第54話 入院
――数日後……。学校近くのとある病院に紅崎は送られる事になった。医者曰く、彼の足は折れていた。というのも、既にひびが入っていた状態でバスケットを続けており、それが最後の渋谷との接触によって悪化。結果的に骨折してしまった……。医者の判断により、彼はひとまず1ヶ月の入院を命じられる。
その1ヶ月の間、紅崎は病室で1人。ボーっとする事が増えた。あの渋谷との接触は、上級生チームの連携によってうまい具合に小田牧の目を欺けており、証拠もなかった事から結局彼の怪我に対してその場で叱られる事はなかった。一年生達は、それでもと思い小田牧に何度も話を持ち掛けた。その結果、小田牧はインターハイを一年生中心に戦う事を部員達に伝えた。これは、多くの上級生達に衝撃を与える事になる……。
――ある日の事だった。紅崎の病室に天河と花車がやって来る。2人は、紅崎の寝ているベッドの近くのもの置きに週間バスケットという雑誌と林檎を3つ置いた。
「……紅崎! 元気にしてるか~?」
花車は、にこやかな笑顔で爽やかにそう言う。すると、天井をぼーっと眺めながらバスケットボールを人差し指の先で回していた紅崎が花車の事に気づく。咄嗟に作り笑顔を浮かべる紅崎。彼は、もの置きに置かれた雑誌を眺めて、花車達にお礼をした。
紅崎の入院が決まってから定期的にバスケ部一年メンバーはお見舞いに来るようにしていた。特に天河と花車は、よく顔を出していて3人はよくバスケ関連の雑誌を買って持って行くという事をやっていた。
*
「……ホント、いつもありがとうな。2人とも」
そんな紅崎の言葉には覇気が感じられない。入院生活が始まってから彼は、基本的にいつもバスケットボールを指で回しながらボーっとしているだけだった。
「…………」
天河と花車は、そんな彼の姿になんとも言えぬもどかしさを感じる……。と、しかしここでふと、天河は何かを思い出したような顔をして自分のリュックを漁りだす。彼は、リュックの奥へガサゴソ音を立てながら手を伸ばし、そしてついに何かを掴み、それを紅崎へ見せた。
「……?」
ボーっとしていただけの紅崎が天河の見せたくれたものに気づき、それを見る。彼は、ポカンと口を開けたまま何も言えずに天河の掌の上から視線を離さないでいた。
天河は紅崎の反応を見て、にっと笑ってそれを紅崎のベッドの布団の上に置き、言った。
「……今日、ユニフォームを貰ったんだ。すげぇぞ! 一年生全員がベンチ入り決定だ!」
「……俺も皆と一緒にベンチ入りできたんだ!」
花車が、嬉しそうに自分の青と白のユニフォームを紅崎に見せて言うと、彼はひとまずコクっと首を上下に振って反応だけする。
「……え? でも、これは…………?」
紅崎は、手を震わせてその青と白の布に手を伸ばし出した。彼は、そんな一年生達の中で唯一入院をしていて練習にさえ参加できていないという事を嫌という程感じていたからこそ、どう反応して良いのかが分からなかった。――青と白の布を見つめて固まる。
すると、花車が言うのだった。
「……それは、お前のだよ。先生がお前用にって、俺達に渡してくれたんだ」
それを聞いて初めて紅崎は、青いユニフォームの真ん中に大きくプリントされた数字を見た。
――15番。
それは、バスケットの背番号の中でも最も後につけられるとされる番号だった。通常、バスケの背番号には当然様々な意味があり、例えば1~3番はほとんどのチームで使われなかったり、4番がリーダーの番号で、7番がエース番号だったりする。背番号15とは、所謂控え選手の番号なわけで、それもベンチ入りしている選手の中でも一番最後に指名される選手の事を指す。
「…………」
紅崎は、ユニフォームをギュッと抱きしめて天河達に告げた。
「俺、絶対インターハイまでに足治すから! ……だから、その時まで絶対待っててくれよ!」
「……うん」
「あぁ……」
*
その日の夕方。紅崎の病室に1人の看護師が現れる。
「……紅崎花君。体調の方は、大丈夫?」
看護師の女は、紅崎の所へ駆け寄って彼の手を優しく握りながら問いかける。
「……あぁ、はい。平気です」
「うん。なら良かった。じゃあ、今17時だから18時にまたご飯とか持って来るからね。もうちょっと待っててね」
「……はい」
紅崎の薄い反応を見て、看護師の女はゆっくりと手を離し、部屋から出て行こうとした。彼もそんな看護師の後姿をぼーっと眺めていたが、突如ドアを開けた看護師が廊下から目を離し、紅崎の方を振り返った。
「花君! 同級生の子が来てるよ」
「……え?」
突然の事に少しだけ間の抜けた返事をしてしまった紅崎は、看護師の後ろを興味津々に見ようとしたが、ふととある事を思い出す。
「……いや、でも今日はもう天河達と会ったぞ」
すると、看護師の女は何処か嬉しそうに紅崎に言った。
「……違う違う。女の子よ!」
「…………?」
彼は、首を傾げてドアの向こうを見続けた。すると、看護師の後ろから光星女子の制服を着た女が彼の前に現れた。
「……え」
紅崎は、突然の来訪者に少しだけ驚いた様子で固まってしまう。――少女の事は、知っていた。否、知らないわけがなかった。染められた髪、わざと着崩された制服、カーディガンのポケットの中からチラッと見える水色の紙……紅崎は、全て知っていた。
「……向日葵…さん」
それは夢にも見なかった出会い。
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