第79話 リバウンド勝負
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「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ! 扇野原がすぐに点を決めて来たぁぁぁ!」
観客は、再び扇野原のプレイに熱狂する。しかし、観客席に座る客達とは真逆にコート上の彼らは、至って冷静だった。その証拠に彼らの呼吸は安定しており、表情も程よい疲れとぱっちり開いた目をしていた。……スポーツ選手としてこのコンディションは、最高と言っていいだろう。
程よい疲れを感じているという事は、慢心しきっているわけでもなく、またある程度体も温まっているというわけだ。そして、それに対して目がぱっちり開いているという事は、すなわち頭はクレバー。冴え切っている証拠だ。こんな時、選手の調子は上がっていくものだ。
「……光星の反撃だ!」
扇野原サイドに座る観客席の1人が、そう告げる。――だが、その攻撃の時間はまたすぐに終わってしまう。
「……また、ゾーンDFか!」
ボールを持っている天河が、そう告げる。この勢いにのって狩生へパスを1つでも回したいというこの時に、彼へパスが回せない。……いや、正確には回せはするのだ。するのだが……。
――ゾーンは、
天河は、やはりさっきと同様、外にパスを出す。――ボールを貰ったのは、やはり紅崎だった。
「おおおおおぉぉぉぉ! 兄貴ィィ!」
「やっちまってください! 兄貴!」
会場(の一部)が、ざわつく。紅崎の子分ともいえる彼の不良仲間達が、紅崎の活躍を期待しているのだ。そんなボールを貰っただけで騒ぎまくる彼らに紅崎は小さく溜息をつく。
――うっ、うるさい……。
紅崎の頬が赤くなっていくと、今度は不良達のいる所と反対側で別の囁きが聞こえてくる。
「……なんか、あの15番。ボールを持つだけですっげー向こうの席が盛り上がるよな」
「注目選手なのかな?」
「でも、背番号15だぜ? ただの控えだろ?」
扇野原サイドに座る観客にまでとうとう目をつけられてしまった紅崎の心境は、もうゴチャゴチャだった。
――やっ、やめてくれ……。
そんな事を思いながらも彼は、必死に試合へ意識を切り替えようとする。……観客席の仲間達が座っている所の真ん中にいる1人の少女を見る。
――向日葵……。
彼女の真剣な顔を見ると、自然と乱れていた彼の心はどんどん良くなっていく……。紅崎は、瞬きで目を閉じたのと同時に深呼吸を始める。そして、息を強く吐き出したタイミングで目を開け、ゴールを睨みつける。――すかさず、3Pシュートを放とうとした。
「……させん!」
その時、少し離れた所にいたDFの百合が紅崎に近づいて来て、彼のシュートを止めにかかろうとさっきと同じように掌で紅崎の顔を覆うようにしてDFをしてくる。
――これで、またシュートの精度を下げれる……!
百合が、そう慢心しきった所で紅崎は笑った。
「ば~か。どうせ、そうしてくると思ったんだよ」
瞬間、手だけを伸ばしてシュートの妨害をしてくる百合のDFをボールを上に上げただけでシュートの構えを取っている紅崎がドリブルで抜き去る。
「……何!?」
百合にほんの一瞬だけできたその隙に紅崎は、素早く対応。その余りに速い攻撃に百合の反応は一手遅れる。……しかし、その隙に紅崎はバスケットゴールのある
すると、当然インサイドを重点に守っている扇野原のDF陣が紅崎の方へ向く。真ん中に立つ鳥海。そして、近くにいた航が紅崎へ集まりだす。だが、彼らが完全に紅崎の元に集まりきるよりも先に紅崎は、ドリブルをやめてボールをパスする。
彼のパスコースは、インサイド。そして、それをキャッチしたのは狩生に続く光星インサイドの要。霞草だ。……彼は、紅崎から受けたパスをそのまま一瞬だけキャッチすると、それを流れるような手さばきですぐさま別の選手に向かってボールをパスした。
DFについていた種花は、それを見て思った。
――タップパス!? コイツ、パスの中継役になって本来、バスケットでは再現が難しくて不可能な横のパスをこなしてやがる……! しかも、さっきまで完全に攻めに行こうとしていたのに……なんて、視野の広さ!?
霞草の場合は、ポジションが
そして、霞草のやったそのパスは、外側で待ち構えていた天河に渡る。天河は、ボールを持つとすぐにシュートモーションに入り、そのままジャンプを始めた。
「……いけぇ! 天河!」
ベンチから花車の応援が聞こえる。彼のその言葉に乗せて天河は、3Pを撃とうとした。その時だった……!
――何!?
突如、天河の手から放たれたボールに指先だけ触れて来た者がいた。彼のその指は、思いっきり天河の放ったボールの軌道を少しだけ変え、リングに若干届かない軌道に変えられてしまう。
ガシャン! とボールはリングの先で音を立て、天河の放ったシュートは入らずに終わってしまう。
「……くっ! 金華。良いところで!」
天河が、舌打ちをしながら金華の事を悔しそうに睨みつけると、とうの本人はいやらしい笑みを浮かべて微笑むのだった。……しかし、過ぎた事はもう戻ってこない。今度は、シュートの落ちたボールをリバウンドで獲りに行く番だ。
ゴール下には、先程パスを出した霞草そして彼と同じポジションの種花。それから狩生と鳥海の4人が構えていた。
だが、今回のリバウンドも狩生、鳥海よりも霞草、種花のいる方面が有利な状況だった。ボールが、リングとボードの両方をガタガタ言わせながら踊る様にゴールから離れて行き、サバンナの川で獲物を待ち構えるワニの如く宙に浮かぶボールを見ていた選手達の方へ落ちて行く。
そして、最も取りやすく高い位置にまでボールが落ちて来たこのタイミングでビッグマン達は、飛び上がる。飛び上がって一匹のウサギを取り合うようにボールを掴みにかかる……! わちゃわちゃと人が複雑に込み合うこの空間で彼らは、ただ一心にボールを求めた。……お互いに流れる汗が飛び散ってかかる。汗の目つぶしを受けながらも手だけは下げない。
そして、とうとうたった一つのバスケットボールを掴んだ選手が現れた。……それは、やはり扇野原8番。種花だった。彼は、ボールを片手で鷲掴むようにキャッチすると、そのままもう一つの手に向かって叩きつけるように両手でキャッチ。そして、地面へ着地する。
――くっそ……! やはり、うまい。
霞草は、そんな種花のリバウンド力を前にここまで未だに1つもボールを獲れていない状況が続いていた。……それは、決して彼自身がリバウンドが下手くそな選手であるという意味ではない。むしろ、リバウンドを獲る事自体はかなり得意な方だ。しかしこの試合、彼はまだ1つも獲れていない。
――今はもう負ける気がしないとも言ってたよな。なんかリバウンドは全て俺が獲るって。まぁ、実際先輩強いし。
脳内にトイレの中で扇野原選手達が話していた内容が霞草の中に浮かんでくる。彼は、今のこの事実に着地をしてすぐに舌打ちをするしかできなかった。
しかし、霞草がフロアに着地した時には既に種花が、
それは、狩生の頑張りで縮める事のできた点差が再び開きだした決定的瞬間でもあった。霞草は、スコアボードを見てもう一度舌打ちをする。
――くそぉ……。負けたくないのに……。
しかし、試合の時間だけは残酷に進んで行く……。
扇野原VS光星
第2Q残り4分47秒
得点
40VS24
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