第14話 走れ……
――1日の全ての授業の終わりを告げる鐘の音が、校舎中に響き渡る。
「よしっ、じゃあ今日の7時間目の授業は終了だ。ここまでよく頑張った。帰りのHRはなしだから、各自勝手に帰るように。それじゃあ」
7時間目の担当教師が、荷物を持って教室から出て行く。それと共に教室内がひと時だけ活気で溢れて、賑やかになる。しかし、その賑やかな雰囲気はすぐに終わりを告げる事となり、1時間もしないうちに教室は静かで殺風景な姿に変わった。
誰もいなくなった教室で天河は、ボーっと空を眺めていた。――綺麗な夕日だった。空が、最後の光を放出する最も綺麗な時間帯。
天河は、しばらくしてもう行かねばとバスケットシューズの入った袋を持って、部室に向かった。
――廊下は、当然静かな様子で……人の声はもう、ほとんど聞こえてこない。彼は、真っ直ぐとその道を歩いて行って、階段のある所で曲がろうとした。
……と、その時だった。
「頼む! 今日だけで良いんだ! 進太郎! 部活に……バスケ部に来てくれ!」
天河の後ろから覚えのある声が聞こえて来た。
――花車?
彼が、声のする教室の方へ近づいて見ると、そこには花車ともう1人――右手に参考書らしきものを持ったメガネが特徴的な身長の高い男の2人が向き合って話していた。
もう1人の男が、そのメガネをクイっと上げて言った。
「申し訳ないが、今はそんな事をしている暇なんてないんだ。何度も言っているが僕は、忙しい。勉強をして、医学部に入らなければならないんだ! だから、君の言う事は聞けないな」
花車は、慌てた様子で「ちょっと待ってくれ」と言いかけた。しかし、それより先に男の方から感情の籠っていない声が返される。
「……それじゃあ」
そう言うと、男は早歩きにその教室から出て行った。……花車はこの時になってようやく「待ってくれ」の一声を発せたが、もう遅かった。
――教室を出ると彼は、ドアの前で立っている天河の姿を目撃して、嫌そうな顔をして彼の前を体を小さくして通り過ぎて行った。
「……久しぶりだな。霞草」
天河が、小さい声でそう言うと、そのメガネの男はちょうど通りすぎたタイミングで言った。
「あぁ、そうだな。久しぶり、天河」
2人は、目を合わせる事なくそう言うだけで、再会を懐かしんだりはしなかった。
*
それから、天河と花車の2人は一緒に部室へと向かった。――その間に2人は、色々な事を話し合っていた。
「……お前も大変そうだな。花車」
天河がそう言うと花車は、苦笑いを浮かべて小さく「あぁ……」と言うだけだった。
天河は続けた。
「俺も、今朝のランニングの時に色々考えてたんだ。白詰の事。……アイツ、どうしてバスケをやめたのかなぁ。俺には、どうしてもそれが分からないんだ。あんなに毎日毎日、一緒に練習をして口癖のように全国へ連れて行くんだって言ってたのにさ」
花車は、顔を上げた後に天河へ言った。
「……俺にも分からない。確かにいつも全国全国言ってて、チームの中じゃ一番バスケ馬鹿だったのに……俺は、想太だけはやめないでいてくれると思ってたんだけどなぁ」
天河は、その言葉を聞くと共に少しだけ昔の事を思いだした。
*
高1の夏。――とある練習試合。
――試合開始直前のブザーが、コート上に鳴り響く。
光星ベンチでは、当時まだ1年の天河達5人の選手がユニフォームを着た状態で集まっていた。
彼らの真ん中に立つ白詰が、明るい表情で言った。
「……よしっ! お前ら! この試合だぞ! この1年生限定試合で、俺達の実力を見せつけるんだ! いいな? お前ら! 俺に着いて来いよ!」
「頑張れよ! 白詰。応援してるぞ!」
花車が、白詰の肩に手を置いて励ますように言った。
「……ふっ、任せたぞ。白詰」
霞草が、不敵な笑みを浮かべてメガネをクイっと上げる。
「……任せたぞ。エース」
「あぁ、任せとけよ。キャプテン……」
天河と白詰は、そう言うとお互いの腕でタッチするようにガシッとぶつけ合う。彼らは、強い眼差しで見つめ合い、そして共にコートの中に入って行った。
*
「……アイツ、部活に来なくなったのも4人の中で一番最後だったよな」
天河が、ぼーっと昔の事を思いだしていると急に花車が話し出すのだった。
「あぁ、そういえば……そうだったな」
そう言ってから、天河は少しだけ考え出した。…………しばらくして、彼の頭の中に白詰の言葉が流れてくる。
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「俺に任せとけ! この元・東村中学エースの俺が、おめぇらを全国の舞台まで連れてってやるぜ! ……だから、絶対について来いよ!」
「ぜってーに俺が、お前ら全員を全国に連れて行ってやるよ! だから、一緒に頑張ろうぜ!」
「やっても、意味なんかねぇ。続けるだけ無駄だぜ? 」
――アイツは、チームが好きだったんだ。だから……。
そう思うと天河は、いてもたってもいられなくなって、気づくと彼は花車の元から走り出していた。
「アイツを……探してくる」
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