第77話 ありがたき声
――試合前日。部活の練習が終わった直後の事。
「……今日はここまで! 解散!」
「「おつかれさんしたー!」」
天河のキャプテンらしい掛け声と部員達のやりとりを終え、彼らは体育館の真ん中から散り散りに帰りの支度を始めて、更衣室へと戻って行こうとする。そんな下級生達の移動していく中、天河は部員達の後姿を見ながら声をかけた。
「……紅崎と狩生、霞草に白詰。ちょっと残ってくれ」
「……?」
天河が、そう言ったのを後ろで見ながら呼ばれなかった唯一の3年生こと花車が
彼の心境を察したような意味深な表情を浮かべて、体育館から去って行く。そして、呼ばれた4人の3年生が、天河のいる元へ一か所に集まっていった。彼らは、他の部員達が完全にいなくなるのを静かに待って、それから話を始めるのだった……。
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最初の頃のようなすっかり静かになった体育館の中で天河が4人の連れ戻した仲間達を見渡してそれぞれに語り掛けるように言った。
「……明日の試合、俺達は……おそらくだが、勝てないだろう」
「……!?」
「なんだって……!」
部員達は当然驚いたが、しかし天河の言っている事に対して講義をしに行く者は誰一人存在しなかった。――彼は続けた。
「……おそらく、明日の観客は皆、扇野原を見に来る。分かるか? 会場のほとんど全てが扇野原ファンだ。しかも、単純に実力も違い過ぎるし、何より俺達の周りで俺達の勝利を期待している人間はほとんどいない。小田牧先生だって期待しちゃくれてないわけだしな。……今日だって練習に来なかったから。だから、おそらく俺達は明日の試合に勝てないかもしれない……けど、だから…………」
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――現在。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 光星がとうとう点を取った! 鳥海のリバウンドと白詰のダンクで勢いが戻って来たぞ!」
扇野原サイドに座る観客席では、そんな風に言う人も現れだしていた。少しずつだが、光星の方にも確かに勢いが出だしたのである。そして、コート上を駆け回る彼らは、早速扇野原選手達よりも早く、バックコートに戻って行った。
「……よしっ! DF一本止めるぞ!」
「「おぉ!」」
天河の気合に満ちた声と4人の仲間達の力強い声。2つがかけ合わさって、コートの中では今、これからビシビシと追い上げムードが漂いだしている……。
――いける……。まだ、俺達は戦える!
チームメンバーは、さっきよりも少しだけ強くそれを確信するようになった。……と、そんな時だった。一本のパスが、扇野原の選手間で行われた。
「……鳥海だ!」
「今日、今一番目立ってるぞ! アイツ!」
金華から鳥海へと一本の真っ直ぐなパスが通った。しかも、他の扇野原メンバーが鳥海のためにと、ゴール下にDFをいかせようとせず、鳥海と狩生。彼らだけの1ON1をさせようと目論んでいたのだった。
――クッソ。狩生の所へ
――頼んだぜ……。狩生!
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――さっきは、やられたけど……次は!
ボールを持った鳥海がゴールを見つめ、それから下に立つ狩生の事を睨む。彼は、それから全神経を体の先々にまで研ぎ澄ませ、攻めの姿勢を見せていく……。
――来るか……!?
狩生は、感じていた。鳥海が攻撃してくる事を。自分に向かってやって来ると……。
それを自覚した時、狩生の体がまた若干震えだす。……やはり怖いのだ。やっと、リバウンドをとれた。やっと自分の実力を発揮できた。……でも、それでもまだ怖い。今までは、自分が攻めに行く方だったから良かったのかもしれない。けど、今やっと自分が攻められる立場に立って、ここに来て彼の震えは止まらなくなった。
――凄い。まだ、何も動いていないのに……なんて気迫と凄み。
言葉にできない怖さ。恐ろしさ……。その全てが彼の中に渦巻く。しかし、そんな時に彼の震える背中を押してくれたのは、やはり
――な~にを、怖がっておる。大丈夫じゃ。お前さんだって負けとらんわい。……もっと、どっしり構えろ。腰を落として、相手にも負けないくらいの闘志を見せるんじゃ! ゴール下に一番必要なもの。それは、お前さんの身に着けたようなテクニックでも、相手の持つような凄いパワーでもないんじゃ。……気持ちじゃ。闘志じゃよ。お前は、歩兵じゃ。闘志を相手にぶつけるつもりで、どっしり構えておれ!
