第65話 強豪
――会場は今、大きく揺れていた。その理由は、コートの中にあった。ゴールの真下に立つ光星高校7番、白詰想太の1人アリウープの衝撃は、とてつもないものだったのだ。観客は、この得体の知れない謎の男とそのチームメイトに度肝を抜かされた様子で試合前の完全なる扇野原コールはこの時既に壊れつつあった……。
「……アイツ、何者なんだ? あの青いユニフォームの7番」
「さっきのダンク、凄くなかったか?」
「ばか! あれは、アリウープって言うんだよ!」
観客の動揺と同じようにコート内の扇野原選手達もこのプレイには流石に驚きを隠せない様子であった。
「……」
白詰のダンクを止めようとジャンプをした扇野原
「……航、お前の動機って言うのはここまでやる奴らばかりですの?」
その問いかけにゴールから少し離れた所に立っていた航が、爽やかに笑って答える。
「うん、そうだよ……。鳥ちゃん。あれが、俺の元チームメイト。そして、俺の親友だった男――白詰想太さ」
その言葉に鳥海は、黙って航の事を見つめた後にボールを取りに向かう。少しして彼が床に落ちたボールを拾うと彼は小さい声で頷くのだった。
「ふーむ……」
そして彼は、同じくゴールの下に立ち誰よりも先にボールをくれと手でジェスチャーを送っている仲間の金華にボールをパスした。
――扇野原の攻撃がはじまる! 彼らは、金華を真ん中に置いた状態で一斉に光星メンバーが守るゴールの元へ走り出し、それぞれの配置についた。すると、
「……
「「おぉ!」」
「……7番、オーケー!」
・
・
・
光星の気合の入ったDFが展開されていた。それをゴールからもっとも遠い所で
見ていた金華は、冷静にコート全体の様子を見て選手達の動きを分析。……しかし、その時、ちょうど彼はほんの一瞬だけ瞬きをしてしまう。それにより、ドリブルをしていた手の力が少しの間だけ抜けてしまう……!
――ここだ!
その一瞬を逃さなかった天河は、彼からボールを奪おうと手を伸ばす。彼の手が金華の弾ませているボールに後少しで届くそこまで伸びたその時……。金華のドリブルをしていたはずの手が急にパスに切り替わる。
「……何!?」
パスした先は、種花の
「やらすかぁ!」
しかし、シュートを放とうとしたその瞬間に、スクリーンプレイによって引き離されてしまっていたはずの紅崎が戻って来て、彼は百合が撃ち終わるギリギリで手をあげる。――だが、そのシュートはバッグボードに当たった後に安定的にネットの中を潜り抜けた。会場は、この安定したプレイを見て再び扇野原一色のコールをはじめた。
「……さすが扇野原! 淡々と返す! さっきのプレイがまるでなかったかのように動じない!」
――動じない。それは、まさにその通りだった。彼らは、普段と何変わらないバスケットをして点を得たのだ。それは、無名の高校光星に対する油断を1つ切ったが故の攻め。普段から基礎的練習を何度も何度も繰り返している彼らだからこそ成せた余裕のある攻めだった。
「……」
シュートを撃った百合は、何も言わず落ち着いた様子で自分の放ったボールが入るさまを見ていた。そして、近くにいた金華と顔だけを向けて走って行く。
「ナイッシュ……」
「あざ……」
2人のそんなどこかドライなやり取りを近くで見ていた天河は、不気味そうに見ていた。すると、そんな彼の視線に気づいた金華が小声で天河にそっと口を開く。
「……逆転」
慌ててスコアボードを見た天河が、舌打ちをして苦そうに反応する。
――扇野原3VS光星2……。自分達が一歩リードしたと思った隙にこれだ。最初の攻めは確かに成功したはずだったのに……。
天河は、急いでボールを取りに行き、そして攻撃を始めるのだった。
「……よしっ! 一本だ!」
その掛け声とともに光星のターンがスタートされるわけなのだが……天河がコートの半分を突き進んで行ったところで彼は、自分の前に広がるコートの様子を見て驚く。
――さすが、扇野原。全く隙が無い。DFも東京最高。侮れん……。
