第67話 天河葵

「……リバウンドォォォォ!」


 天河が叫ぶ。それに呼応するようにゴール下ではビッグマン達が小競り合い、ボールを我が物にせんとしていた。彼らはボールが取りやすいベストタイミングにほぼ同時にジャンプし、ボールを奪いにかかる。しかし、地上での小競り合いで勝利した狩生が空中戦を制した。彼は、パワーでこそ鳥海に負けていたが、それを自分の持つ経験とテクニックで補った。


 ──この試合初めて狩生の勝利だ。




「しゃああ! 良いぞ!」


 観客席からも声援が伝わって来る。狩生は、持ったボールをそのまますぐに天河へパスした。


「よぉし! 一本だ! 一本取るぞ!」


 天河の掛け声によって光星選手達の顔つきは、変わった。彼らは、さっきまでの渋そうな顔から一転、やる気に満ちたスポーツ選手らしい逞しい表情を見せるようになり、さっきまでの疲れを感じる暗い雰囲気から変わり始めていた。


 天河は、そんな彼らの真ん中に立って人差し指を一本高く上げてゆっくり力強くドリブルをする。扇野原の選手達は、そんな彼へ視線を集中。その様子を扇野原側のベンチに座るマネージャーこと狩生の幼馴染――新花は、見ていた。


「……あの4番、かなり凄いですね。遠くから見ているこっちにも伝わってきました。彼は、3年間相当な努力を積んで、今のプレイスタイルをものにした……。そう見えます。利く……狩生君と鳥海先輩の所も相性悪いけど、PGの金華先輩と天河さんの所もかなり相性は良くないでしょうね」


 彼女が、この言葉を送った相手は、その隣に座るスパイラルパーマが特徴的なおしゃれなイケメンこと、扇野原の監督――冬木桜太ふゆきおうた。彼は、冷静そうに黙って試合の様子を見ながら彼女に言葉を返した。


「そうですね……。無名の学校だと思っていましたが、まさかあんな選手が隠れていたとは……。彼も狩生君と同様、中学時代に名を挙げた人物なんですっけ?」


「はい……」


「だとすれば、相当凄い。とてもうちの金華君が、実力で彼に勝つ事はできないでしょう……」


 監督は、そう言ったがしかし冷静に、試合をボケーっと見ているだけだった。彼は、それ以上何も言わない。言おうとしない。それを見て新花は、監督から目を離し、試合を見た。


 すると、ちょうどその時光星の紅崎が撃った3Pシュートが外れて、ゴール下のビッグマン達がボールを求めて飛び上がろうとしている所だった。狩生は、今回も得意のテクニックを使って後ろへ押し込まれた状態スクリーンアウトされてゴールから離されていたが、それをフェイントでかわし、逆にポジション取りに成功。そのまま、リバウンドボールに手を伸ばす。……が、後ろから鳥海の力強い手が空中に浮かぶリバウンドボールをとらえ、狩生からボールをぶんどる。そして、バスケットボールを奪って、鳥海は着地する。


 光星と扇野原のリバウンドに飛ばなかった選手達は、たちまち反対側のコートに向かって走り出そうとした。しかし、その瞬間、鳥海の持っていたはずのボールはスティールされてしまう。それもリバウンド勝負に全く関わらなかった天河に、下からボールを弾かれて、逆に取られてしまう。これには、流石の鳥海も驚いた。



「……しまった!?」


 彼がそう言った瞬間に再度上に飛んで行ったボールを天河は、キャッチ。そしてそのままシュートの態勢に入り、ゴール下でシュートを撃とうとする。


「させません!」


 鳥海は、すぐさま切り替えて天河に飛び掛かり、身長差を利用して天河のシュートをブロックしようとするが、彼が飛んだタイミングで天河は既に仕掛けていた。


 これは、嘘。フェイクなのだ。天河は、上げたボールを下げてドリブルを始めて、ゴール下の密集地帯をUの字型に切り裂く。そして、鳥海から少し離れた所へまでやって来るとそのままゴールを向いてシュートを撃とうとリングを睨む。


「やらせん!」


 だが、そのタイミングでもう1人のビッグマンこと種花が登場。天河にシュートを撃たせまいと立ちはだかる。天河は、彼に対して果敢に突っ込んでいくのではなく、やはり冷静に対処した。種花がDFのヘルプに入ったタイミングで天河は、ボールを手渡しするように横へパス。すると、そこにはさっきリバウンド勝負で負けた狩生の姿があり、彼は天河からボールをもらうと途端に、リングに向かって高くジャンプし、片手でボールを持ったままそれを叩きつけた……!



