第80話 先を行った者
――中学時代。
東村中学が都大会に出る前の話。それは、大会の途中で戦ったある学校との試合での事だった。当時は、東京都のとある公立中学校の体育館の中で行われていたため、人は少なかった。しかし、観客席には試合に出ている選手をはじめとする親や親戚が来ており、彼らが温かい目で少年たちの試合を見守っていたのだった……。そんな親御さん達の中で試合が始まる前に囁かれていた人物それこそが、今日東村と対戦する学校の3年生。
当時の彼は、中学の3年間で急激にその身長を伸ばし、1年時には
実際、ポジション変更した時期こそ遅かったが、それでも種花にとって新しく貰った
「……ねぇねぇ。あの子、あの背の高い子。……種花さん家の息子さんですって」
「まぁ! あんなに立派になっちゃって! 素敵ねぇ~」
「彼がねぇ、凄いのよ~! 今までの試合、全部彼がりばうんど? をとってくれたおかげで勝てたって、先生も言う程なのよ」
「まぁ! 素敵ねぇ~。後、10年生まれるのが早かったら男としても見れたのに……」
「まぁ! 種花さんに聞かれたら怒られちゃうわよ! 家の息子になんて事を!って」
そんな感じで、試合前の会場は賑わいだしていた。……しかし、この日の相手は後に、東京都最強とも呼ばれるようになる東村中学。試合後、彼らは息を飲む事となる。
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「リバウンドぉぉぉぉぉぉぉ!」
種花のチームの監督が怒鳴る様に叫ぶ。試合は、もう後半。第3Qの終わりにさしかかっていた。この時には、既に東村が20点もリードしており、その圧倒的な実力差を見せつけていた。
「……コォラァァァァァ! 種花! どれだけその8番に獲られれば気が済むんだァ! スクリーンアウトはどうしたァァァァ! ちゃんとボール見てリバウンド獲ろうとしてんのか? あぁ!」
種花のチームの監督は、もうカンカンだった。それでも、種花自身も試合を諦めたわけじゃなかった。何度も飛びついて、何度も戦ったが、それでも勝てなかった。この時は、同じポジションの人間として東村8番のユニフォームを着た霞草にボロ負けだった……。
「……何、あの8番の子。息子さん、大ピンチじゃない!」
「……ちょっとちょっと! 見た目だけじゃないの! 全然凄くないわよ。貴方の言ってた子」
「……しー! もう少し静かに喋りなさいよ!」
観客席に座る奥様方もさっきまでの雰囲気と一転、衝撃を受けている様子だった。
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――結局、その後も種花は、リバウンドを獲れないまま試合は終わってしまう。点差はその後も開き続けて、種花やその仲間達は、37点差もつけられて負けた。試合後に、彼は東村の選手達が全員いなくなったその隙にまだベンチに残っていた東村の監督にこっそりと尋ねてみる事にした。
「……あっ、あのぉ……?」
「さっき試合に出ていた子だね。どうしたんだい?」
「……いえ、その……8番の彼…………彼は、名前を何というのですか?」
東村の監督は、ニコニコした笑顔で顎に伸びた白い髭を触りながら答えた。
「あぁ、霞草君か。彼は、うちの中でも特にリバウンドに特化した選手でね、私が3年間みっちりと鍛えた自慢の選手なんだ。彼と戦ってみてどうだったかね?」
種花は、思い出したくもないさっきの試合の光景を頭に思い浮かべて、唇を嚙みしめながらも敵だったチームの監督に口を開く。
「……凄く、強かった。まだまだ経験が足りないなと思った。だから、すぐに練習して、強くなって……それから…………」
「リベンジしたい?」
「……!? はい」
東村の監督は、にこやかに彼の心の奥底に眠るその悔しい思いを見抜いていたのだ。だからこそ、監督は表情を一切変えずにまだ若い中学生の種花に告げるのだった。
「……なら、君はバスケだけでなく普段の生活や勉強も頑張ってみなさい」
「え……?」
「……何を言っているんだと思っただろう? でも、これが一番大事なんだ。霞草君はね、親が医者をやっていて、だから将来自分も医者になるんだと言っているんだ。高校も頭の良い近所の進学校である光星高校に入学する事を既に決めていてね。毎日、勉強を。そして、それと両立するために大好きなバスケも続けているんだ。だから、君もバスケだけじゃなくてもっと色々な事に挑戦してみて、それで勉強やバスケと好きな事を両立してみようという努力をしてみなさい。それができるようになったら君は、きっと彼と互角の実力を発揮できるようになれるかもしれないな……」
まだ、幼かった種花にこのアドバイスはあまりにも難しすぎた。しかし、それでも彼の頭の中には、この言葉がいつまでも残り続けた。……それは、後に彼が超強豪校の扇野原学院大学付属高校に入学した後も、だ。
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――現在。試合は、再び光星の攻撃。しかし、やはり扇野原のリバウンド作戦にハマり、シュートが入らない。そして、またリングの先からボールが転がり落ちてくる。
――くそっ! リバウンド! リバウンドが獲れない。全く、獲れない!
霞草は、そう思っていた。試合中、どれだけ手を伸ばしてもその手がボールに届く事はない。いつも直前で種花に獲られてしまう。彼の手が伸びて来て、霞草の手を退けるようにボールを掴んで我が物にされてしまうのだ。
今回のリバウンド勝負も、やはり霞草の負けだった。彼は、またしても種花にリバウンドボールを横取りされ、フラストレーションを心に溜めていた。
「ちくしょう……」
疲れた声で、そう言いながらフロアに着地して扇野原のカウンター攻撃を止めようと走り出す。……だが、それでもやはり彼らのスピードに間に合わない。
――ちくしょう……。俺が、もっとリバウンドを獲れていれば……。誰なんだ、コイツは、こんな奴は中学時代にはいなかった……。こんなに強い奴は覚えているはずなのに……。一体誰なんだ? この8番は……。
霞草は、メガネの下の目に溜まった汗を手で拭き取る。
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そんな様子を後ろから見ていた種花は、今の霞草の姿を見て思っていた。
――霞草、お前は確かに強かった。あの時のお前は、何もかも輝いて見えた。そして、それは監督から話を聞いた時に意味は分からないが、それでも心の何処かで納得は出来た。……その時から、俺の目標はお前だったんだ。中学時代のあの輝いていた頃のお前……それこそが、俺の目標だった。しかし、今はもう違う。……霞草。お前が、医者を目指してバスケを一度やめた……。だからこそ!
種花は、走る霞草の隣にやって来て彼に聞こえる位の声の大きさで囁く。
「……俺も医者を目指す事にしたんだ」
その言葉に、霞草はハッと驚いた顔になる。しかし、彼が驚いている間に種花は霞草の事を追い越して、何処までも何処までも速く速く走り去ってしまう。
まるで置いてけぼりにされてしまった霞草は、1人扇野原の選手達によって自分達のゴールが攻められていく様を見る事しかできなかった……。
扇野原VS光星
第2Q残り4分44秒
得点
40VS24
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