第52話 上級生VS1年生⑤

 ――くそっ! 何かおかしいぜ……。あの人達、絶対……。



 紅崎は、DFの渋谷を見ながら考えていた。さっきのDFで、彼は明らかに違和感を覚えていた。その証拠に彼の肩は未だに痛んでいる。今までのプレイを見て、これが明らかにおかしい事は明白だった。――しかし、彼にはまだその証拠が分からない。




 ――分からないなら、1つだけ試してみるか。……よしっ。集中しよう。




 紅崎は、舐めまわすような嫌な顔をする渋谷を睨み、そして走り出した。彼が走り出したのと同時にボールを持っている天河も動き出した。




 天河は、右へドライブをしかける。DFの草野は、それに対応できずそのまま抜かされてしまう。そして、天河はすぐさま草野の後ろでシュートの形をとり、そのままジャンプをする。




 しかし、天河がジャンプシュートを放とうとしたその瞬間、先程抜き去ったはずの草野が走って来て、後ろからかなり強引にジャンプして天河の右の掌の上に乗せられたボールを奪いにくる。



「……いってぇ!」



 天河は、草野のあまりのあたりの強さに驚き、そしてシュートをするタイミングを逃してしまう。



 ――やべぇ……。ダメだ。もう体が地面につきそうだ。このまま撃っても間違いなく外れる……。




 彼が、そう思っていたその時だった。左から走って来る仲間がいた。



「……葵!」


 紅崎だった。天河は、とっさに紅崎へパスを出し、その後着地してすぐにゴールの方へと走り出した。


 紅崎は、そんな天河の事をチラ見だけするとすぐにシュートフォームを作り、撃とうとした。



「……やらすかぁ!」



 それを見ていたDFの渋谷は、当然勢いよく紅崎の方へ襲い掛かるように前へ飛びあがった。――だが……。





「……しまった!? フェイク!」



 紅崎は、すぐにシュートの構えをやめてドリブルを始める。ジャンプしたまま渋谷を抜き去ると、そのままフリースローラインの中へ侵入ペネトレイトした。そして、彼がゴール下に向かって走っていると当然前から巨体を持つDFが2人寄って来る。




「……撃たせん!」



 185を超える巨体とマッシブな体を持つ男、黒川と180超える巨体とサラサラした髪に茶髪が特徴的な男、山口だった。2人が、紅崎の事を止めようと猛スピードで彼に近づいて来ると、紅崎はすかさずドリブルしていた方の手で前にパスをだした。



「……何!?」



 DFが驚いているとすかさず、今度は紅崎がゴールから離れた所へ向かって走り出す。そして、紅崎のパスしたボールはゴール下まで走り込んでいた天河の元にやって来る。



「ナイスパス!」


 天河が、そのボールを持ってすぐにゴール下のシュートを撃とうとジャンプをした。――その瞬間だった!





「……まだもう一人いるぞオラァ!」


 今度は、天河のシュートを撃たせまいと同じくゴール下に走り込んでいた森田が真っ直ぐ手をあげて天河のシュートをはたき落そうとしていた。天河の身長は、一年生チームのメンバーの中でも最も小さい。僅か、164cm。それに対して森田の身長は172cm。その差は飛んでいなくとも明らかだった。

 上級生達は、勝ちを確信した。――だが……。




「何!?」


 飛んでシュートを撃とうとしていた天河は、既に撃つ事をやめていた。彼は、すぐさま動きを切り替えて、ゴールから離れたDFの誰もいない空白の場所にパスを出した。




 ――バカな! そこには誰も……!?



 森田が驚いた顔でそう思っているとその時、有らぬ所へ投げられたはずのボールをキャッチする者が現れる。





「……そんな! なんで、そんな所へいやがる!? 紅崎ィ!」


 紅崎は、天河からのパスを受けてすぐにドリブルを始める。しかし、そのドリブルはよりゴールに近づくためのではなかった。彼は、ゴールから下がって3Pラインの外側。0度の位置からシュートの態勢をとった。





 ――なんだと!? そこは、一番入りづらい場所! わざわざそんな所へ行くなんて!






 バスケットのシュートの成功率は、他のスポーツにも類を見ない程に低い。そして、それは距離や撃つ場所によっても変わって行ってしまう。


 特に成功率が低いのは、0度の位置の3Pラインの外側だろう。0度の位置とは、所謂、バスケットコートの一番端っこ。ゴールの真横だ。バスケットのシュートは、通常リングの後ろのバックボードを狙って撃つのが基本だ。そこに当てながらリングにボールを入れていく。これがバスケットの基本のシュートの入れ方である。しかし、0度の位置はリングの真横。つまり当然、バックボードなんてものは存在しない。これだけでもシュート成功率は大きく下がってしまう。ましてや、3Pラインの外側ともなれば、距離も遠くて余計に狙いにくい。



 そんな所であると分かっていながらも紅崎はわざとドリブルで後ろに下がって3Pラインの外側にやって来るとそこでドリブルをやめ、シュートの構えをとった。





「……撃たすかァ!」




 紅崎が、ジャンプして3Pシュートを放とうとしたその瞬間だった。向こうから物凄い勢いで渋谷が走って来た。――彼は、まるで突進しに行っているようなスピードと勢いで紅崎へ近づき、そして彼のシュートをブロックした。




「……何!?」



 天河達は、それを見て驚いていた。……がしかし、渋谷はただ紅崎のシュートをブロックしに来ただけではなかった。彼は、そのまま目の前で飛んでいる紅崎に凄まじいパワーでぶつかり、そのまま飛んでいる紅崎の体を地面に叩きつけた。





 ――刹那、コートの端から笛の音が鳴り出し、審判をやっていた小田牧が尻餅をついていた紅崎とその前に立つ渋谷の元へ駆けつける。彼女は、口からホイッスルをとると告げた。



「……DFファール! フリースロースリーショット!」


 会場は、当然湧いた。特に女子達のヤジや声援がやはり大きかった。




「……酷い! 紅崎君が可愛そう!」


「大丈夫! 紅崎君!」



 彼女達が様々に声を発する中で、紅崎はぶつかった渋谷の顔を少しだけ下から覗き込むようにして見る。――すると、彼は口元を吊り上げ笑っていた。彼は、この瞬間に上級生達の狙いが何か理解した。





 ――やはりか。……狙いは、違反行為ラフプレー。特に、今回標的にされているのは、間違いなく……俺だ。



 紅崎は、舌打ちをしながら立ち上がり、そしてフリースローラインの方へと歩いて行った。





「……紅崎?」




「……紅崎君?」




 紅崎のフリースローラインへ向かう後姿を見て、ベンチにいた花車と、そして上から見ていた向日葵は何かをそこから感じ取るのだった……。

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