第41話 太陽と三日月

      〜中学時代〜



 ──それは、とある試合での出来事。




 東村中学は、この日。Cセンター、狩生の4つ目のファールとPFパワーフォワードの霞草の捻挫が災いして、大変な状態となっていた。試合は、点差こそ圧倒的東村有利だったが、それが今傾こうとしている。

第3Q後半。とうとうそれは点差にも影響が出始めていた。



 ──ユニフォームの汗を拭きながら、白詰がスコアボードを睨んだ。



「……おいおい。いよいよ10点差だぞ。たった、2分の間に20点差から10点差って……」


 そんな彼の隣でもう1人、膝に手を置く航の姿があった。


「……まずい事になってきたね。このまま後、15分間の間、逃げ切れるとは思えない。何か手を打たないと……」


「……ったく、霞草の野郎。な~にが、勉強中にバク転がしたくなっただよ。アイツ、やっぱバカだろ? なぁ、航」



「……あ、あはは」



 そうは言っても、彼ら2人の体力はかなり消耗していた。今回の試合、狩生と霞草という高身長2人が欠席なのは、東村としてはかなり痛い。なぜなら、リバウンドがとれないからだ。


 ――リバウンドとは、外れたシュートがゴールからコートへと落下してくるボールの事で、バスケットにおいては最も重要な要素の一つである。例えば、自分の味方がシュートを撃って外してしまった時に、そのボールを別の味方が拾って、より近くからシュートを撃ったら2点になるだろう。こういった、落ちてくるボールを取る作業をリバウンドという。




 ――ある選手は、その昔。リバウンドを制するものは、ゲームを制す。という言葉を残した程だ。それくらい、この”リバウンド”は重要である。









 航は、額から流れおつる汗を手で拭く白詰を見て言った。


「……けど、対策と言っても……やはりリバウンドが取れないんじゃ。ダメだ。今の俺達は内側インサイドが弱すぎる。外から攻めると言っても、そんなの……相当自身のある奴じゃないと……」



 すると、そんな航の隣からひょっこりと天河が顔を出した。


「……それなら心配する必要はないな」



「え……?」


 彼が、そっちを見てみると天河は続けた。




「……対策なんてわざわざする必要はない。もう次にする事は決まってある」



 航は、顔中に「?」を浮かばせていた。――そんな彼の事をチラッとだけ見て天河は、前を見続けながら言うのだった。



「……そうか。お前は、今回の試合が初めてだったもんな。なら、知らなくて当然だ。……だがな、覚えとけ。俺達は、インサイドだけが取り柄のチームじゃない。簡単に狩られるようなチームじゃないのさ……」




 ――天河は、そう言うとドリブルを始めた。チームメイト達はそれぞれの位置につき、そこで様子を見ていた。その中で航は1人。不安を抱き続けていた。





 ――とはいっても、どうするんだよ。……インサイドだけじゃないって。外から撃てる奴なんて他にいたか?




 彼は、必死だった。……とにかく、まず自分が動かないと。といって彼は、ジタバタと動き出す。



 しかし、彼が動くたびにDFディフェンスは、それを邪魔するように彼の動きを塞ぐ。




 ――クソッ! 想太君も止められてる! これじゃあ、どうしようもない。……あぁ、くそっ!





 そんな時、天河は普段通りのドリブルをして冷静に静かにコート上の状況を見極め続けていた。――そして、彼の目の黒点が一番右にまで移動しきった所で、天河は咄嗟にドリブルを変える。今度は、足を大きく開いてボールを股の下で通すような感じだ。



「…………」









 ――そして、咄嗟に天河は自分の股の下を通っていたバスケットボールをそのまま後ろへと飛ばした。




「え……?」



 ボールは、天河の後ろの逆側のコートへと移動していく。




 ――そこには、誰もいなかったはずじゃ……。



 航は、口をあんぐりと開けて、後ろへ飛んでいくボールを追いかけようとした。





 ――こんな時に初歩的なミスしやがって!




