第76話 ユウカリは、咲き出す

「とったああああああああ!」


 試合は、狩生がリバウンドボールを鳥海から奪い取った事で一気に加速する……。



 着地した狩生は、ボールを上に上げた状態でシュートのモーションをとり、点を取りに行こうとする……!




「しまった! とめろ!」


 それを遠くから見ていた扇野原4番、PGポイントガードの金華が声を荒げてゴール下のDFを指示する。……しかし、残念ながら種花は狩生から若干離れた所に立っており、鳥海も着地したてであったため、誰も狩生のシュートのブロックに間に合いそうにない。





 ――まずい……! ここで流れを完全に自分達の方へ持ってかないとならない時に……!?



 金華が、この試合中始めて沢山の汗粒の中でたった一粒だけ全く違う緊張から出る汗を垂らす。その汗が背中を真っ直ぐ伝っていき、下半身へ落ちて行ったその時には、もう狩生はボールを放つだけの状態になっていた。







 ――ダメだ! これじゃあ……。




 しかし、金華がそう思ったその瞬間だった……。狩生の前方に突如として1人の男が立ちはだかる。





「……うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




 その男は、巨大な身長と大きな肩幅。そして、しなやかでゴツゴツした筋肉を持っていた。狩生とは、あまりにも体格差があり過ぎる……。







「鳥海!」



 金華と同じくゴール下の狩生達から最も離れた場所に立っている航が、鳥海の凄まじい反射速度による超速のジャンプに拳を作ってガッツポーズを決めている中、コート上では更に意外な事が起こる……。




「……!」



 ――狩生の放とうとしていたシュートは、この調子で行けば完全に鳥海の迫力と後から伸びて来た長い手の指の先が触れる事で外される。これは、明白だった。またしても、攻撃が失敗する……と、狩生のいる場所から見て遠くに散らばっている3の選手達は思っていた。



「……」


 だが、狩生は違っていた。彼は、鳥海の指先でブロックされそうになっていたそのシュートの伸びかかっていた手の位置をより後ろに……更に後ろに……もっともっと後ろに……と、後ろ跳びシュートフェイダーウェイとはいかずとも、それに近い位に手を後ろへ後ろへ伸ばしていき、完全に手が伸びきった所で、シュートを撃とうとしたその勢いのまま、自分の手からボールを放り投げていく。




「……なんだと!?」


 鳥海は、彼の放った超後ろに反ったシュートに驚いた。そして、それと同時に狩生が、今この瞬間に何をしようとしているのか、彼の脳内には答えが出ていなかった。




 ――こんなにDFを警戒して仰け反った姿勢で撃つシュートじゃあ結局、貴方の負けですよ。まさか、このシュートは布石で次のリバウンドこそが勝負だと思っているのかしら……。もしそうなんだとしたら、それは甘すぎる。さっきのパスフェイクといい……貴方のするテクニックプレイは、本当に最悪です……。






 しかし、そこまで考えきった所で鳥海の脳内では、既に試合の振り返りが行われていた。






 ――この試合は、もう終わり。次のリバウンドは種花が取って、もう一本シュートで点差を離す。更に、その後も17点差である事を活かしてゆっくりゆっくり慎重にインサイド中心で攻めていきながら、戦えば終わり。……ホント、短い間だったけどまぁ、それなりに楽しめましたねぇ~。試合の最初なんていきなりアリウープでびっくりしましたよ……。



 と、そこまで考え終えた所で鳥海は狩生の手から完全にボールが放たれる姿を見て突如、自分の背中にぞわっと鳥肌が沸き立つ感覚を覚える。それは、偶発的に起こったものではない事を鳥海は、瞬時に理解する。……宙に浮かぶボールを眺めながら彼の脳内に1つの疑問が生まれる。






 ――もし、このシュートが次のリバウンドに備えるためのシュートじゃなかったとしたら……。端的に言うなら、もし狩生がまだ、この攻撃を諦めていなかったんだとしたら、このシュートはなんだというのだろうか……。







 宙を舞うボールは、とうとう落ちて行く鳥海の体の後ろにまで来ていた。そして、当然のようにボールは、距離が足りていないため、リングの先にぶつかろうとバスケットゴールに刻一刻と近づいて行く……。



