インターハイ直前編

第61話 Gonna Fly Now

 ――紅崎が戻って来た次の日……。


「ふざけるな。今更、お前達が5人揃った所でこれまでの事がちゃらになると思ったのか? 私は、やらないぞ。それだけだ!」


 職員室の中から聞えてくるのは、バスケ部顧問にして天河のクラスの担任――小田牧の声だった。彼女は、職員室の中に入った天河に怒鳴りつけるとそのまま彼を退出させた。職員室から天河がとぼとぼ歩いて帰ってくるとその前には、花車達バスケ部3年生が全員揃っていた。彼らは、真剣な顔で天河を見つめた。彼は首を横に振りなら答える。


「……ダメだ。小田牧先生は俺達には協力しちゃくれないらしい」


 白詰が残念そうに言う。


「そっか……。まぁ、そうだよな」


 その一言に紅崎や狩生など他の3年生達も残念そうな顔をして下を向く。しかし、そんな彼らの様子を見た天河が続ける。


「……でも、それでも俺達のする事は1つ。……扇野原と戦う事だ! 良いか? お前達全員、それぞれ得意な事と不得意な事は明確に分かっていると思う。インターハイまでの残り1ヶ月の間に俺達がすべき事は、体力アップとそして……得意な事をとにかく伸ばす事だ! 白詰だったら、ドライブ。霞草ならリバウンド……狩生は、ゴール下のOFとDF。そして、紅崎は3Pシュート……。とにかく、練習だ! 良いか? この1ヶ月の間に自分だけの最強の武器を身につけるんだ。俺達なら、必ず全国に行ける。……いや、行くぞ!」

















          *


 ――早朝。彼らは、地元の公園の前に集合し、そして一斉に横並びになって走り出した。彼らは、あの向こうに輝く太陽に向かって大きな坂道を上がって行くのだった……。走って、走って、走って……朝の空気の中を5人は走り続けた。そうして、太陽に照らされる5人の背中は強く輝いて見えたのだった……。









 学校へ登校する生徒がちらほら出だす8時。体育館には、1人の男がいた。男は、長い髪の毛を後ろで結んだ状態で3Pラインの外側からバスケットボールが沢山入った籠の隣に立って黙々とシューティングを続ける。


「……紅崎君!」


 そんな彼の元に、1人の女性が現れる。彼女は、紅崎にアセロラジュースを渡す。それを受け取った彼は、一口だけ飲んだ後に彼女の頭を優しく撫でる。


「ありがとな……」


「……うん」


 紅崎は、彼女の頬っぺたにキスをするともう一度、3Pシュートの練習に没頭するのだった。彼がジャンプシュートを放つたび、彼女から貰ったヘアゴムで止められた髪の束が揺れる……。









 ──昼休みになると、1人の男が学校のトレーニングルームを訪れていた。彼は、両手に一つずつダンベルを持ち交互に上げて下げてを繰り返していた。


「49……5…0!」


 男が数えるのをやめると、今度はダンベルを床に置いて、その場でスクワットをはじめた。


 そんな男の事を見ながらトレーニングルームに来ていた他の人々はコソコソと噂を始める。


「おい。アイツ、覚えてるか? 同学年の狩生。不登校だったのに最近、復活したらしい」


「……へぇ。なんか運動でもしてたのか?」


「元々バスケ部らしい。最後の大会が近いからって戻ってきたんだとさ」


「……へぇ。そりゃ凄い」


 彼らの噂話が終わったのと同じタイミングで男のスクワットも終わる。男は、パンパンになった足をさすって床にどっかりと座った。そして大きく息を吐き出すと、再び立ち上がり、今度は腕立ての姿勢を作った。


 噂をしていた者達はその姿に驚いた。


「……スッゲェー」











 ──部活の時間が始まる30分ほど前。まだ体育館には3人程度しか人は集まっていなかった。しかし、彼らは何もしていない訳ではなかった。3人のうち、1人はシュートを。残りの2人はゴールの下でボールが落ちてくるのを待ち構えていた。


 シュートが外れると、ボールはリングとボードをゴタゴタとぶつけ合わせて地面へ落ちて行こうとした。そのボールをゴール下にいる2人の選手が我が物にせんと力強く体をぶつけ合わせ、そして時々素早い身のこなしで相手の体の隙間を針の糸を通すように入り込んで、相手の体をゴール下の枠内から押し出す。


 宙に浮かぶボールを2人の選手が見つめる。そして、それを果敢に求めて手を伸ばす。何処までも何処までも果てなくボールを求めて彼らは追いかけ続ける。


 ――ボールを手にしたのは、前に立つ男だった。


 彼は、片手でボールを持つとそのままもう片方の掌に向かってボールをぶつけるとそれをそのまま両手でがっちり掴み、彼はそのまま着地した。


「……ナイスです! 霞草先輩!これで16回目!」


 男は、コクコク頷くとメガネをクイっと上げた後にボールをその後輩にパスするとすぐにゴールの方を向いて一緒に練習に付き合ってくれている2人に告げた。


「……まだまだやるぞ。練習が始める直前まで今日はリバウンドを取る」


 男は、すぐにもう1人近くに立っていた大きな体の筋肉質な男と共にゴールの下へと歩いて行く。メガネの方の男がソイツの近くで腰を落とした態勢をとると、ボールが放たれる直前に彼は言った。