 狩生のダンクが炸裂し、光星は更に追加点を取る事に成功したのだった。



「よっしゃあ! ナイシュー狩生!」


 光星の選手達は、嬉しそうにハイタッチをしたり、拳を作って喜んだ。彼らはさっきまでのように嬉しい余韻に浸ってDFに行くのに遅れてしまう事がないようにちゃんとしっかり足を動かしながら声を掛け合っていた。その姿に扇野原選手達は、さっきまでとは、また違っているという事を確信する。


 スコアボードには、12-7の数字が見える。さっきまで10点もあった差は、今じゃ半分にまで縮まっていた。扇野原の種花は、慌てて一番端っこのエンドラインからボールをパスしようとする。しかし、彼の手からボールが離れたその時、戻っていたはずの光星の青いユニフォームを着た選手が1人、種花のボールを投げた方向にちょうど立っているのが見えた。


「……しまった!?」


 種花の投げたボールは、すぐ天河にとられてしまい、天河はボールを持つとすぐにゴール下でジャンプシュートをDFにほとんど捕まっていない状態で決めてしまう。これには、光星側だけでなく扇野原側の観客達も驚いていた。



「……すっ、すげぇ! あの4番! 青の4番が、どんどん点を取りに行ってる! さっきまで圧されていたはずの光星が、4番の連続攻撃で蘇り出してる!」


 観客のうるさい歓声は、一番下のコートにまで聞こえて来て、それはベンチに座る花車にも分かった。花車は、喜んだ嬉しそうな顔でプレイをする天河へ叫んだ。



「良いぞ! ナイスカット天河! その調子だ!」


 扇野原VS光星……点差は、わずか数秒の間になんと、3点に縮まる。12VS9。光星は、天河が底力を見せつつあった。そして、彼を中心に他の選手達もこれから少しずつ動きが良くなろうとしていくのだろうな……と誰しもがそう思っていたこのタイミングで扇野原のPGポイントガード、金華だけは無表情を貫き通していた。まるで面白くないお笑いを見せられているような無を体現している。


 彼は、二度目の種花からのパスを受けると今度こそ、コート上を突っ切って光星選手達が待ち受ける反対側へとやって来る。


「DF一本!」



「「おぉ!」」


 光星の本気が伝わって来る掛け声。扇野原選手達が若干焦りを露わにしたように見えたこの時でも金華は、動じない。そして……彼は、天河の前へ早歩きでやって来るとすかさず、何も見ないでCセンターの鳥海にパスを回した。鳥海は、パスを貰うと一度ゴールの方をチラッとだけ振り返って睨んだが、後ろに狩生とそして、霞草を見つけてかなかなか攻めに行こうとしない。そろそろ3秒経ってしまうそんな時、ゴールから最も離れた所にいたはずの金華が鳥海の元へ走って来る。金華は、目でボールを戻す事を鳥海に伝える。2人の距離が近くなると、鳥海は金華にボールを手渡し。


 ――レイアップか!



 これに気づいた天河は、横から金華を止めようと勢いよく飛び掛かろうとするが、金華は、直前までやろうとしていた動作を急遽中断。彼は、小さなドリブルを一回

やった後にすぐボールを持って天河と自分に距離ができた所を見計らって雑に投げたような適当な早撃ちクイックリリースでシュートをした。




 ――投げただけ。これは、落ちる……!




 しかし、天河の予測は外れてしまう。シュートは、バッグボードに当たるとピンボールのようにリングの前と後ろをガツンガツン音を上げながらネットを潜っていった。





「……おぉ! うまい。あそこで勢いが出て来た光星に好き勝手させまいと適切な判断でシュートを撃つ。あたかも、適当に投げ入れているあの感じといい……さすが、金華。頭が良い!」


 観客の1人もこのプレイには感心していた。実際に、天河のおかげで縮めた点差がこんな形で開かれるのは、光星にとってはやはり痛い。



 だが、第1Qは、まだ始まったばかり。ここから彼らの試合は、どうなっていくのか……次回に続く。









       扇野原VS光星

     1Q:残り時間6分59秒

         得点

        14VS9





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