紅崎編②
第57話 夏の大三角
――そして、現在。今日も光星高校の体育館は、賑わっていた。一時期は2人しかいなかったその中には、今や白詰、霞草が加わり、更につい最近になって狩生も少しずつ復帰していった。3年生の復活が続く中で、それまで練習も適当に流す程度にしかやっていなかった下級生達も白詰の影響もあってか少しずつやる気を出すようになり、今では前とは考えられない程しっかりした練習が展開されていた。
「……よしっ! 次、3対3!」
「「おぉ!」」
キャプテンの天河の掛け声を聞き、他の部員達が勢いよく声を張り上げる。そして、部員達は3人ずつコートに出て練習を開始した。
「ヘイ!」
3Pラインの外側をなぞるように走り抜ける白詰がボールを求める。味方の下級生達は、彼の姿を見つけると困った表情から一転。攻めあぐねて詰まっていたボールをすぐに白詰へ渡す。彼は、後輩からのパスをキャッチするとそのままドリブルを開始し、一気にゴールの近くへまで突っ切った。
「……しまった! ヘルプ! 狩生!」
白詰のマークを務めていた花車が、抜かされると共に後ろに立つ狩生に声をかける。すると、ゴールの下で構えていた狩生が一歩前へ出て来て白詰の事だけをじっと見つめる。
「オッケー!」
狩生の気合の籠った掛け声が体育館中に響く。そして、彼はドリブルで突っ込んでくる白詰相手に半歩下がりつつも正面を向き続けた。
「……!?」
その隙を白詰は、見逃さない。彼は、狩生が少し後ろに下がったのを確認するとそのまま猛スピードでゴールへ走り込み、そして狩生の半歩前で止まってドリブルをやめる。
「……しまった!」
狩生も慌てて追いつこうとするが、それよりも白詰の
コート外に立っていた部員達が一斉に声を出す。
「「ナイッシュ―!」」
そして、負けた狩生と花車達がコートの外に出て行くとそこには、監督の代わりに真ん中に立って支持を出していた天河の姿があった。彼は、やって来た狩生に向かって言った。
「……今のは、下がるべきじゃないぞ。向かって行くべきだ。全国の猛者どもは皆、コート上の何処からシュートを撃って来るか分からない。いつでも撃たれないように相手から離れるな!」
「おう……」
狩生は真面目な顔で、それでいて少し暗い顔で返事だけをする。すると、今度はコート側から白詰達がやって来た。天河は、彼らの姿を見ると同じように白詰に言った。
「……お前も攻めのバリエーションが少なすぎる。もっと、周りをよく見ろ。さっきだって花車に抜かれないようなDFをされていたじゃないか。バスケはドリブルやドライブだけじゃないぞ!」
しかし、白詰は狩生とは違いふて腐れた感じで反論する。
「うるせーな。別に良いだろ? 点とれたんだから」
「馬鹿野郎! そう言う事じゃない。相手が全国の猛者たちだったら……いや、もっと言えば扇野原の選手なら、お前のそれが通用しない時が来るかもしれないんだぞ!」
――その時、白詰の脳裏に昨日の航の言葉が蘇ってくる。
「……お前は確かに強い。全国でもお前ほどのドライブをしてくる奴は、なかなかいない。でも、逆にお前ほどドライブに頼りっきりの選手も全国にゃあいない。忘れんな。バスケは、5人でやるスポーツだ。1対1で最強を決めるもんじゃない……」
――同じ事、言ってやがる。
それに気づいた白詰は、すぐに口を閉じて天河の言う事を黙って聞く事にした。だが、彼はそれでも拳を握りしめてふつふつと、これまでの航との練習を振り返っていた。
・
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「今日も俺の勝ちだったな。また、今度やろう。その時に勝てるかもな」
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「……今日も俺の勝ちだったな。まぁ、まだ時間はある。明日またやろう」
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「……また俺の勝ちだ。今日はもう疲れたし終わりにしよう。楽しかったぜ」
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・
――天河、お前マジですげぇよ。俺達と違ってずっと1人で練習し続けて来ただけある。ホント、お前には頭が上がらねぇ……。
