第34話 狩生少年へ

       〜1年の春〜



 桜の花が舞い散るある日。彼らは、全員揃って同じ地へ集まれた事に喜んでいた。


「……-天河、こんな所にいたのか」


 入学式の後、天河と白詰の2人は看板の前に立っていた。そんな彼らの元へ3人の仲間達が現れる。



「……あぁ、お前達か」


 ――メガネをかけた霞草。頭を坊主にしている紅崎。そして、大きな身長と黒い肌が特徴的な狩生の3人がそこにやって来ていた。



「あぁとはなんだ。僕達の姿を見てそんなにショックなのか?」




「いや、別にそういう意味じゃないんだが……」


 すると、坊主の頭を両手できゅっと抑えながら紅崎が言った。




「ヘっ! まぁ良いぜ。……それよりよ! 天河と白詰。これから、バスケしに行くんだけどよ。一緒に行かねぇか?」




「あぁ……」



「そうだな」


 白詰と天河は、お互いコクリと頷く。……そして、彼らはその後すぐに解散し、支度を済ませてからいつものバスケットコートへ向かった。




 ――バスケットをしながら彼らは、笑顔を浮かべて話した。



「なぁ、あの学校のバスケ部はどんな所だと思う?」


 水分補給をしながら狩生がそう言う。――その隣で話を聞いていた紅崎が答える。


「……ああ? んなのなんだって良いだろ? 俺らは、ただ全国を目指すためにこうやって5人で集まって努力をし続けるだけさ」




「……紅崎の言う通りだぜ。俺らのするべき事は、練習だ。……まっ、いざって時はこの白詰想太様がお前らを全国の舞台へ特急券をプレゼントしてやるけどよ!」




「……ふっ、うぬぼれるな。全国は、僕達にとってまだまだ未知。そんな状態から余裕を抜かしていては、この先が持たないぞ」




「……霞草の言う通りだ。さぁ、練習に戻ろう。次は、メンバー入れ替えながら2対2だ」




「……うん」


「了解した。天河」


「頼りにしてるぜ。キャプテン」


「ばーか。コイツは、どうせ高校でも部長になるに決まってるぜ」







       〜それから〜


「……おーい! 一年ども、練習の後の掃除頼んだぞ〜」



「はいっす……!」


 5人は、無事バスケ部への入部を果たした。だが、まだ一年である彼らは当然、まともな練習なんてさせて貰えない。例えそれが、東京都で1番を取ったチームのスタメン達であっても例外ではなかった。


 ──否、むしろ彼らは先輩達から煙たがられた。というのも、光星は東京都の中でも最弱。そんなバスケ部にいる人々には、はなから本気でやろうなんていう気持ちは微塵もない。そこに彼らのような異常にやる気のある者達が来てしまったら、煙たがれるのも必然だった。


 体育館をモップがけしている時に白詰は、隣で同じくモップをかけている狩生に言った。


「……ったく、情けないぜ! うちの先輩どもは。練習時間が足んねーつーの。お前もそう思うだろ?」



「あぁ。まぁね」



「てわけでよ。なぁ、狩生。お前もこれからいつものバスケコートに集合だ! 良いな?」


 白詰は、狩生の大きな肩に手を伸ばして言った。──しかし、当の狩生は申し訳なさそうに言うのだった。


「ごめん。今日はこの後、用事があってさ。病院に行かなきゃなんだ! だから無理……」


 すると、白詰は残念そうな顔でコクコク……と頷く。


「……ったくしょうがねぇな。わーったよ。行って来な」


「あぁ。ありがとう」



「良いって。なんせ、お前にバスケットを教えた大切な人なんだろ?」



 狩生は力強く答えた。


「……あぁ」






          *

 


 ――地元の総合病院。その大きな施設の中の「太刀座侯」という名が書かれた一室に狩生はいた。


 狩生は、目の前のベットで横になっている1人の老人に話しかけていた。


「……先生。大丈夫ですか?」


 すると、その老人はニッコリ笑って答えた。


「グハハハ! な~に平気さ! この位、ワシにとっちゃ全然大した事ではない!」



 老人は、そう言うと布団をバンバン叩いて上機嫌そうに言うのだった。



「……なら、良かったです」


 狩生は、それでも心配そうな顔を浮かべた。


 それからしばらく2人は、最近あった事なんかを軽く話して、何気ない時間を過ごした。






 しかし、当然そんな時間もいずれは終わってしまう。──楽しそうに話をしていた2人の元に看護師が1人現れて、面会時間の終わりを告げる。


 狩生は、帰りの支度を始める。……そんな時に太刀座高は、目を細めて一言。


「……お前ももう高校生かぁ」



 狩生は、ほんの一瞬だけベッドの方に目を向ける。――少しして、彼が帰りの支度の方に意識を向け始めたのと同時に、太刀座侯は何処かをぼんやり眺めて語り出した。



「……懐かしいな。お前と出会ってもう5年以上になるのか。……ははは、最初の頃から随分と変わったなぁ。あの頃のやんちゃ坊主が、よくもまぁ立派になったもんだ」



「……」




「覚えてるか? お前と最初に出会った時の事を……。お前は、あの時親がなかなか家に帰って来ないのが原因でグレていたなぁ。しょっちゅう喧嘩ばっかしてよ」


「……はい。そんな時に出会ったんですよね」


「……そうだ。懐かしいなぁ……」









         数十年前



「……金ねぇなぁ~」


 小学生の狩生少年は、今日もガラの悪そうな同い年の連中と共に町をぶらぶら歩いていた。――そんな彼らが、町のあちこちを見渡していると狩生少年は、ふと自分の目の前に見えた自分達と歳の変わらない同じ小学校の女子を発見した。少女は、嬉しそうな顔でポケットから小さな丸い財布を取り出し、そして駄菓子屋の店員のおばちゃんにお金を渡していた。



 ――あれだ!



