第71話 努力の差

 ──バスケットにおけるCセンターのポジションの役割は、主にゴール下での仕事。特にバスケットのゲーム上最も得点のしやすいゴール下のシュートやレイアップを止めたり、ゴールの下に立つ事で他のエリアから攻めてくる敵に対しても威圧感を与えられるため、DFの上での役割は大きい。そしてOFオフェンスでは長身を生かして積極的にゴールの下でシュートを狙いに行く。そんなポジションだ。


 そういう意味ではゲームの中では、ある意味1番身長やパワーといった体格的な部分が最も勝利に直結してくる所で、いつの時代もここが1番の花形であるといっても過言じゃない。有名なバスケ選手も多くはCセンター。または、Cセンターを助けるポジションにあたるPFパワーフォワードの割合は大きい。



 そして先の説明の通り、彼らはゴール下でのプレイを主な仕事としているため、逆に3Pシュートなどの長距離を苦手としている事はよくある事。いや、むしろそれが普通とも言えるだろう……。だが──。





「鳥海の3Pだ! なんて綺麗なんだ! あいつのシュートはいつみてもシューター顔負け過ぎる!」


 観客席からそんな声が聞こえてくる。扇野原VS光星。試合は第2Qに突入するも、扇野原のリードで続いていた。しかも今の得点は、流石に光星彼らにとっても予想外な事だった。



 ボールを持った天河が、コートをドリブルで走っていきながら考える。


「一本! ここ一本だ! 切り替えて慎重に!」


 口ではそうは言えても、やはりどうしようもない。ここで点をとって巻き返すのは、凄く大変な事だと理解しているからだ。



 ──さすが、東京都No. 1の得点力だ。実力が違う……。



 天河は、慎重にコートの半分を突っ切る。すると、また今まで通りのDFに捕まってしまう……。




「……またWチーム!」


「すげぇ! 扇野原は、あくまで光星をここで突き放すつもりだ!」


 観客の声。そして迫り来る種花と金華。強力なWチームを前に天河はなす術なくハマってしまう。




 ──くそっ! コイツら、わざとゴール下だけあけて来やがる……! わざとそこだけ開けて狩生と鳥海の1ON1に持っていこうとしている。しかも、それがダメでもしっかりボールをスティールしてこようと手を抜いてこないのも、流石過ぎる……!



 天河は、徐々に押され出す。彼の体は、せっかくコートの半分より先へ侵入したにも関わらず、今再び戻されそうになっていた。その試合終盤の土壇場のような威圧感に彼はやられそうになる。そして、ついに今までかわし続けて来れたWチームの布陣に彼は呑まれる事となる。


 天河の足がコートの真ん中にしかれたセンターラインよりも後ろに触れたその時、審判の笛が炸裂した。


「バックコートバイオレーション! 白ボール!」



 この審判の言葉に光星サイドの観客席に座り大学生グループの1人、茶髪の男が真ん中に座る男に尋ねる。


「……ってなんだ?」


 すると彼は、丁寧に説明を始める。


「バスケは、一度フロントコートに移動しちまうともう一回後ろにバックコートに戻っちゃいけないルールがあるんよ」


「へぇ……大変なんだなぁ」


 茶髪の男がそんな返事を返すと、周りにいた不良集団や霞草夫妻は、ふむふむといった感じで頷いていた。




 そしてその頃、コート上では審判の宣言通りに光星から扇野原の攻撃に切り替わり出した。


「DF! 一本止めるぞ!」


「「おぉ!」」


 天河の掛け声に他の選手達が応じる。しかし、今回の扇野原は鋭かった。


 ──しまった!



 天河が振り向くと、ボールをちょうどキャッチする鳥海の姿が見える……! 

 彼は、もらった途端に後ろでDFをする狩生へ体重プレッシャーをかけて、攻め気をアピールする。


 そのあまりの重さに狩生は、苦しそうに膝をガクガク震わせながら、なんとか耐える。しかし、彼がやっと鳥海の重さに慣れ出すとその途端に狩生にのしかかっていたプレッシャーが、一気に解放される。




 ──あ…れ……?



