第72話 高いのは嫌なんだ

 ――小学校時代。俺は、その頃から背が高くて爺さんにバスケを教わってた時からCセンターをやっていた。でも、俺には身長はあってもいまいち力がなかったんだ。それでよく……。


「お前には、パワーが足らん。ガッツじゃ!」


「ガッツって言われても……なんか、そういうのってダサいじゃん。暑苦しいし」


 ――爺さんは、俺によくパワーがないと言ってきた。当時の俺は、そう言われるたびに溜息をついて適当にあしらっていた。でも、爺さんは本気で話していたんだ。


「……そんな事を言うでない。せっかく、それだけ大きな体を持っているというのに生かそうとしないなんてもったいないぞ! 少年」


「そうは、言うけどよ。爺さん、俺このデカい体が心底気に入らねぇんだよ」


 ――その時の爺さんのキョトンとした顔は、今でも覚えている。なんだか、煽って来ているような嫌な顔だった。


「……なぜじゃ? それだけ背も高ければ女子にもモテモテ……しかも、バスケでも有利じゃないか」


「……そうじゃなくてよ。……いや、その……背だけあっても意味ねぇんだよ。頭をしょっちゅうぶつけて痛いし、周りからはデカいってだけでいやな注目を集めるし、デカいからってなんでも押し付けられるし……しかも、爺さんが言うほどモテたりもしない。着たい服もどんどんなくなっていくし……。体育着ピチピチだし……。しかも、デカいと逆に目立っていじめられたりもするんだぜ?」



「……なるほどな。それで、お前は背が高い事を嫌がっていると」



「そうだよ。……背が小さい事も確かに嫌かもしれねぇ。そういうコンプレックス? っていうのか? は、今まで結構いっぱい見て来た。けど、だからって背が高ければ何でも全ていいわけじゃねぇ……。バスケをはじめてからもよく言われるんだ。アイツは、デカいだけで後は何もない。試合のたびに相手の選手共から言われる。悔しいけどその通りで……でもだからこそ、嫌なんだ。俺がもっと目立った選手じゃなければこんな標的にされる事もなかったのに……。背がデカいだけで俺は、全然いい思いをした事がない」




 ――この時の俺は、バスケをはじめて今まで以上に自分の背の高さに周りから注目されるようになっていた。でも、逆に言えばそれだけ。……俺は、本当にバスケが好きで始めてからは毎日ドリブルを練習したし、パスも練習したし、フットワークの量も増やして、足腰を鍛えなおしたりもした。そうやって、自分でも確かにうまくなってきているって実感できていたんだ。……でも、周りはそんな俺を評価してくれない。……俺が、ドリブルで相手を抜いてシュートを決めても皆、背が高いから怖くて抜かせてやったとか、俺が良いパスをだしても背が高くて止められなかったとか……何かにつけても、身長身長……。俺の頑張りは、何も認めちゃくれない。そんな風に考えていた。


「……爺さん。前にさ、地域のミニバスチーム3つで合同練習しただろ?」


「あぁ……やったな」



「……その時もさ、俺言われたんだ。向こうのチームのコーチに怒鳴られた。……お前は、背が高いんだからドリブルもパスも、そういう無駄な事は何一つしなくて良いんだ! お前は、ただゴールの下に立ってリバウンドボールに手を伸ばし、敵のシュートを妨害する! それだけやっていれば良い。パワーもろくにないお前には、それだけできていれば良いんだって……。その時、爺さんはいなかったから聞いてなかったと思うけどさ……こういう事が、あったんだよ」



「……」



 ――爺さんは、真剣に俺の話をコクコク頷きながら聞いてくれた。……俺は、そんな黙って人の話を全て聞いてくれる爺さんに自分の思っていた事を吐き出した。……とにかく、全部吐き出す事にした。

















「……うおおおぉぉぉぉらあぁぁぁぁぁ!」


 ――狩生の体が吹っ飛ばされた……! 扇野原のCセンター。鳥海による渾身のパワープレイが炸裂し、リングの全体が、ぐわんぐわん……と根元から大地震の如く揺れ続ける程の両手ボースハンドダンクが会場を熱狂の渦へ包んだ。


 そのあまりに激しく力強い鳥海のダンクに、今度こそ狩生の体はゴールの下へと吹っ飛ばされ、彼はリングの真下に自らの尻を叩きつけられた……。その姿は、民衆を見下ろす絶対的権力を要する皇帝……と、皇帝の前にひれ伏し、恐れをなして縮こまる暗い民衆。絶対的すぎるその差に会場は、沸き上がる一方だった。



「……すげぇ! なんて大迫力なダンクなんだ!」



「アイツは、プロなのか! 本当に高校生か!?」



「あり得ねぇ! 吹っ飛ばしたぞ!」



 扇野原サイドの観客席は、叫び続ける。……その大歓声の中、狩生はゴールの影に隠れるように尻餅をついたまま下を向いたままだった……。







 ――爺さん……俺今、自分よりデカくてパワーのある奴を相手にしているんだ。




 心の中で、そんな声を上げる狩生。






 ――あんなにコンプレックスだったのに、俺は……そのコンプレックスでさえも勝てない……。何もかも、全部負けてるんだ。嫌だったのに……。でも、いざこうなってみると、すっごく……悲しいよ。これなら……せめて……デカいだけだとあのコーチに罵られてる方がずっとマシだったかもしれない…………。












 狩生の瞳の中にほんの一瞬水分が蓄積されて、潤いを増す……。彼は、バスケットコートの一番端のエンドラインを眺めながら、下を向き続けた。









 そんな彼の姿を光星サイドの観客席に座る若い大学生くらいの歳をしたメガネをかけた男が、じっと見ていた。



「……アイツ、昔と何も変わっちゃいない」





 そして、そんな男の言葉の後に扇野原のベンチに座る1人の女も彼と同じ言葉を吐いた。



「……利君、それじゃあダメだよ……」







 試合は、まだ前半。しかし、Cセンターの力の差を前に少しずつその点差は、離れだしている。……この差を埋められるのか……全ては、狩生次第となった。彼は、果たして最強のCセンター鳥海に勝つ事ができるのか……。














        扇野原VS光星

      第2Q残り7分30秒

         得点

        30VS18

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