そう思った所で、彼はすかさずコートの端にいる紅崎へパスを出そうとした。……しかし、それが罠だったのだ。
「……しまった!」
天河の出したパスは、見事に百合にとられてしまい、光星の攻撃が終わってしまうのだった。
「戻れぇ! DFだぁ!」
天河が必死の声でそう言うも、他のメンバーが走り出すのは少し遅い。そのせいで、彼らは扇野原に追いつけやしない……。そして、気づくと扇野原のレイアップシュートが決まっていて、光星は本日2度目の失点を重ねてしまう。
点差は、一気に5-2となり、扇野原の圧倒的リードを誇っていた。その様子を見て後からやって来た天河が再びボールを持ち、もう一度コートの反対側までドリブルをしてボールを運んだ。
「よしっ! 次こそ一本だ!」
そう言って彼が、もう一度周りの状況を見てみるとやはり、扇野原のDFの前に仲間達が押されている。彼らは誰一人としてパスを回せるような状況ではなかったのだ……。
――まずい……。扇野原は、完全に俺達の事を舐めてかかって来ると俺は踏んでいたが、こいつら……逆だ! むしろ、完全に俺達を潰しに来ている。味方の誰一人としてパスを回させないつもりだ。……恐るべきなんてDF……。
天河は、困り果ててしまう。その様子をベンチから見ていた花車も彼の今の気持ちを察し、ベンチにいる他の後輩達へ向けて言うのだった。
「……扇野原のDFは、オーソドックスなマンツーマン。だが、そのマンツーマンの質がうちとは遥かに違う。天河の所から何処かにパスが来るというのを読んでいるからこそ、そのパスコースを完全に塞ぎに来ている。
花車の解説に後輩達は、ビビった表情を浮かべて喋り出す。
「……そっ、そんなぁ! それじゃあ、部長だって攻めようにも攻められないじゃないですか!」
「あぁ……そうだな」
花車は、後輩の言葉に苦しそうな返事を返す。そしてふと、自分の隣に座る女の姿を見た。顧問の小田牧の事だ。
――ここまで。全く何にも喋ろうとしないでただ見ているだけ……。先生は、本当に僕らに協力をしてくれないのか……。
花車は、残念そうな顔を浮かべて思うのだった。――すると、その頃コート内では紅崎のシュートが外れてリバウンドを種花にとられてしまっていた霞草の姿が目撃された。種花は、リバウンドしたボールを掴むとすぐに前を走る航へ
「……あっ! しまった!?」
そうやって気づくと、またミスを犯してしまう。光星は負のスパイラルにハマってしまいつつあった……。観客の方は、扇野原が得点を重ねるたびに大きな声援を送ってがむしゃらに応援を送るだけだ……。彼らの期待を裏切るまいと選手達は、次から次へと得点を重ねていき、気づくと試合開始からたったの2分足らずで点差は……。
――9VS2。扇野原が計8回の守備と攻撃を成功させている有様だ。そして……。
「うおおおおお!」
白詰が、諦めまいともう一度ダンクをしにインサイドへ突っ込んでくるとそれを待ってましたと言わんばかりにがっちりとした筋肉とごつい見た目をした鳥海が倒れたふりをする。その光景を審判は見逃さない! すぐに笛を吹いて白詰を指さし、先生に悪事をチクる優等生の如く高らかに宣言した。
「……チャージング! 青7番!」
白詰のこの試合初のファールだ。これにより、光星の攻撃はここで終わってしまう。彼の無残に手を挙げる姿を見て天河は思うのだった。
――今のは、相手の
そう彼が思っていたすぐ後に、扇野原の攻撃が開始される。――そして、またしてもあっさり3Pを決められてしまうのだった。
「うおおお! 良いぞ。流石、唐菖部! きっちり堅実にシュートを決めにかかるぅ!」
観客も航がシュートを撃っただけでこの反応であった。しかし、明らかに流れを自分達に持って行こうとした天河達は、ピンチに立たされていた。
――第1Q開始からわずか2分30秒程。点差は、扇野原が12の光星が2。差は、歴然であった。
扇野原VS光星
1Q:残り時間7分30秒
得点
12VS2
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