 誰しもが外れると思っている中、鳥海だけはこの疑問から抜け出せない。……すると、そんな彼の疑問に答えるかのように鳥海のまだ浮いている体の後ろに突如、人の気配を感じる。……しかも、それは今さっきジャンプを始めたような、どんどん上へ

上へ……と這い上がっていく人の気配だ。




「……これは、まさか!」



 鳥海は、ここでやっと狩生の放った仰け反りシュートの意味を理解する。……しかし、その頃にはコート上の他の選手達も気づきだしていた頃であり、それ自体が既に遅かった事を鳥海地震の心の中に深く刻み込む……!




「……まずい! 種b……!」


 と、そこで扇野原もう1人のビッグマンこと種花の名前を呼んで、ヘルプDFに来て貰おうと頼もうとするが、とうの彼もまさか、こんな風になるとは予想できておらず、立ったままで何も動いていない。




 ――くっそ……! 完全に忘れていました。まさか、ここでその攻撃が来るとは……!?




「……白詰のアリウープだとォォ!?」


 ――いや、普通にあり得ない。あの状況でDFの僕を警戒してシュートからパスに切り替えるなんて、しかも……こんなプレイは最初から白詰が走って来ると予想できていなきゃ完成しない。なんて、連携。それに……狩生利行、なんてテクニックを持っているの!?



 鳥海の心が驚きに包まれると、彼のちょうど真後ろでは白詰が宙に浮かぶボールを片手で掴んで、リングの真ん中に叩きつけようとしていた頃だった!


 その姿にコート上、そして会場の全ての客達が、口をあんぐりと開いたまま見入った。









「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 白詰は、掴んだそのボールを全身全霊の魂を込めた力強い勢いでリングの真ん中に叩きつけた。


「らあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 ――ガシャアアアアンン! とダンクの炸裂する音が聞こえてくる。それと共にこの第2Q中。ほとんど凍結気味だった光星のスコアボードの氷がいよいよ溶け出す……。甲高いブザーの音と共に光星に確かな2点が刻み込まれた!



「……うわっ! マジかよ!」


「あそこでアリウープとか……」


「やっぱ、すげぇぞ! 青7番」



 扇野原サイドに座っていた観客達もこれには、流石に驚きを隠せない様子で白詰のダンクに注目していた。そんな熱気に包まれる会場の中で、ぽつんと1人。白詰の後姿を見て別の何かを燃やす者がいた。


「……想太」


 航だ。彼は、白詰の後姿の背番号が大きく書かれた背中を嬉しそうに、しかし何処か睨んでいるような鋭い目で見つめ続けた。








 ――この一連のプレイは、確かに走って来ていた白詰が凄いと、誰しもが思うだろう。現に試合に出ている5人も会場のほとんどの客達も皆が白詰想太という男に注目を集めている。


 だが、実際に本当に凄かったのは違う。それを理解していた観客がたった1人。いや、扇野原ベンチに座る美少女も合わせれば2人存在した。



 観客席に座るメガネをかけたマッシュルームヘアの男は、顎に手をやりながら感心しているように喋り出した。


「……良いリバウンドだった。そして、あの土壇場での切り替えの速さ。もし、もう後0コンマ数秒でもパスに切り替えるスピードが遅ければ、狩生はあそこでまた負けていた……」



 そして、まるで彼のこの言葉に続くように彼のいる所とは全く違う場所――扇野原ベンチに座っていたマネージャーの美少女こと、狩生の幼馴染。新花が、隣に座る監督に向かって喋り出す。


「……あれは、まさに小学校の頃からお爺ちゃんの下でとにかく沢山の技を練習して、中学校でその覚えた技をブラシュアップしてきた利く……狩生君の実力ですね」



「ふむ……なるほど」


 扇野原監督もマネージャー新花のその言葉に、素直に納得した様子だった。













 光星VS扇野原。試合は、狩生のナイスなプレイと白詰のナイスランによって再び光星が巻き返していこうとしていた……。第2Qもまだまだ始まったばかり、ここから13点という点差を縮める事ができるのか……どうなる光星……!?











       扇野原VS光星

      第2Q残り7分00秒

         得点

        33VS20

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