第73話 力も技術も身長も……

 もう何度目か、光星ボールで始まる試合のワンシーン。天河がボールを運んで行って、半分を超えたところで種花と金華2人のダブルチームDFに引っかかる。


 光星の攻撃は、もう何度もそこで止まっていた。それは、天河から先のパスコースが、狩生のいるインサイド1つにしか存在しないのが原因だった。しかもインサイドのポスト勝負となれば、力で劣る狩生に勝ち目はない。……天河も、狩生もそれを嫌というほど分からされた……。


 光星サイドに座る観客達もそれを理解しだしていた。


「テメェ、コラァ! 良い加減そのやり方やめやがれ!」


「舐めたプレイしてっと、うちのリーダーがテメェら全員まとめて血祭りだぞコラァ!」


 このように光星サイドの観客席は、ある意味(?)大盛り上がりを見せている。不良達の叫びは、当然コート上にいるそのにも届いていた。


「だからお前ら、やめろっつてんだろ! 黙って見ろ!」


 長い髪の毛を後ろでポニーテールのように束ねた光星15番。紅崎花のツッコミだ。彼は、こんな事を言っておきながらも観客席の仲間達同様、苛立ちを隠せていなかった。



 ──クソォ。でも、マジでヤベェぜ。マジでこの第2Qろくにボールを触れてない。このままだと、何もできないまま負けもあり得る……。




 試合は、絶体絶命のピンチの中、やはりこの光星ターンでも一本のパスが狩生に渡る。彼の後ろには当然、鳥海が構えていた。


「悔しかったら来てみなさいよ」


 鳥海の言葉。狩生は、しばらくボールを持ったまま考えてしまう。




 ──どうすれば良い……。どうすれば、鳥海に勝てる……。




 しかし、そんな中でも時だけは残酷に過ぎていく……。会場では止まったまま動かない狩生にどよめきの声が上がり出す。


「……アイツ、いつまで持ってんだ!」


「そろそろ、ルール違反なんじゃねぇーの!」



 そしてそれは、天河達も分かっていた。


「狩生! 戻せ! そろそろ3秒経っちまうぞ!」



 しかし、狩生は止まったままだった。彼の脳裏には、たった今が浮かんでいたのだ。







 それは、小学校時代。彼の恩師。太刀座高との会話の続きだった。





「……つまりお前は、パワーも自信がなくて、背以外に取り柄がないと言いたいのか?」



「あぁ、そうだと思うんだ……俺」






「それは違うぞ。少年」




「……え?」









「……お前には背以外にも強みがあるじゃないか」




「……?」







「その技術力だよ。ワシが鍛えてやっただろ? ドリブルにパス。パワーがないお前でも技術だけは少しずつ磨かれていってるじゃないか」





「爺さん……」





「なーに、安心せい。今にあのクソコーチもわかる時が来るやい。お前のやってきた事は無駄じゃない。技術は立派な武器だ。練習すれば必ず報われるわけではないかもしれんが、それでも練習すれば多くの武器が手に入る。少年よ。お前の練習してきた様々な技術や技は、決して無駄ではないぞ……。お前の技は、天下一じゃ」














 ──俺の技は、天下一……! 俺は、鳥海にパワー身長も負けている。けど、技術だけは、これだけだったら……!








「うおおぉぉぉぉぉぉぉお!」


 狩生は、ボールを誰もいない所に向かって突き出し、鳥海にフェイクを仕掛ける。だが、狩生のその行動は、




 ──見え見えですね。パスフェイクを入れたかったのかもしれませんが、パスする相手のいない所へやっても意味はありません。それに……最初から嘘をつこうと動いてない時点で貴方の技術はもう……。




 鳥海の心の中でそんな事を思っていると、狩生は更に鳥海のいる真後ろを振り返ってドリブルを始める。そして、鳥海を抜き去ろうとダッシュを始めるが、そもそもフェイクに引っかかっていない鳥海にそれは通用するはずもなく、狩生は鳥海が抜けず、結局また同じ場所で止まってしまう。








 ──そして、狩生の動きが止まった所で審判のホイッスルが鳴り響く……!




「3秒バイオレーション! 白ボール!」




 観客席の座る不良の1人が、審判の言った意味の分からない言葉に「?」を浮かべる。


「なぁ、お前。3秒バイオハザードってなんだ?」



「知るか! てか、バイオハザードじゃなくてバイオレーションな!」


 不良達の乱暴な言葉の投げ合いに、少し離れて所に座っていた大学生の1人。メガネをかけた黒髪のマッシュルームのような髪型の男が答える。


「3秒バイオレーション。ゴール下の台形のラインで囲ってあるエリアには3秒までしかいれない。その時間を過ぎるとルール違反で笛を吹かれちまうんだ」


 不良達と周りにいた他の観客達は、またしても彼の解説に納得する。



「へぇ……」



 息の揃った声が観客席に謎の一体感を与えていた。









 そして、その頃コート上では早速、扇野原の攻撃が始まる。そして、その攻めの最終地点は、やはり鳥海だった。金華のパスがすぐに鳥海へ渡る。



「あぁ! そいつはダメだ! 退場させろぉぉぉ!」


 不良達の恐怖の悲鳴を背に鳥海は、早速持ち前のパワーを使って狩生を吹っ飛ばす勢いでゴール下に潜り込む。



 ──技術だ。俺が、今アイツに勝てるのは爺さんに鍛えられた技術だけなんだ! 練習してきたものそれだけだ!




 だが、そんな狩生の考えを嘲るかのように殺意的な鳥飼パワープレイは続く。……そしてとうとうゴールの下まで簡単に入られてしまう。鳥海がゴール下から簡単なジャンプシュートを狙おうとシュートの構えをとる。それを見て狩生は、すぐに悟った。



 ──また、さっきみたいにシュートが来る!




 狩生は全力で飛んだ。鳥海のシュートを止めるためにただ全力で彼は飛んだ!



「よしっ! 良いぞ! 狩生!」


 白詰の声。狩生自身も勝ったと確信したその時だった。







「私が、パワーだけの男だと勘違いなさって?」



 刹那、鳥海の上がっていたはずの手が下げられる。




 ──なっ!?





 狩生は咄嗟にこれが何を意味するか理解する。




 ──まずい! まさかこれは。シュートフェイク……! しかも、コイツ……。




 鳥海は、狩生の予想通りに体を若干前へ浮かせた状態で飛び、狩生の体にぶつかってくる。──ドンッと2人の体がぶつかり合う音が聞こえてくると、次の瞬間に審判の笛が炸裂。




「……!?」



 そして、鳥海のシュートが放たれる。そのシュートは、ゴール下で撃ったとは思えないほどクルクルとリングの周りを行ったり来たりして、そしてとうとうベガスルーレットのようにネットの中を潜り抜ける。それを見た審判が笛から口を話して喋り出す。



「……プッシング! 青12番。バスケットカウント! ワンスロー!」




 それは、今この瞬間に鳥海がパワーだけの男ではないと分からされた瞬間であった。カウントワンスロー。それは、鳥海に3点目の権利が与えられる言葉。そんなプレイは、技術力のある選手にしかこなせない……。そんな事は、コート上に立つすべての選手が分かりきっている事だ。






 狩生は、思った。





 ──俺は、技術でもコイツに勝てないのか……。













        扇野原VS光星

      第2Q残り7分19秒

         得点

        32VS18

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