らないし……。だいたい、ついこの前までグレてたくせに……。





 霞草の笑っていた口元が元の閉じた状態に戻る。



 ――けど、それでもそう言う事を言ってくれるのは助かるし、葵といい、お前といい、皆で頑張ってくれているのが凄く嬉しい……。思う存分、戦えか……。




 霞草は、走り出した……。そして、彼が走り出したタイミングで天河のパスが航に獲られそうになり、ボールがコートの外に出て行ってしまう。



「アウトオブバウンズ! 青ボール!」


 審判の笛と声。選手達が動きを止めていると、その後にタイマーを操作して審判の助けをしているT.Oの人達の方からブザーが鳴り出す。



「……光星高校! 少休憩タイムアウトです!」


 その声と共にコート上にいた選手達が、ベンチに戻って行く。光星メンバーもベンチに戻って、それぞれドリンクを飲んだり、座って休んだりを始めた。



「……良いタイミングだ。ありがとう花車」


 天河が、タイムアウトをとった花車にそう告げると、彼はコクっと頷いて天河に水筒を届ける。


 コートにいた選手達が、全員座り込むとそこから選手同士の話し合いがスタートする。……しかし、勿論顧問は何も言わない。本来なら、こういう時の作戦は顧問の方から指示が行くはずなのに、だ。





「……ふぅ」


 そんな天河達が、現状の事について話し合いを始めている中、1人ベンチの端っこに座る霞草が大きく深呼吸をしていた。




 ――中学の時は、あんな奴いなかった。間違いない。でも、それはきっとつまり高校に入ってから強くなったという事……。それなら、俺がすべきは……。




 霞草は、深呼吸を何度も行って自分の脳みそを極限まで落ち着かせ、体をクールダウンした。……しばらくして、彼は自分のメガネを取りだす。そのちょうど同じタイミングで横から天河がやって来て彼に告げた。


「霞草、今は話合う時だ。お前も、こっちに……」


 と、言いかけた所で霞草は立ち上がり、天河達にメガネを取った自分の姿を見せた。




「……あぁ、そうだな。悪い」


 その姿は、今までで一番凛々しく見えた……。光星メンバーは、彼のその姿に驚きと心の奥深くから湧いて来る高揚感を覚えた。まだ、終わっちゃいない。そんな思いを呼び覚ます時間でもあったのだ……。











       扇野原VS光星

      第2Q残り4分30秒

         得点

        40VS27

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