 航は、走り出そうとした。――しかし、時既に遅し……。彼が飛び出そうとしたその瞬間、航は気づいてしまった。








 ――そこに、既に別の誰かがいた事を……。





 ――ガシッ! と音をたててその男は、天河の手から飛んできたボールをキャッチする。




「……良いパスだぜ。天河」



 男は、そう言うと流れるようにシュートフォームを作って、左手の掌にボールを乗せて、高く上げる。……それから軽くジャンプをし、リングの先を真っ直ぐ見つめて、ゆっくりとその左手を伸ばしていく……。航の目に男の坊主頭が昇る太陽のように見えだす。





「……お前こそ、良いフォームだぞ。紅崎あかざき



 天河は、そう言うと自分の足を誰もいない逆サイドに向けて、後ろへと歩き出した。

 その刹那に、紅崎の手からボールが離れて行き、空中に美しいアーチを描くように飛んで行った。……その虹は、土砂降りの病んだ後の空のように音もなく、ネットの中心へと針に糸を通すように吸い込まれていき、会場はそんな彼の3Pスリーポイントシュートの芸術に圧倒されたように生唾を飲み込んで、見入っていた。



 ――東村のスコアボードが3回、チカチカ光って変わる。審判もそのあまりの美しさに気をとられていたのか、慌てて三本指を下におろした。そして、その瞬間に会場は熱狂の渦に包まれるのだった。



「……凄い! 紅崎くーん!」

 会場の端からも同じ学校の女子生徒が桃色の歓声を上げていた……。



 そんな中を白詰が航の元へまでやって来て、一緒に並んで逆側のコートへと走っていく。彼らは、前方に見える天河と紅崎の後姿を見ながら話す。


「……悔しいけど。航や、このチームで俺より得点力のある奴は、あの野郎だ。紅崎花あかざきはなつってな。ボールを持たせると無限にシュート撃ってるようなバカでな。……よく俺は、アイツと点数勝負してるんさ。……まぁ、今日は今の所、俺の勝ちなんだけどよ!」


「……あれが、うちのチームのシューター……」




「……そう。そして、覚えとけよ。俺とお前がFフォワードでコンビやってるように、アイツらも相棒同士なんだよ。Gガードコンビだな」



「……どういう事?」



「……おいおい~。航、お前さっきの見てなかったのかよ? あの二人は、いつもあぁやって、俺達がダメな時にタッグを組むんだ。……葵が、キレのある素早いパスをさばいて、花がそれを長距離から撃つ。俺達みたいな攻撃重視の戦い方じゃないけど、バランスの取れた良いコンビプレイさ」



「…………」



「……ホント、頼むから俺より目立つのだけは、勘弁してくれよなぁ~。じゃないと、推薦貰えなくなっちまうだろ……」




「……フフッ」



 そうして想太と航は、それぞれ別々の場所へと移動し、DFの構えを取った。お互い、体力的には限界だったが、しっかりと腰をおとし、次の攻撃に備えるのだった。


 その間に、彼らより少し前に並んで立っていた天河と紅崎は、お互い同じ選手の事を鋭い目で睨みつけるように見ながら、お互いに手を伸ばす……。






 ――バチッ! と強い音をたてて天河と紅崎はお互いに肘をクロスさせるように叩き合う。











 そして、この試合は紅崎の3Pシュートによって無事逃げ切る事ができ、勝利する事が出来たのだった……。


















         *



「……オラァァァ!」


 ドスの利いた声と共に長髪の男が、他校の生徒を殴り飛ばしていた。――彼の周りには、沢山の他校生が顔中血まみれになった状態で倒れていた。


 男は、殴った方の手を擦って、一息つく。…すると、そこに聞き覚えのある人の声が聞こえてくる。




「……お疲れさまっす! 紅崎の兄貴」


 その男は、タオルを持って紅崎に渡した。



「……おう。サンキュー」


 彼は、それを持つとすぐに首元を拭きだす。すると、そんな彼に向かって男は少年のようなキラキラ輝くような瞳で言うのだった。



「……今日も凄かったっす! 兄貴に歯向かってくる奴らぁ、みんなボッコボコにしちまうんだもん! 俺達じゃあ、まだ5人も相手にできねぇ!」





「……あぁ、そうだな」


 紅崎は、興味なさそうにそう言って、タオルを返すと男に言うのだった。



「……お前、ちょっとこれで酒買って来い。今日は、バーボン飲みてぇ気分なんだ。行ってこい」




「はいっす!」



 男は、元気よく返事をして走っていく。……その姿を紅崎は少しだけ暗い瞳をして見つめ続けているのだった……。




 彼は、しばらくして左手を空高く上げて掌を捻った。……しかし、すぐに形態が鳴っていた事に気づき、それをやめてしまう。






 ――向日葵からか。




 紅崎は、の元へと向かうのだった。

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