第66話 第1ラウンド終了

 点差が10点に開いたその時、観客席の方では……。


「あっ! やっと来た。向日葵の姉御! こっちです!」


 観客席2階の光星ベンチに1番近い場所。試合を光星視点できっちり見る事ができるこの場所に琴吹向日葵はやって来た。前の席には既に座って彼女の席を確保していた不良学生達がおり、彼らもまた紅崎の試合を見にやって来ていたのだ。


「あなた達……! 来てたの!?」


 向日葵は驚いた様子でそう言うと、不良の1人が空いた席に置かれてあった荷物を退かしながら言った。


「ヘイ。実は昨日、兄貴からLINEが来ましてね。姉御の席を絶対に確保しろとの事で。俺達、久しぶりにスッゲー早起きしましてね!」


 すると、隣に座っていたもう1人の不良がツッコミを入れる。


「バカ! テメェは今日、寝坊して後から来たんだろうが!」


「あぁんだと? 兄貴から直々にお願いされたのは俺じゃい!」


 向日葵は、空いた席に座ると睨み合う2人の間に立ち、口を開く。


「そんな事は良いから! けど、ホントにありがとうね。助かったよ」


「良いって事ですよ! 兄貴の頼みとありゃ断る理由がねぇ! ささっ! 一緒に兄貴が新しい歴史を刻む瞬間を見ていきやしょう! ……野郎ども! 分かってんな! 今日は兄貴の晴れ舞台だ。己の声が枯れて出なくなるまで応援すっぞ!」


「「おぉ!」」


 不良達は、元気いっぱいにそう答えると、たちまち大声で応援を始めた。



「「兄貴ィィィィィィィィィィィィィィ! んな奴ら、ぶっ飛ばしちまってくだせぇ!」



 コートの方から「馬鹿かテメェらは!」と言う声が聞こえてくる。それでも彼らは応援をやめない。その声は、反対側に座る扇野原コールにも負けていなかった。向日葵は、なんだかんだ言って彼らの応援する姿に嬉しそうに笑うのだった……。




 しかし、そんな彼らの隣で1人だけイライラしている者がいた。彼は、白衣を着てメガネをした姿で頭に血を登らせながら試合を見ていた。彼は隣に座る自分の妻に言う。


「……母さんや。バスケの試合とは、こんなに風情のないものだったかね……」


 彼は持って来たカメラをふるふる震わせていた。すると、彼の妻は言った。


「あらアナタ……若い子はこれくらい元気がなきゃ、これから先が心配になってしまうというものよ。ほら、そんな事言ってないで太郎ちゃんが頑張ってるわよ」


「おっ、おぉ……そうだな」



 彼はカメラを再び回して試合に集中した。──すると、さらに彼らの元へ大学生くらいの歳の者達がやって来る。彼らは喋りながら光星サイドの席に続々と座っていった。


「良いのかよ? 妹さん、扇野原だろ? 反対側で席見つけたほうがいいんじゃねぇの?」


「いや、良いんだ。向こう狭いし。それに、光星にだって知ってる奴がいるだろ?」


「まぁな。狩生の奴、頑張れよ……」



 こうして観客席にも役者が揃い出した所で試合は次なるステージへと進んで行こうとしつつあった。







         *


 ──10点差か……。


 航の3Pシュートが決まってから天河は、コートを走る選手達の事を見て1人考えていた。



 ──まずいな。皆、普段の実力が出せてない。久しぶりの試合というのもあるんだろうが、それにしてもだ。やはり、心の何処かで恐れているのか? 扇野原の名に……。ここでもう一度流れを持って来ないと……。



 天河は、考える。しかしどれだけ考えた所で状況は良くならない。だから彼は、すぐにでもボールに触れていたかった。ボールに触れて、そこからなんとかしようと……。


「……狩生。くれ」


 コートの1番端のライン外側に立つ狩生からボールを受け取り、天河は走り出した。



 ──もうごちゃごちゃ考えるのはやめよう。真ん中の俺がこれじゃあ、アイツらもやりづらいだろう。





 そして天河は、コートを半分まで突っ切って、選手達の待ち受ける場所までやって来ると、走るスピードを緩めた。──彼は、少しだけ普段より上をチラッと見た。





 そのたった一瞬の動きをベンチに座っていた花車は見逃さない。彼は自分の横に座る後輩達へ言った。



「……アイツは、天河は一見、仲間を頼るバスケスタイルを得意としているように見えてしまうかもしれない。それは、アイツ自身が実際パスをさばくのが得意だからってのもある。中学の頃は、心強い味方に恵まれてこのスタイルをずっと追求していったのも確かだ。けど、甘いな扇野原。なんたってアイツは、一時期1人でお前らと戦おうと決心していた男だぜ? 頼る仲間もろくにいなかった2年間あの環境下でアイツは……」



 彼がそこまで言い終えた所でコートでは3Pラインより遠くの真ん中で天河がドリブルをピタッとやめてDFが近づいて来るよりも先にシュートを放つ姿があった。


「あっ!」



 ベンチの後輩達は驚く。──そして花車の言葉が続く。


「高校の全国レベルに……いや、全国でも五指に入る程の実力を持つ事ができたんだ!」




 ──瞬間、天河の放ったシュートが美しい弧を描き、それがバックボードに当たった後、ネットを潜り抜けた。


 審判はそれを見て、3本指を立ててそれを下ろす。光星に追加点が入ったのだ。たちまちブザーの音も聞こえて来た。会場はこのシュートにざわつき出す。


「なんだ今のシュート!? すげぇ!」


「扇野原も今のは効いたぞ! 点差は一気に7点! あの青の4番すげぇ!」



 そしてそれと同じ頃、反対側の光星サイドの観客席では、この3Pで大はしゃぎであった。



「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 良いぞ! 4番!」


「よく決めた! でかしたぞ!」


「ナイッシュー!」



 不良達は席を立って踊り、夫婦はカメラを持っている事も忘れて隣の不良達とハイタッチをし、大学生達も指を笛のようにしてピーピー鳴らして、大盛り上がり。お祭り騒ぎだ。





 スコアボードが動き出す。12-5。少しだけ暗闇から脱し始めていた。そして天河の反撃はこれだけじゃない。彼は誰よりも先に反対側のコートに戻り、DFの姿勢をしていた。そして、選手達に全員へ向けて言うのだった。



「……さぁ! 戻れ! 相手は切り替えが早いぞ! すぐにDFだ!」


 それを聞いてまだ向こうに残っていた光星選手達がたちまち戻り出す。天河は彼らが戻って来たのを確認した後に一言だけ彼らに聞こえるくらいの音量に声を下げて言った。



「……このままだと、本当に俺1人で戦う羽目になりそうだな。どうやらこの試合、テメェらの出番は無さそうだぜ?」





 彼らは、怒った。怒りのオーラが天河の後ろから沸々と湧き上がる。白詰、霞草、狩生、紅崎は、闘志を燃やして叫ぶのだった。




「「DF一本!」」




 第1Qの序盤はこれで終わりを告げる。ここから次なる展開が始まるのだった……。








       扇野原VS光星

     1Q:残り時間7分15秒

         得点

        12VS5

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