紅崎編①

第40話 スリーピース

 ――後、一人か……。


















         *




「……よーし! 練習始めるぞ!」



「へっ、へーい……」


 その日、光星高校男子バスケ部は、賑やかだった。天河は、体育館にやってきてすぐに周りの部員達が汗だくになっている事に気づく。


「……お前ら、どうして既にそんな疲れているんだ?」


 天河は、体育館の床に座って水をがぶ飲みしている後輩たちに尋ねる。


「……え? あぁ、その……まぁ、色々あって……」

 後輩の一人、霞浦が汗を拭き取りながら答える。――すると、向こうから2人の男がやって来て、天河に話しかけてくる。


「……おせぇぞ。天河。遅すぎて俺も霞草も既に練習始めちまったぜ!」


 頭から流れ出る汗をタオルで何度もごしごし拭き取る白詰が、水を口いっぱいに運びながら言うのだった。――霞浦は、そんな白詰の姿を見て恐れをなしたようにその場から立ち去って行く。



「……ふっ、バカめ。僕は、まだまだ疲れなんぞ感じてすらいないぞ。汗だって君に比べても全然掻いていないだろう? ……ふっ、僕の勝ちだ」


 霞草は、必死に汗を拭き取りながらメガネをくいっとしてみせる。



「……お前、マジ頭は良いのに昔っからバカだよな」




「……なんだと! 白詰、貴様……」


 霞草は、隣の白詰を睨む。――白詰は、そんな彼の姿を見る事もなく地面に落ちたボールを拾い上げて天河に言うのだった。




「……やるか。今日も」





「…………あぁ」


 天河が、ボールを弾ませながら周にいる部員達に声をかける。




「……よし! やるぞ!」


 男達は、走り出した。




「……次! 一対一!!」


「「しゃあ!」」








「……次! 2対2!」


「「うい!」」



 後輩たちは、突如として盛り上がりをみせた天河達3年の姿を見て驚いていた。



「……なんだか、パイセンといい、キャプテンといい……最近、すげぇ気合入ってるよな」


「……ほんとな。しかも、最近なんか知らない人、入って来たよな……」



「あぁ……霞草先輩って言うらしいな。なんか、今までいなかったらしいんだけど……」


 3人の後輩達は、霞草の姿をジーっと見ていた。――すると、ちょうど彼がゴールから零れ落ちてくるリバウンドボールを空中でガッシリと力強く掴んで、地面に自分の足を叩きつける様にして着地する。


 その見た目とは少しかけ離れた豪快で、だけど何処か繊細さも感じるプレイを見て後輩達は、そのうち囁き合う事をやめて、コートの真ん中へと走り出していたのだ……。












 ――いいぞ。順調だ。……このままいけば、今年こそは……。




 天河は、そんな部員達の様子を見ながらホッと一息だけついていた。……少しして、彼は体育館の方から目線を外して、外を眺め出す。











 ――アイツらも、今頃……。













           *



「……どうした? 狩生。もう限界か?」


 外を走る2人の男の姿があった。――1人は、背の小さくて、首元にタオルを巻いた花車。そしてもう1人は大きな体をしていて、ぜーはーと呼吸を大きく乱れさせている狩生の姿があった。

 狩生は、とても気持ち悪そうな顔色で膝に手をつき、道の途中で今にも何か出てきてしまいそうな口元を抑えて、かがんだ姿勢で立っていた。その姿に流石の花車も心配したような顔で近くの自販機とベンチを探しだす。


 花車としては、今日のランニングはこれで終わりにしようと思っていた。否、終わりにするべきなんだと考えていた。運動を再開してまだ間もない狩生にあまり無理をさせるのは、彼としても良くないなと思った。……だから、彼は狩生に手を差し伸べて、休憩所まで運ぼうとした。




