第75話 戦う意志

「でたぁぁぁぁ! ダブルチーム!」


 観客の声。それと共に天河の前から種花と金華の2人がDFに駆けつける。一気に天河へ距離をつめてきて、彼の行く末を阻む。


 その表情は、真剣そのものでまさにここで獲物をしとめようとする獅子の如く食らいつく。……だが、それよりも早く天河のパスが先を行く……! 




「よしっ!」


 そして、そのパスを取りに最初から駆けつけていた紅崎がキャッチと共にゴールを向く。すると、一気に敵チームのDFが近づいて来る。バスケットシューズと体育館のフロアの擦れる甲高い音が、紅崎の耳をうつ。それと共に紅崎のDFについている百合ももいがプレッシャーをかけてくる。




 ――くそっ!




 紅崎は、ボールをキープしながら3Pラインの外側でジタバタと動き回りつつ百合と戦う。……彼は、思った。




 ――インサイドは、鳥海のせいでガタガタだ……。俺が、外から点を取らないと……。






「うおおぉぉぉぉぉぉぉ! 出たぁ!」


「アニキィィィィィィィィィィィィィィ!」



 観客席で子分達が暴れ回る中、紅崎は百合が詰め寄って来る土壇場で無理やり3Pシュートを放つ。だが、そのあまりにバラバラなリズムとデタラメなフォームから放たれるシュートが入るわけもなく……紅崎のシュートは、リングの先に当たって落ちてきそうになる。


「……ちっ!」


 紅崎の舌打ち。そして、扇野原選手たちはすぐにリバウンドボールをとろうとゴールの下に構える。




「「……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 子分達もショックのあまり、悲鳴を上げる。だが、彼らがショックを受けている最中でも試合は、刻一刻と進んで行く……。

 

「リバウンドぉぉぉぉぉぉ!」


 光星のベンチから花車の叫び声が聞こえてくる。彼は、声を張り上げて選手達に自分の気持ちをぶつける。





 ――頼む……。とってくれ! 俺だって、ここで諦めたくない……!









 だが、そんな願いとは裏腹にコート上では既に大変な事態が起こり出していた。それは、ゴール下のもう1人のリバウンダーこと、霞草のマッチアップに関してだ。彼は、この試合中に種花の宣言通りまだ一本もリバウンドを取れていない。いや、触れてすらいないのだ。






 ――くっそ……! 一本でもシュートを撃たないといけない……こういう時に……厄介だ。この男、俺に一本もとらせないと言うだけあってリバウンドの何たるかをしっかり心得てる。……何処に落ちてくるかの予測、相手にとらせないようにする技術とパワー……絶対に我が物にせんとする確固たる精神力。……そして、この迫力……! 凄すぎるぜ……!





 霞草の思っている通り、種花はリバウンドという一分野においては凄かった。下手をすれば、ここだけでいうと扇野原選手の中でもトップクラスに厄介な相手といっていいかもしれない……。それ位だ。





 ――だけどな、それでもここは譲れねぇ……!





 霞草は、理解していた。この攻撃を成功させないと自分達が彼らに勝つ確率は一気に落ちると。


 第2Q。試合時間の中で言うとまだ前半。しかし、そこで既に15点も離されてしまっているこの現状。これ以上に点差を離されてしまえば、それこそ後から追いつく事は点差的にも……また、精神的にもキツイ。特に今回の場合は狩生の所で失点を重ねてしまった事もあり、もしこのまま行けばそれこそ光星選手達が「自分達の弱点は中側インサイド。そこを攻められれば自分達には勝ち目なんてないのだ」と思ってしまいかねない。だから、点差が15点以上開くというのはそれだけ今現状では危ない事なのだ。




 霞草は、それを誰よりも理解していた。ここまで同じ中側インサイドで戦ってきた仲間の狩生が何度もやられている姿を誰よりも間近で見ていた事もあって、その思いは強かった。今、現在彼を含めて光星メンバーの心の中にある思いは「俺が何とかしないと……」の一心だった。





 ――絶対にとるんだ! 何としてでも……俺が!




 霞草の思いと共にリングから落ちてくるボールが、ついに人の手の届くエリアへまで落下してくる。





 ――ここだ!




