第74話 俺達は、走る歩兵

 バスケットカウントというのは名前の通り、通常のシュートなどを撃っている時に相手のDFからファールをもらい、それでも尚シュートを決める事でもう一本フリースローの権利が一本貰えるボーナスプレイの事だ。


 すなわち、これができるプレイヤーというのは相当な技術と、そしてDFを相手にもひるまない精神力、力強さを持つという意味でもあった……。
















 「ワンスロー!」


 審判の声。コートに描かれたゴール下付近の台形の一番上のラインことフリースローライン。その真ん中に鳥海は、立っていた。そして、その周りには体の大きな選手達が2~3人程、シュートが落ちた時のリバウンドに待機する。


 審判から鳥海へボールが渡る。彼は、フリースローを撃たねばならない5秒間の限られた時間の中でボールを掌の上で回し、それを反対の手で受け止める。それからボールの縫い目に手を合わせて、軽いタッチでシュートを放った。





 ボールが、吸い込まれるようにゴールの中へ入って行く。リバウンド待機していたビッグマン達が、たちまちゴールの近くから離れて行く……。しかし、そんな中でも1人。動かない選手がいた。



「……」





 狩生は、下を向いていた。     






 ――何も見えない……。







 彼の耳の中には、まだフリースローが入った時の音が響いていた。   






 ――成す術もない……。
















      ~中学校時代~





「……良いぞ! 狩生!」


「ナイスプレイ!」


 ――チームメイト達は、俺のプレイに褒めてくれた。だけど、それは普段の俺がするようなテクニカルなものではなかったんだ……。ただ、何となくうまくいってしまっただけの大した事ないプレイ……。運が良かっただけだ。






「……さっすが、いつも体鍛えているだけあんじゃんか!」




 ――違うよ想太。身体は鍛えてるけど、俺は筋肉がつきにくくてさ……。今のマグレなんだ。







「……おう! お前みたいなしっかりしたビッグマンがいると、こっちもシュートが撃ちやすいってもんだぜ!」






 ――花、それも違う。は、言われたんだ。お前はデカいだけだから……リバウンドボールに手を伸ばせばそれで良いって……。たまたま手を伸ばしたら届いただけなんだ……。











      ~試合後~



「……少年よ。今日の試合は、見させてもらったぞ。良いプレイをするようになったなぁ」



「……」




「……あのガッツなんて馬鹿らしいとかほざいていた子供が、今では立派に懸命に戦っていて……儂は、それが嬉しいよ。教え子の戦う姿に……勇気を貰っている気がしてね……」




 ――爺さん、違うんだ。……俺は、逃げてばっかりなんだ。高校に入ってからも……今までの試合だって……今だって……俺は……は、何一つ向かって行った事がない。ずっと、弱いままなんだ。天河達に助けてもらって、それでなんとか家からは出たけど……でも、根本的に僕は、まだ家の中なんだ。ずっと、1人で立つ事ができなくて……誰かがいないと、助けてくれる誰かがいないと……僕は、何もできない。小学生の頃の爺さんと会う前の頃の俺と……何一つ変わっていないんだ。





 


 ――――俺は、爺さんがいないと何もできないようなクズなんだ……。























 ――何を言っておるのだ?




 その時、狩生の心の中に聞こえて来た声は、彼のよく知る人の大切な言葉だった。






 ――え?


 ふと、彼が自分達のチームメイトが座るベンチに視線を向けてみると、そこには見知った人物が一番端っこの誰も座っていなかった席に腰かけていた。




 ――爺さん……。なんで……?




 狩生は、ベンチに座る太刀座侯の姿にあたふたしながら驚いていた。彼のバスケットの師であり、育ての親とも呼べる太刀座侯は、2年前に死んだはずだった。





 ――なのに、どうして……?






 ――そんな事は、どうでも良い。お主、何をメソメソしているのだ? お主らしくないぞ。








 ――そりゃあ、せっかく天河達のおかげで戻って来れたのに、このザマじゃ……。







 ――バカ者。まだ、そんな事を言っておるか。







 ――え?





 ――なぜ、自分の力で立ち直れたんだと自信を持たない? なぜ、自分にはまだ戦う心だけは残っていると自分の気持ちを震え立たせようとしない? なぜ、たった数回負けた程度で自身を失う?








 ――?






 ――お前は、勘違いしているぞ。色々と……な。








 ――――変わっていないわけではない。とっくに変わっておる。親にろくに相手にされず、グレていた頃のお前は、バスケットを始めて、変わっていった! そして中学でお前は、さらに強くなった。高校で儂を亡くして悲しみにくれていたお前は、今このコートに立つ事が出来ている……! 全て、誰かの力を借りた上で為せたと言えばそうかもしれん。だがな……それを実行に移し、実際に戦ってきたのは何処の誰だ!





 ――!






 ――誰のおかげで自分がここまでデカくなれた? 誰のおかげで自分がここまで戦い抜けた? 誰のおかげでここまで強くなれた?






 ――答えは、全てもう分かっているはずじゃぞ。良いか? 少年。いや、狩生利行よ。お前は、この戦場に自分の足でやって来たじゃ。歩兵は、確かに1人じゃ戦えん。だがな、1人でもかけたらダメなんじゃ。だから皆で戦い、1人で夜が明けるのを交代制で待つ。とても小さな存在かもしれん。けど、それがお前じゃ。走り続けろよ……。




























「……おい。……おい! 狩生! ――――狩生!」



 気が付くと、狩生は既に走って反対側のゴールに向かっていた。すると、そんな彼の後ろでドリブルをする天河が、狩生に話しかけてくれていた。



「……え? あっ、あぁ」


 彼は、やっと意識を取り戻した狩生に言った。



「……ボール回すぜ。だから、ガンガン行け。俺達が全力でサポートしてやるからお前は気にするな」




 狩生は、そんな天河の言葉にしばらく黙ったままだったが、センターサークルの中に入ってから彼は、言った。




「分かった……」





 その目には、何か新たなものが宿っているように見えた。……そう、天河は思った。そして、2人は走って行くのだった。


















        扇野原VS光星

      第2Q残り7分17秒

         得点

        33VS18



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