第78話 王者の立て直し

「うおおおぉぉぉぉぉぉ! 光星の連続得点だ! 一気に点差を4点も縮めたぞ!」


 観客の声。天河がスティールしたボールが、白詰へそしてそこから霞草、紅崎の順番でパスがいき、見事に紅崎のレイアップで2本目のシュートを決める事に成功する。これで、点差は11。今、光星の勢いは最初の頃の天河1人で奮闘していた頃に戻ろうとしていた。


 それもこの流れを作ったのは、チーム1の身長を誇るCセンター狩生の功績がでかい。彼が自分よりもデカくてパワーもテクニックも持っている強大な敵に対して奮闘し出したからこそ生み出せたものだった。



 そして、この影響はまだ続く──。





「リバウンドォォォォォォ!」


 ベンチに座っている花車が声を荒げる。それに呼応するようにコート上のビッグマン達は空中に浮かぶボールへ手を伸ばして我が物にせんと求め合う。


 この状況、有利なのは鳥海だ。なぜならそれはシンプルな答え。鳥海の飛んだ位置が最も今回のリバウンドボールを拾える位置だからだ。



「今度こそ!」


 彼は気合を入れ直した様子でそのボールに飛びつき、手を伸ばす。当然、ボールは彼の伸びた手の先に落ちてきそうになる。順調にいけば、だ。


 だが、突如そこに別の誰かの手が加わりだし、リバウンドボールが無理やりその男の手に渡ってしまう。


「ナイスリバウンド! 狩生!」


 彼の右手が浮かぶボールを鷲掴み、そしてそれを両の手でガッシリとキャッチされる。──この瞬間に攻守は交代。DFリバウンドももぎ取った狩生は、着地と共に彼の近くまで駆けつけてきていた天河にパスをだした。


「行くぞ! 速攻!」


 天河の掛け声した後、既に走り出していた白詰へ素早く長距離パスロングパスが飛び、扇野原選手達がやってくるよりも先に光星の3本目のシュートが決まる……!


 とうとう点差は、6点も縮まったのだ。それまでの硬直がまるで嘘のように光星が完全に復活を果たそうとしている。その怒涛の連続攻撃に、流石の絶対王者扇野原も動かざるを得ない。


 とうとう、それまでベンチでかったるそうに試合を見ていた扇野原の監督が立ち上がり、T.O.タイムアウトを取りに行こうとする。何としてでも、今の流れを断ち切らねば……そう思って「タイムアウトお願いします」と彼が言いかけた所で、ふと監督の耳にキャプテン金華の声が聞こえてくる。


「……焦らないで。相手は、狩生が頑張り出したから息を吹き返そうとしているだけだ。大丈夫。すぐにボロが出るさ。それまでゆっくり気長に、一本取っていこう。リードしているのは、うちだからね」


 彼の落ち着いた優しさも感じるその声に他の4人の選手達――特に鳥海は、コクコクと頷いて、再びその目に冷静さと情熱を取り戻すのだった。



 この一連の光景を遠くから見ていた監督は、とりかけたT.O.タイムアウトをやめる。そして、もう一度ベンチにかったるそうに座って選手達を見ている事にした。





「……さぁ、一本取ろう!」



 金華の声。今度は、冷静さの中に確固たる決意と攻め気を感じる掛け声だ。彼が、コートの半分までやって来ると、DFの天河はそれまでと少し違う何かを金華から感じる。


 それまで第2Qは、鳥海の所にしかパスを出していなかった金華だったが、今ここに来て金華の様子が変化している。



 ――何かを計算しているような……考えているような、そんな顔だ。コイツ、一体今度は何を……。





 天河は、金華のマークに集中する。彼が、次にどう動くのか。どうしてくるのか……それを彼は目で見て頭の中で探りながら、考えていた。








 そして、10秒ほど経った頃、とうとう動き出した。それまで人差し指を一本立てていた金華の手が、ぎゅぅっと拳の形に変化すると、その途端に金華以外の選手達が動き出す。ゴール下に立っていた種花が紅崎の真後ろに立ち、DFの足止めスクリーンプレイを展開。紅崎がマークしていたSGシューティングガード百合ももいが、種花の立っている方向に走り出し、コート上をグルっと半周走り回る。そして、百合が3Pライン外側にそろそろ来るそのタイミングで金華は、鋭いパスを裁いた。――見事、そのパスをキャッチした彼は、そのままシュートの態勢に入り、膝をぐっと曲げて腰をおろし、ボールを高く頭上に構えてリングを真剣に見つめる。