「……ありがとう。こんな時にも来てくれて」


 すると、もう1人の大きくて胸板も厚い筋肉質な男はメガネの男に向かってにっこりと気持ちの良い笑顔を作って言うのだった。


「……良いよ良いよ。今日は、ラグビー部なくて放課後暇だったし! むしろ、どんどん呼んでよ!」


 メガネの男は、クスッと笑うと同じく笑顔で返した。


「ありがとう。お前が3年間同じクラスの友人で良かった」


「あぁ、けどまぁここまで付き合ってやったんだ。お前が負けるもんか! 頑張れよ」



「あぁ、ありがとう!」



 そうして、2人はその後もリバウンドの練習を続けるのだった……。










 ――部活が終わって外も大分暗くなってきた頃に、公園のストリートコートでは2人の男が睨みあって1on1を始めていた。彼らのうち、ゴールに背を向けている方のヘアバンドが特徴的な男が腰を落として、両の手をだらんと自然に構え、目の前に立つもう1人の男がゆっくりドリブルしているのをじーっと見ていた。彼の目は、地面と男の掌との間を交互に移動し続ける外用のバスケットボール。そのボールは、塗装も剥げていて何度も何度も使い潰されている様子だった。


 男の見つめるボールの弾みに少しだけ変化が訪れる。それは、本当に微細なほんの少しのリズムのズレ……。その音は、少しずつ速さを増していく。




 ――来る……!


 ヘアバンドの男が、足を開いてより大きく構えて次の動きに備える。……右か、左か。どちらに行くのか。男は目の前のボールと選手の姿を見ながら動きを見極め、瞬時に予測をする。



 ――左……!



 ヘアバンドの男は、重心を左に傾けて動こうとする。……しかし、男の片足が完全に一歩左についた瞬間に、目の前のもう1人の男は若干左に傾ていたその体を真ん中に持ってきて一瞬でドリブルしていたボールを持ちだす。




 ――しまった……!?



 男がそれに気づいた時にはもう遅かった。ヘアバンドの男は、左に傾いた重心を元に戻してからシュートを撃とうとするその手を止めようと上にジャンプをしようとする。しかし、それよりも先にボールはリングへと放たれてしまう。そのシュートは3Pラインの若干外側から放られ、美しい弧を描きバックボードに当たってからリングの真ん中にへと吸い込まれていった。


「……クソッ!」


 ヘアバンドの男は、悔しそうにボールを拾いに行くともう1人の男がクールに笑って喋り出す。


「今のは、予測とは言わねぇぞ。早とちりし過ぎだ。お前には、スピードがあるんだから予測でその更に上を行こうなんてするな。……相手の動きをよく見ろ。そして、頭だけで勝とうとするな」


 ヘアバンドの男は、ボールを拾うとそのまま真剣な顔でボールを見つめた。すると、もう1人の男がその様子を見てクスッと笑ってから言うのだった。



「……うっし! じゃあ、もう一本だ。行くぞ! 想太!」















 ――更に遅い時間。自宅にて、1人の男が自分の部屋に置いてあるテレビでバスケットのとある試合を流していた。彼は、テレビで試合を流しながら自分は筋トレをしたり、ボールを手で弾いてみせたりして、試合の映像を集中して見ていた。男が腕立てを1つ終わらせるとそのタイミングでテレビの中では「扇野原」と書かれた白いユニフォームの選手達が得点していた。……彼は考える。



 ――やはり、凄い得点力。特にこのPG。周りの選手達の使い方がひたすらにうまい。……何か、弱点は…………。




 男は、そのまま深夜の遅い時間まで映像と向き合っていた……。



















 ――大会まで1週間をきったある日。体育館では、6人の3年生達が揃っていた。彼らが果敢に汗を流していると、真ん中に立つキャプテンが大きな声で言った。




「次! オールコートの5対5やるぞ!」



「「おぉ!」」


 部員達はパッと5人5人に別れ、青と白のユニフォームをそれぞれ着てミニゲームを始めた。しかし、試合は青のユニフォームを着た方が圧倒していた。





「……狩生! パス!」


 青いユニフォームを着たヘアバンドの男が、大きな巨体に少しだけ暗めの肌をした男から勢いの籠ったロングパスを受ける。ヘアバンドの男は、パスを貰うとそのまま体育館の反対側までDFを抜いて一気に突っ切って、そのまま力強くダンクをかました。青いユニフォームを着た男達は、興奮した様子でハイタッチを始めた……。












 ――早朝のそろそろ学校へ行く準備を始めなければならない時間。5人は、ついに町で一番大きな坂を上り終える。その坂の頂上で彼らは、無邪気に喜んだ。自分達が、ついに坂を上り切ったという事を。そして、来る試合に向けてのイメージトレーニング……自分達が、試合に勝てたというイメージを掴めた事への喜びだった。5人は、またハイタッチをするのだった……。

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