 霞草は、飛んだ。前で彼を抑え込んでいた種花よりも若干だが0コンマ数秒だけ早く、彼は飛んだ。そして、彼よりも先にリバウンドボールに手を触れる。




「……!」





「……よしっ!」


 彼の中指の先がボールに触れたその時、観客席でビデオを回す彼の父の体がぶるっと震えて、掌が拳に変わる。






 ――とれる……! これなら!




 霞草も、そして父もリバウンドボールをとれると確信していたその時、霞草の前方から巨大なロケットが発射されるかの如く、種花がリバウンドボールをいきなり掴みに来た。




「……は!」


 父親は、それを見て握っていた掌を戻し、ガタッと体を揺らして、顔を前につきだす。





 ――くっそ……! まだ届かないか……。けど、せめて。……せめて、この野郎にだけは持たせたくねぇ!




 霞草は、この土壇場の中で指先で触れていたボールを


「……なっ!?」


 ――意地見せてやんよ! 一泡吹かせたらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 そして、空中にあるボールをバレーボールのスパイクのように叩き落とす感じで、触れていた方の手を思いっきり振って、種花の手からボールを引き離した!




「なんだと!?」


 種花は、自分の手からボールが消えてなくなってしまったのを見て、触って驚く。霞草の弾いたボールは、コート上の狩生と鳥海しかいない場所に向かって落ちて行く……!






 ――頼んだぜ。狩生、とってくれ!





 霞草は、その思いだけを彼に託して弾いたボールの行く末を見守る様にコートへ戻って行く……。


 ボールは、ちゃくちゃくと鳥海、狩生の元へ落下していく。しかし、既に狩生は鳥海に圧し込まれて身動きの取れない状況へまで追いやられていた。こんな状態では、到底リバウンドなど獲れやしない。


 観客の誰しもがそう思った。それは、光星サイドに座るバスケをよく知らない者達にも伝わって来た……。



「……だああああ! アイツじゃ無理だぁぁぁぁ! ここは兄貴の出番だああ!」


 観客席の子分達もそう言う。






 ────しかし、チームメイトだけはそんな彼に諦めたりはしなかった。彼らだけは、リバウンドボールが誰かの手に渡るその時まで、応援を辞めない……!









「「行けェェェェェェ! 狩生! 獲れええぇぇぇぇぇぇぇ!」」













 ボールは、ついに手の届く所へまで落下してきた。鳥海と狩生の2人は、同時にジャンプし、リバウンドボールへ飛びつく……!







 ――獲るんだ! 俺が……。









 その時、彼はベンチの一番端っこに座る太刀座侯たちざこうの声を聞いた。











 ――そうだ。少年……。それだ。その気持ちこそ大事なんじゃ。勝ちに行こうとか、そういうんじゃなくて。まずは、勝負してやるとか、戦おうというその意志が大事なんじゃ。その意志を忘れちまったらお前は、もう選手として退場する前になんだから……。












 ――勝負する意志……! 俺は、コイツと……この男と、戦ってやる! 戦い抜いてやる……!





「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




「……何!?」



 鳥海は、自分が掴もうとしていたそのボールに後ろから取りに来ようとしているその手を見て驚く。その手は、もうすぐに彼からリバウンドボールを取り上げようとしていた。




 ――バカな!? 地上戦は、確実に私が制したはずだ! パワーだって私の方がある。確実にこのボールは、私が……!?





 ――だが、結果は違った。



「とりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 ついに、狩生が鳥海からリバウンドボールをもぎ取る事に成功したのだった。もぎ取ったボールを狩生は、絶対に獲らせまいと体の中央にまで持ってきて両手でがっしり掴み、保持する。





「おぉぉ!」


「すっごい……!」



 観客席に座るメガネの大学生と、扇野原ベンチに座る美少女は、この瞬間同時に感嘆の声を漏らす。





 ――そして、ボールを持った狩生が着地する……!







「……うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ! 取ったぁぁぁぁぁぁぁ! 光星の12番がとうとう、リバウンドボールを取りやがったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





 会場がどよめく中、光星の第2の攻撃チャンスが生まれた。そして、それは光星にとって、それまで舐められていた中側インサイドの復活を意味する事となる。試合は、まだ前半。しかし、攻撃のチャンスを得たとはいえまだ、これが成功したわけじゃない……。光星は、この攻撃を成功させる事ができるのか……。










       扇野原VS光星

      第2Q残り7分9秒

         得点

        33VS18


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