「……させっかよ!」


 種花のDFの足止めスクリーンを何とかかわす事に成功した彼が、百合の所へまで駆けつけて、シュートを止めようとする。しかし、当然間に合わず、百合に3Pシュートを撃たれてしまう。……この時、百合のシュートを見ていた紅崎は、鮮明にシュートを放ったその手の事を覚えていた。





 ――左手サウスポー……コイツ、俺と同じ。







 百合のシュートは、そのままリングに掠る事もなく綺麗にネットを潜り抜ける。扇野原の3点が入り、スコアボードも動いた。会場も百合のシュートで大盛り上がりをみせる。しかし、そんな中で1人だけ既に次の攻撃を開始する者がいた。――それが、天河だ。




 ――金華が、何かを始めるよりも先に俺が、点を……! 




 そう思っていた天河が、全速力で反対側のコートへ走って行く。しかし、やはり流石王者。こういう時のDFは何処よりもしっかりしていた。天河が、速攻を仕掛けてくる事は、読めていたのだ。扇野原の5人は、早速光星の攻撃を止めようとしっかりDFの布陣を敷いていた。


「……くっ!」


 彼は、扇野原選手達に聞こえるくらい大きな舌打ちをして、走るのを止める。そして、彼が止まったこのタイミングで扇野原選手達の顔つきが変化する。



「……何!?」


 このタイミングで光星側で走っていたのは、天河と狩生、そして白詰の3人だけ。紅崎と霞草は、まだここまで来れていない。



 ──こちらの陣形が整う前に仕掛けて来た……!


 天河は、今目の前に見える扇野原のDFを見て更に舌打ちをする。



「……ゾーンDFだ! しかも2-3の布陣! 扇野原は、今1番波に乗っている狩生を、ここで完全に潰しにかかるつもりだ!」


 観客の1人が、そう叫ぶ。





 ──ゾーンDFとは、バスケのDFの種類の一つで、DFの箇所をインサイドに絞って守る事だ。また、ここでいう2-3の布陣というのは、前に2人。後ろに3人がコート上に並んでいる事を指す。


 今回の場合は特に、インサイドで今、1番阻止すべき狩生のプレイを止めるために扇野原選手達、この場合はコート上で選手達に指示を送っている司令塔の金華が即興で作り上げたものだった。




 ──恐るべし判断力とゲームメイク力。なんて奴なんだ!




 天河は、このDFを見てそう思った。すると、そんな時に後ろから2人の選手が駆けつけてくるのを彼は見た。──紅崎と霞草だ。


 天河は、笑った。そして言う。



「……甘いな。うちは中だけじゃない! 外から撃てる奴がいるんだぜ!」


 天河のパスが紅崎へ渡る。彼はすかさず、シュートを撃とうとする。その直前、観客席から仲間達の応援が聞こえて来たが、気が散るので聞かないようにした。


 そして、紅崎がジャンプをしたその時、少し離れたところから、彼と同じポジションの百合がやって来る。百合は、シュートを撃とうとする紅崎の顔に手だけを広げてシュートを妨害してくる。紅崎の視界が百合の手で塞がれる。


 ──しまった!? これじゃあリングを狙えない!



 紅崎は、シュート撃つがそれは見事に外してしまう。ガコンッと音を立ててリングに衝突したボールがフロアに落ちて来そうになる。



「……リバウンドォォォォォォ!」


 両校のベンチから声がする。────だがしかし、このリバウンドを掴み取ったのは、残念ながら光星ではなかった。──その時、ゴールから離れた場所にいた金華が天河に告げる。


「……外は捨てたわけじゃない。ただまだ攻め時ではないと踏んだのさ。……僕らは、まだ中で攻撃するつもりだよ。それも……より確実な方法リバウンドでね!」




 その時、リバウンドを掴んだのは、コート上でリバウンドにおいてこれまで無類の強さを発揮していた扇野原のPFパワーフォワード、種花だった。










       扇野原VS光星

      第2Q残り5分30秒

         得点

        36VS24

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