「……!」
その時、一瞬の瞬きの後に狩生の瞳が大きく開かれる。そして、彼の体がみるみる縮んでいき、とうとう自分の足腰が限界を迎えるその一歩手前位にまで狩生の腰は落ちていった。
「……なっ!?」
それに気づいた鳥海は、それまで簡単に押し込む事のできた狩生相手にビクともしなくなり、驚きを隠せない様子でいた。鳥海は、ドリブルをはじめてパワー勝負に持ち込むが、それでもやはり狩生のをゴールの下へまで圧し込めない……。いや、それどころかむしろ、自分が今度は逆に押されているような感覚さえ覚えた。
――コイツ……なんて強さ!
鳥海は、そう思った。だが……。
――けど、甘いですね。私が、パワーだけの男じゃないってさっき言ったでしょ!
刹那、鳥海は急にパワーで勝負をする事をやめる。そして、一気にゴールの外側にまでドリブルで逃げていき、3Pラインの外側に出て行く。彼は、一瞬だけ反応に送れて、ハッと口を開けた状態でいる狩生の姿をちらりと見ながら微笑む。
――言ったでしょ? 私達は、何処からでもシュートできる。私の異名は、コート上の破壊神だとね!
鳥海が、3Pライン外側からゴールを見つめて狙いを定めてシュートモーションに入る。今までよりも一段下にボールを構えて、そこから放たれるシューターのような正確なシュートが炸裂しようとしていた。……狩生は、まだ追いついていない。扇野原選手達が、彼の勝ちを確信したその時だった……!
「……ありがたいぜ。お前の方からこっちに来てくれたんだからな」
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――パチィィィィィンン! と、音がして鳥海の持っていたボールが、突如として現れた謎の手にとられてしまう。
「何……!?」
その手の持ち主は、今このコート上で光星選手の中でも最も身長の低い天河だった。彼は、鳥海が3Pを撃とうとするその直前の極限までボールを下げて持つその一瞬の隙をついて、そのタイミングで自分の手を伸ばして、鳥海からボールを
「……なっ!?」
――そんな! 私が……!?
鳥海は、びっくりした顔を浮かべた。しかし、その隙に彼の手から離れたボールを天河のいる位置と反対側から駆け付けていた白詰が、キャッチする。
「……取った! よし、速攻!」
白詰は、ボールを持つや否やドリブルを開始し、扇野原選手達が動き出すよりも前に反対側のゴールに向かって走り出した。それについていくかのように、紅崎と霞草も白詰の事を後から追いかけていく。
鳥海は、ボールを獲られた時に理解した。自分は、既に狩生とのパワー勝負で勝てなかった時点で負けていたのだと。彼は、それがたまらく悔しくって、しょうがなかった。
対して狩生も理解していた。自分が勝ったと。彼は、自分達のベンチの先に見える太刀座侯に向かってガッツポーズをかます。……すると、それを見ていた爺さんこと太刀座侯もガッツポーズを返し、そして彼に向かって言うのだった。
――ナイスファイトじゃ!
狩生は、それを聞いて少しだけ今の現状に笑っているような笑みを浮かべて白詰達の元へと走って行くのだった。
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そんな彼が笑った姿を見て、扇野原ベンチに座るマネージャーの新花は、狩生がのびのびとプレイするのを何処か嬉しそうに見て1人心の中で思う。
――利君、動きが良くなった。さっきまでと全然違う。なんだか、ベンチにいる控えの選手に向かってガッツポーズをしていたけど、誰かに励まされたのかなぁ……。でも、なんだか今の笑っている利君は、
扇野原VS光星
第2Q残り6分50秒
得点
33VS20
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