第25話 勧誘 狩生編①

 ――そして、また同じ頃。狩生の家の前。




「……ここか」


 家の前に到着した白詰は、久しぶりに見るその家の姿をまじまじと見つめていた。


 狩生の家に来るのは、別に初めてじゃない。むしろ、中学時代は部活の帰りによく行っていた。だから、特段真新しいものでもなかったが、白詰にとってここへ来るという事は、ただ狩生を引き戻すための行動ではなかったのだ。



 ――これは、あの時の弱かった自分を乗り越えていくための……1つの試練でもあるんだ。




 白詰が、バスケットから距離を置くようになったのは天河以外の他の仲間達がいなくなったのを見てモチベーションを保てなくなったからだ。

 そして、この狩生という男は、5人のメンバーの中でも最初にバスケットをやめた男であった。だから、彼にとって狩生を説得しに行くというのは、白詰自身にとっても大きな成長に繋がる。……と思っていたのだった。


 だからこそ、彼は狩生の家をジッと見つめた。





「……よしっ」




 彼は、その家の屋根を睨みつけてからとうとうその中へと足を踏み入れるのであった……。



 ――白詰は、まず一回だけ家のブザーを鳴らした。











 しかし、家の中からは何の音も鳴ってこない。



 ――もう一度、ブザーを鳴らした。










 しかし、やはり中からは足音一つも鳴っては来ない。


 ――いねぇのかな……。


 そう思った彼は、そこで立ち止まる。……そして、ドアを何度も叩いてみるのだった。







 最初は、コンコンと小さく叩いていたその手も徐々に強くなっていく。



 また、次第にそこに声まで入って来る。


「……おい! 狩生。いるだろ? 開けろ! 俺だ。想太だ! 今日は、オメェに話があって来たんだ! 頼むから開けてくれないか!」



 しかし、白詰が何度叫んだ所で返事は返ってこない。家は、静かなままだった。






 ――想太は、それから家のドアを何度もガチャガチャと大きな音を立てながら乱暴に引っ張りまくった。だがしかし、鍵が閉まっているため、それでもドアが開く事はない。



「……どうすっかな。これじゃあ、今日は何もしないで帰る事になる。……他の奴らが今どうなってるかは分からんが、俺だけこのザマじゃ会わせる顔がねぇや」




 しかし、そうは言っても家の鍵が開く事はない。




「……おい! いい加減にしろ狩生! 俺はお前と話がしてぇんだ! 開けろ!」










「……ダメか」


 白詰は、それからしばらく待ってみたが彼が現れる事も声がする事もなかった。



 ――そもそも中に人、入ってんのかよ……。





 そうして、その日は帰る事にした。












       *


 ――その日の夜、白詰達3人は物凄い暗い雰囲気で通話会議を行った。




「……2人とも、狩生と紅崎の方はどうだった……?」


 残念そうな花車の声が、画面の中から響いて来る。




「考えといてやる……と言って逃げられたな」



「……」

 白詰は、黙っていた。




「そうか。俺もさ、霞草の所に行ったんだけど……紅崎と狩生が揃わなきゃ行かないって言われちゃってさ……」


 花車が残念そうにそう言うと、黙ったままだった白詰が喋り出す。



「……まだ良いぜ。俺なんて、そもそも会えてすらいねぇんだ。あの野郎、家からマジで出て来なくてよ……」




 そうして、3人は同時に大きく溜息をついて、何も喋らない時間を少しの間だけ過ごした。







 ――天河が、言った。


「……まぁ、とりあえず説得を続けよう。……続けていくうちに、何か掴めるかもしれんしな」




「そうだな……」



「……おう」





 ――これで、その日の通話は終わりとなった。












         *



 ――それから、次の日も。そのまた次の日も……白詰は、狩生の家の前で立って、電話をかけてみたりした。


 しかし、やはり進展はなかった。……他の2人も、話を聞いている限りでは、あまり良い報告はなく、進展していない様子みたいで日に日に、通話の時間が短くなっていった……。