白詰は、そんな事を思いながら残りの練習を真面目にこなした。そして、時計が19時を差した時、光星の今日の練習は終了を迎えた。
「今日はここまで!」
「「お疲れさまでしたァ!」」
部員達の掛け声とともに練習は終わる。下級生達は汗だくになった
その体で部室へと向かって行く。その後ろ姿を見守りながら体育館の奥でボールを持った霞草は、下級生達がいなくなったのを確認して早速ボールを弾ませだした。
「……さぁ、今日も居残り練習するぞ!」
彼は、体育館を見渡してそう言い終わると、ふとそこにいる面子に大きな違和感を覚える。彼は、メガネをくいっと上げながら狩生と花車に尋ねた。
「……そう言えば、天河と白詰は? アイツら何処に……」
すると、それに対して花車が答える。
「……白詰は、ちょっと用事があるって言って先に上がったぞ。……天河は大事な話をしに行くと言って出て行ったな…………」
*
――都内に位置する光星高校は、夜になると帰宅中の会社員や仕事終わりの大人達が多数車で通る。そのため、光星の前の道路はバスケ部の練習終わりには混雑している事が多かった。そんな車の光があちこちに煌めく正門の前に1人の女子生徒が立っていた。短いスカートと首にかけられたネックレス、そして金髪に染められた髪が特徴的なその女子生徒は、スマホの画面を見ながら誰かを待っているようだった。……すると、学校の校舎の方から1人の男がやって来る。
「……どうしたんだ? 話というのは……」
男が、正門の外に出ると彼を車のライトの光が照らす。――練習が終わって運動着のままの天河だった。そして、彼が話しかけたその女はスマホを閉じるとすぐに後ろを振り返る。
「……そもそも俺達がこうやって会って話をするなんて言うのは、1年の頃の……そうだな……。紅崎が入院していた頃だったな……。琴吹」
瞬間、車のライトに照らされた向日葵の姿が映し出される。彼女は、下を向いたまま天河に向かって口を開いた。
「……単刀直入に言うよ。天河……お願い。花ちゃんを……紅崎君を…………」
「……」
「紅崎君を助けて欲しいの……」
――刹那、信号の光が赤から緑に変わり車の行列が一斉にエンジンを震わせ、走り出す。瞬く間に天河葵と琴吹向日葵の2人の姿が流れるライトに照らされては消えを繰り返すのだった……。
~その頃~
光星から少し離れた住宅街の奥の小さな公園のブランコに1人の男が座っていた。彼は、夜空に見える星をぼーっと眺めていた。――彼の見る星空には、ちょうど夏の大三角が姿を現し出していた。
――そろそろ、夏か……。
そんな事を思いながら明かりの少ない公園の中で彼はブランコを軽く揺らしながら空に浮かぶ大三角の真ん中に向かって右手を軽くスナップさせていた。――しかし、当然男の手にバスケットボールはない。彼は、ただシュートの構えをとっただけだった。
そんな時に、男は聞き覚えのある奴から話しかけられる。
「……よう。やっぱここにいたか……」
男が、ブランコに座ったまま顔だけを横に向けるとそこには公園の明かりに照らされた白詰の姿があった。彼は、しっかりと制服に着替えており、その手には今日の練習で使ったバスケットボールがあった。白詰は、そこからゆっくり歩いて男に近づいた。すると、ブランコに座る男が尋ねてくる。
「どうして、ここだと分かった?」
「簡単だ。お前は、中学の頃から何かあるとすぐここに来て1人で星を眺めてる……。お前の事はあんまり好きじゃなかったけど、これでも元チームメイト。色々知ってんだぜ? …………紅崎」
ブランコに座る紅崎と歩いて来る白詰の目が合う。彼らはお互いにあまり良い表情をしないでも、それでもお互いに一言も喋らないで黙って2人でブランコに座って話を始めた。
「……何しに来た?」
紅崎がそう告げると、白詰はボールを持った状態で夏の大三角の真ん中に向かってシュートを撃つと、そのスナップした手でボールをキャッチし空を見上げたまま喋り出した。
「……単刀直入に言うぜ。紅崎……俺に、シュートを教えろ」
紅崎は、それだけ聞くと自分のその長い髪を前からグシャっと持ち上げた状態で咄嗟に夜空から目を離し、そして白詰の横顔を見た。
「……んだと!?」
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