「……」


 しかし狩生は、その手を払いのけてコンクリートに向かって咳込んだ。




「……おい。狩生…………今日は、もうこれで……」



 花車が、もう一度手を差し伸べる。だが、やはり狩生は無言でその手を払いのけてしまう。




「……狩生」




 花車は、狩生が話し出すまでじっと待った。――すると、その気遣いすらも嫌だったのか、狩生は呼吸が整い終わる前に大きく口を開いた。






「……学校までの距離は…………?」


 狩生の声は、荒い呼吸のせいで聞き取りづらい。だが、花車はそれでも素早くスマホをだして言うのだった。





「……まだ、半分以上残ってるけど…………」


 狩生は、今にも吐いてしまいそうなその衝動を全力で止めながらベンチから目を逸らして、ゆっくりと前を向いた。







「……行くぞ。まだ、先は遠いんだ……」




 それだけ言うと、狩生はペースの落ちきった足を必死に上げて走って行った。……その後ろ姿を見て、花車もコクっと頷いて彼のペースに合わせて隣を行くのだった。






















       ~その日の夜~




 深夜の町をうるさいバイクの音が稲妻の如く走る。そのライダーは、ヘルメットなどはしておらず、ただ自由に道の続く限りといった感じに突き進んでいた。彼の後ろには、もう1人、女が座っていて、彼女は男にくっつくように手をまわして、道路を突き進んだ。――すると、そんな彼らの後ろをついていくように他のバイク達が一列に走っていた。彼らは、先頭を走る2人を見て言い合うのだった。



「……おい! なんか最近よ! リーダーのバイク、スピード早すぎねぇか?」





「……あぁ? 何だって!」




「だぁかぁらぁ! リーダー、早くね?って言ってんだよ!」




「あぁ! なるほどねぇ! 確かになぁ! 何かイライラする事でもあったんだろうさぁ!」




「あぁ? なんだってぇ!」





「……てめぇ! もう二度と乗ってる時に話しかけてくんじゃねぇぞ! オラァ!」



「あぁ?」




 そんな2人の話を聞いてか、さっきまで前を走っていたその2人が、スピードを落として、彼らの近くにまでやって来て、言うのだった。



「……お前ら、喧嘩はよせや。今くらい、風を感じろ」



「……さーせん!」


「……申し訳ないっす!」




 2人が、そう言うとリーダーと呼ばれているその男は、コクコクと頷いてから全体を見渡して言うのだった。



「……うしっ! お前らぁ! 今日は解散だぁぁ! あんまり遅いと、お袋にいらねぇ心配かけちまうだろうからなぁ! ほら! とっとと解散!」





「「うっす!」」




 こうして、彼らはまるで都会の町のスクランブル交差点のように散り散りとなって、それぞれ帰って行った。――全員がいなくなったのを確認すると、今度は2人乗りをかましていたリーダーも、少しずつスピードを緩めて行って、その場に止まった。……そして、後ろに乗る女に降りるよう指示をし、彼女が降りるのを確認すると言うのだった。




「……一緒に乗ってると、ノーヘルで捕まっちまうからよ。今日は、まだ遭遇してないけど、これから察のいる辺り通ってくからな。……家は、ここから近いだろ?」





「うん……」





「……じゃあ、俺はもう行くぜ。今日も楽しかったよ。また明日、会おうな。……じゃっ」



 そう言うと、男はやはりヘルメットなしでバイクを走らせた。……その光景を見ながら女は、ポツリと1人で男の後姿を見ているのだった。







「…………バカ」



 女は、それだけ言うとバイクの姿が完全に消えきるまで見つめ続けた。




















 男がバイクを走らせて、やって来た場所は家ではなかった。それは、学校の中。外においてあるたった一つのバスケットゴール。そこへ、男は来ていたのだった。


 彼は、バイクの椅子をあげて、その中から1つのボールを取り出すと、それを軽く二、三回弾ませてゴールを向いた。




 そして、リングの先を睨みつけるとそのまま、ボールを片手であげて、そして高く飛んで、ボールを放つのだった……。




「…………」





 ――その美しいフォームから放たれたボールは、空中で虹のアーチを描くように飛んでいき、そしてリングの先へ吸い込まれるように落下する。









 ――ガコンッ! とボールとリングの先がぶつかる音が男の耳に入って来る。……ボールは、奇跡的にその後、男の元まで戻って来て、そして地面を転がるボールを男は拾い上げると、そのまま溜息をつくのだった。










「はぁ…………」






 大きな溜息が、夜の学校に響いた。――その後も、男はシュートを撃つが全て入らなかった。次第に、男は嫌気がさして、同じく持ってきていた煙草の箱に手を伸ばし、そして息を切らしながらも煙草に火をつけるのだった……。

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