 ――天河なんて、日に日に顔の傷が増えていってるしな……。マジで、先が長いどころじゃねぇぞ。これ……。



 白詰は、疲れ切った表情でその日の夜の航との特訓へ向かった。









       *


「……違う違う。それじゃあ、DFディフェンスを突破する事なんてできないよ。もっと素早く! 相手の目を見てやるんだ!」



 白詰は、航にそう言われるとバスケットボールを受けとって再び攻めの態勢を取った。



「……じゃあ、もう一回やろうか」



 航がそう言うと、白詰は真剣な表情で航を睨みつける。――そして、ボールをゆっくりと下に下げて……虎の如く、隙を探る……。



「……」


 しかし、DFディフェンスも狩られるだけの鹿じゃない。――航のDFディフェンスは、まるで肉食の虎に立ちはだかる巨大な象であった。


 象の前では、小柄な虎もなかなか隙を見つける事ができない。



「……」


 白詰は、表情をそのままにして……今度は、航の目をジッと見つめたまま、真上にボールを突き出してシュートの構えを取った。



「……!」


 咄嗟に航は、手を高く伸ばすしてそのシュートを妨害する。






 ――ここだ!




 刹那、航の表情をずっと伺っていた白詰はすぐに腕を下げてそのままDFディフェンスの真横へ侵入ペネトレイトしていく。……その動きを見て航は、すぐに伸ばした腕を引き戻して白詰の守備通過ドライブを止めにかかる。





 ――航! はえぇ……!




 航のDFディフェンスの切り替えの早さに驚いた白詰は、そのまま走りだそうとしていた自分の足に急ブレーキをかけようとする。





――しかし、もう遅い。




 彼が、足を止めたその瞬間に、航の手がボールに向かって伸びていき……そして気づくと白詰のドリブルしていた手からボールがストン! と抜けていくように離れて行った。




 ――しまった!!





 白詰の手から離れたバスケットボールが、ストリートのコートの端へ転がっていく。その光景を遠くで眺めながら白詰は悔しそうに舌打ちする。




 そんな彼の様子を見て、航が彼に尋ねた。



「……おいおい。どうしたんだ? 今のじゃあ、俺じゃなくても止められるぞ? フェイントをかける時は、必ず ”騙そうとして相手の顔を見るんじゃない。騙さずに行くと決心した上で相手の目を見るんだ。” ってお前が昔、俺に言った事だぜ?」



「そうだったな……はぁ、クソ」



「何があった? なんか冴えない顔をしているぜ?」


 航が尋ねると、白詰は言うのだった。



「実はな……」



 彼は、狩生が家から出てこない事や他の仲間達となかなかうまくいかない現実を全て航に話した。








 そんな彼の話を受けて、航は少し考え込んだ後に言うのだった。



「……まぁ、家から出てこないんじゃ仕方ねぇよ。何度も声をかけてみるとかしないとさ。多分、向こうも家にいないなんて事はないだろうし……。きっと、続けていくうちに向こうだって出てきてくれるさ」






「……そう、だよな……」


 彼は、暗い顔をしてコートの端に置いておいた飲み物を飲んだ。――そして、夜空を見上げて言うのだった。





「……とにかく、今の俺がするべき事は、逃げない事と迷わない事……だな」



 そして、彼は航の目を見て言うのだった。



「練習を再開するか!」


「おう!」



 こうして、白詰はいまだに一度も勝った事のないライバル――航との練習を再開するのだった……。













         *



 ――同じ頃、狩生宅2階。



 1人の男が、パソコンの明かりに照らされた部屋の中で布団をかぶりながらぼやいていた……。




「……頼むから、もう来ないでくれよ」



 男は、自分の作業机の上に飾られた1人の老人とのツーショット写真を見つめて言った。






「……もう、できないんだよ。俺には、外に出る事も……コートに立つ事も……」



 そう言うと、男は体を振るわせながら再びパソコンの画面に大きく映るとあるバスケットの試合の動画眺めているのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る