第55話 初々

「……」


「……」



 看護師がいなくなってから数分。2人は病室の中でお互いに顔を合わせたりもせず、黙ったままだった。


 ──いや、ていうか来てくれたのはすげぇ嬉しいけど話す事がなんもねぇ……。どうすりゃあ良いの? あれ? てか、女と話すのってこんなむずかったか?



 紅崎は、何度も布団を握りしめあちこちを見て考えていた。そして、ひとまずお礼を言おうとしたその瞬間だった。


「あっ、あの!」


 急に裏返った甲高い声を出す向日葵にビビって紅崎は、戸惑ってしまう。


「ひゃい!?」


そんな彼の甲高い声に少しだけ驚きながらも向日葵は、頬を赤らめながら紅崎の顔をチラチラ見て言うのだった。


「……この前の試合見て……たよ。その、すっごくカッコよかったし……そのなんというか…………」


 彼女は、嬉しそうにしつつも紅崎の足のグルグルに巻かれた包帯を見て、言いにくそうに彼女は慎重にゆっくり口を開いた。


「……終わって欲しくなかったです。それ位、紅崎君がバスケをしているのを見ててなんだか楽しかったし、凄いなぁと思いました。だから、全部が終わった後にこうして病院に運ばれたって聞いた時、ショックだったんです。だからその、私……」


 彼女は、自分の胸元で両手をギュッと握り、そして緊張した感じで、もじもじしながら紅崎と彼の寝ているベッドと自分の足元の間の黒い影とを交互に見ながら紅崎の様子を伺うような感じで座っていた。


 ――そんな向日葵の本心を聞いた紅崎の方は、口をポカンと開けて今のこの状況に困った様子で、しかし嬉しかったからか心の中の凍り付きそうになっていた思いが少しだけ溶けて、それと共に彼は自分の瞳の中が潤いだしたのに気づき、意識的に瞬きをする。


「ありがとう。……そう言う事を言ってもらえたのは初めてなんだ。……えっと、同じクラスの琴吹さんだよね? ちゃんと話した事ないから入って来た時、少し緊張しちゃってて……。でもまぁ、そう言ってもらえてよかった。ありがとう。それでその琴吹さんはさ……」


 紅崎が何かを言おうとした寸前、向日葵は嬉しそうな顔を浮かべながらも紅崎が話出すよりも前に言った。


「ひっ、向日葵で良いです! 一応、同じクラスだし、それに中学だって……」


「ん? どうした? 中学がなんだって?」



「……あっ、いやなんでもないよ!」


 向日葵が慌てた様子で自分の髪の毛の先を人差し指に絡めるように巻いてそう言うと、紅崎はコクコク頷いて反応をする。


「……そっ、それで何かな? 何か、言いたい事があるんじゃ……」


「――――え? あっ、あぁ。えっと、いやその……琴b、じゃなくて向日葵……さんはさ、バスケとかって興味あるの?」


 その問いに向日葵は、即座に口を開く。



 ――あなたに興味津々なの!


 そういう言葉が出かかって、寸前でなんとか止める。そして、彼女は昔読んだバスケットに関する分厚い本の内容やちょっとだけ見ていた試合の映像を思い出しながら話し始める。


「……えーっと、まぁ昔ちょろっとだけ見た事ある程度かな。テレビでNBAやってて」


「おぉ! 良いじゃん良いじゃん! NBA! 何の試合だった?」


 彼女は、あの日録画した試合の事を思い出そうと頭を回転させる。


「……えっと、レイカーズ? のコービー……なんとかって人の試合だったっけ……」



「……おぉ! コービーか! すげぇよなあの人。ボールを何処までも追いかける所とか、速いし、シュートフォームもカッコいいし、ネットを潜るまでが滑らかだし……。そっかぁ。良い選手の試合見たなぁ……」



「……そっ、そうだね」


 彼女は、かろうじて紅崎のバスケトークについていけていた。



 ――良かった。中学の頃、いつか紅崎君と話す機会があったらって時のために試合見たり、本で勉強しといて本当に良かった……。夢が叶ったよ過去の私……。





 2人は、そのままバスケについて話を続けた。――まぁ、ほとんど紅崎が話をして向日葵がそれに頷くなり、反応する。それだけだった。……それだけだったが、それが向日葵にとって、そして紅崎にとっても嬉しかった。



















        *


 しばらくして、看護師が1人紅崎の病室に入って来た。看護師は一言、そろそろ面会時間終わりだよと伝えて、部屋を出て行った。それを聞いて、向日葵は立ち上がり、鞄を肩にかけた。


「……それじゃあ、そろそろ。その……行くね」


「あぁ、うん。分かった」


 ここへ来て2人の間の雰囲気は一気に初々しい緊張した感じに戻る。紅崎はそわそわした様子で彼女の事を見て何か言いたげな顔で向日葵の制服のポケットに入った水色の紙を見つめた。


「…………」


 彼は、少しして向日葵が病室のドアに手を伸ばした所で声をかけた。


「あのさ、そのカーディガンのぽっけに入ってる紙さ。……手紙、だよね?」


「!?」


 向日葵は、ドキドキしながらゆっくりと紅崎の方へ振り返って彼の事を見つめた。


「あっ、いやその……誰宛ての手紙なのかなぁってちょっと、気になっちゃって……」


 彼が、そう言うと向日葵が咄嗟に口を開いた。


「友達同士で交換してるのだから気にしなくて良いよ!」


「……」


 向日葵がそう言うと紅崎はポカンと彼女の事を見つめていた。――この時、何気に2人の視線は合わさっていた。お互い、ボーっとしながらもその何気ない瞬間に見つめ合い、そして咄嗟に照れくさくなった2人はやめ、すぐに向日葵がドアを開けて帰ろうとした。


「ごめん。じゃあ、もう帰るね。お大事にね」


 彼女がその場からいなくなろうとしたその瞬間、紅崎はベッドをガタンと震わせながらも彼女に迫る勢いで話しかける。


「あっ、あのさ! その……今日は、楽しかった。だから、また明日ももしも来れたら……来て欲しい」




 その言葉に向日葵は、紅崎の方を振り返らないまま体を震わせた。そして、紅崎の方を振り返って彼女は、心の底から嬉しそうに喜びの感情を溢れさせるかのようにニッコリ笑って彼女は返事を返した。


「……うん!」








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