 そう思ったのは、狩生少年だけではない。その周りにいた彼の仲間達も同じように獲物を狩りに行く虎の如く目を光らせて、少女の元へゆっくり駆け寄った。そして、その周りを囲んで、彼らは少女に話しかける。



「……うまそうなもん食ってるな~。なぁおい、それいくらだったんだよ?」



「え? えーっと……70円」



「ふ~ん。良い値段すんじゃん。……なぁ、おい。お前、今からもう後4つそれ買って来い」





「ふえ!?」


 少女は、あたふたと困った顔で自分の周りの東西南北を囲む4人の少年達を見渡して、焦りと困惑に満ちた表情で自信なさげに言った。



「……でっ、でも。もう、お金ないよ……」





「あぁ? んだよ。ちょっと見せてみろ!」


 狩生少年は、そう言うと強引に少女の左手から財布を盗ってしまおうとする。――咄嗟に少女は、叫び出す。




「……いやや! やだ! やめて! 取らないで!」




「うるせぇな。……ちょっと財布の中身を確認して数数えるだけだっつーの」



「ダメェェ!」



「……安心しろよ。俺、これでも算数は出来る方だから。……おい、お前ら暴れないように抑えてろ」




「うい……」



 すると、周りにいた3人の男達のうち2人は、それぞれ手を掴んで抑えていた。




「いや! 触らないで! 返して! お財布!」




「……あぁ? 待てよ。もうちょいだからさぁ……」




 狩生少年は、とった財布のジッパーを開き、そして中身が位入っているのかを数えだした。




「……ひーふー……おい! コイツ、まだ300円も持ってやがんぞ!」




 そう言うと、それまで少女の事を抑えていた2人の仲間達が次々に狩生の元へと集まっていった。




「……しゃあ! これで、この店の駄菓子何でも買い放題だぜぇ!」




 少年達は、大喜びでその小さな財布を持って店の中に入って行こうとした。すると、そんな彼らの悪事にどうしようもない悲しみを抱いた少女は、地面に膝をついて泣き出した。




「……ふええぇぇぇぇぇぇぇぇ!! あたちが……アタシが頑張って貯めたお小遣いなのにィィィィ!! ママから貰った大事なお金なのにィィィィ!!」




 しかし、少年達はそんな少女の姿などお構いなしに店の中へと入って行こうとした。











 ――すると……。





「おう! コラ、ガキども」


 少年達の前に1人の男が現れる。その男は、60歳くらいの見た目をしているのにとても元気そうな迫力と威厳を感じる。男は、少年達をギリッと睨みつけて言った。



「……人の金を盗って、自分達だけうまいもんを食おうなんてよくねぇ! 返しな!」



 男の姿を見て、4人のうち3人は少しだけ足が止まってしまう。――しかし、たった一人。財布を持った狩生少年だけは、一切足を止める事なくつき進もうとした。

 男は、そんな狩生少年の姿を見て彼の通路を塞ぐように足を開いた。





 ――しかし、そんな男を嘲笑うかのように狩生少年は、男の股の下を素早く通っていこうとした。




「へっ!……」



 だが、狩生少年が男の股の下を潜り抜けたと同時に、男は上から少年の服の襟袖に当たる部分を持って上げた。


「なっ! おいコラ! 離せよおっさん!」


 狩生少年は、ジタバタ動いてそこから逃れようとした。しかし、男は全く持ってその手を離そうとしない。



「クソッ! お前ら! ちょっと手ぇ貸せ!」



 だが……。




「すっ、すまねぇ……。俺ら、面倒な事に巻き込まれるのは嫌だからよ!」



「ここで、さよならって言っとくぜ!」



 そう言うと、仲間達はそそくさと狩生の元から去って行った。



「あぁ! おい! お前らァァァァァァ」




「さぁ、友達もいなくなった。さて、ちょっと奥まで来てもらおうか」


 男は、狩生少年を持ったまま店の奥へ連れて行こうとした。――しかし、その時だった。




「……こうなりゃあ、もう手段は1つしかねぇ!」



 刹那、少年は腕を上に伸ばして、勢いをつけたまま下へ飛び込む感じで暴れ出した。









「……なっ!」


 そして、とうとう狩生少年は上に着ていた長袖Tシャツを脱ぎ捨てて、地面に着地してしまう。



「……よっしゃあ! 逃げろぉぉぉ!」



 狩生少年の頭には、もう財布なんてものはなかった。少年は、その場で財布を地面に落とすと店から出ようと外に逃げ出す。





「待てェェェェ!!」



 そして、その後を追おうと男も走り出した。







 ――かくして、少年の逃走が始まった。

 




 といっても、途中から彼は公園の遊具である大きなタイヤの隙間に入って隠れながら時間を稼いだ。

 この時の少年には、腕時計があったためそれで時間を確認しながら夜になるのを待って、それから暗くなったのを確認して家に帰って行った。


 途中、実は後ろにいるんじゃないかと警戒もしたが、何もなかった。……そう、家に着くまでは……。














 狩生少年が、家に着くとそこには見知った男が立っており、その男は狩生少年を見つけるとすぐに彼が逃げ出す前に捕まえに来たのではない事を伝えて、言うのだった。






「……坊主、お前……かなり足が速くて、しかもその年にしちゃあ背もあるなぁ。おまけにあんな、大胆な行動を取って逃げ出すなんて……」




「あぁ? んだよ。おっさん。……俺は、腹が減ってんだ。どけよ。財布はもう返したし良いだろ?」






「……おい。坊主、お前……バスケットやらねぇか?」




 これが、彼らの最初の出会いだった。


       

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