 体に違和感を覚えた狩生が気づいた時には、もう遅かった。鳥海は、抜群のスピードで一気に狩生から離れた位置へまでドリブルをして、3Pラインの外側へまで走っていた。


「……はっ!」


 まずいと思った狩生もすかさずそれを追いかけようとする。


 ──さっきの3Pで確信したコイツは、外も中も攻められる。超オールマイティーな選手だ。だから、止めないと!



 そう思って、全力で鳥海のシュートを止めようと走ってきた狩生だが、



 ──くそっ!



 狩生は、鳥海のシュートをブロックできず、そのまま撃たせてしまう。彼が、悔しそうに飛んでいるとその時、鳥海から小さく舌打ちが聞こえてくる。


「……やっべ、曲がった」


 それを聞いた狩生が、最後の望みを託そうと着地と共にゴールの方を振り返って、霞草を見た。そして、大きく口を開けて叫ぼうとした途端、彼の後ろから別の声がふりかかる。


「……おーい! 種花! リバウンド頼んだぞ!」


 刹那、鳥海のシュートが外れてゴールからボールが落ちてくると共に扇野原ユニフォームを着たもう1人のビッグマン──種花がリバウンドボールをキャッチ。近くで飛んでいた霞草をジャンプ力で超えるのだった。







 霞草と種花は、同時に着地するとすぐに睨み合う。


「……次はやらせん!」


 霞草が、種花のシュートを警戒してゴール下でどっしり構えていると、種花は一瞬フッと鼻で笑った後にドリブルを始めた。──しかも後ろに……。


「え……?」


 その光景にわけが分からなかった霞草は、一瞬固まる。しかし、その間にも種花は、どんどんゴールから離れた所へと走って行ってしまう。


 ──待て。まさか、この状況で、まだやる気か……。いくらなんでもお前までそんな……。



 しかし、霞草が思ったそのまさかは、的中した。3Pラインの外側まで走ってきたPFパワーフォワード種花は、そのままゴールの方を向くと、ボールを持ちシュートの構えをとる。そして、霞草がDFに駆けつけるよりも先に彼はシュートを撃った。


 そのシュートを見て霞草だけでなく、狩生達他の光星選手達も驚いていた。




 ──まさか……。



 そのまさかは、的中する。





 ──スパァンン! と爽快感のある音を上げて、種花の撃った3Pシュートが見事命中する。そのあまりに美し過ぎるモーションに光星の選手達とベンチ、観客席は凍った。



 ──今のは、マグレじゃない。




 それは、誰がどう見ても理解できた。





 その時、霞草の脳裏に試合前のある言葉が蘇る。



「リバウンドは全て俺が獲る」







「……コイツ」



 霞草がシュートを撃った種花を睨む。それに気づいた種花も不適な笑みを浮かべて微笑み返す。




 ──一方、その頃狩生は、何も言わず、自分の掌を眺めているだけだった……。




 ──爺さん……。



 すると、そんな彼の元に鳥海が近づいてきて彼に向かって言うのだった。



「……私だけが全範囲オールレンジでシュートが決まるわけじゃないのですよ。お分かり頂けました? うちは、今このコート上に立つすべての選手達が3Pからレイアップまで全てのシュートを撃てます。しかも高確率でね。お分かり? これが、全国一の攻撃力を持つ私達、扇野原のバスケなんですよ。貴方のように数ヶ月ちょっと頑張った選手が私達に敵うわけありませんのよ」


「……なんだと…………?」



 鳥海は、狩生が僅かながらに見せた反抗的態度に対しても強気に返す。


「まだ分からないの? これが、力の差だと。私達は3年間血の滲むような努力をしてここに立っている。でも貴方は違う。……これが、力の差。現実ってやつですよ。貴方のような怠惰で戦う闘志も感じられないような選手に宣戦布告した私がバカだったようです。……貴方じゃ、私は止められない」



「……」


 ──言い返せない。何も。……クソッ! 爺さん……。















       扇野原VS光星

      第2Q残り7分59秒

         得点

        28VS18

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