第13話 彼との過去

         早朝



 普段通り、家の近くをランニングしていた天河は、公園へ辿り着くと自販機でスポドリを買って、ベンチに座る事にした。



「ふぅ……」



 彼は、深く息を吐いて、ボーっと下を向いていた。――すると、ふと昨日のとあるシーンが浮かび上がってくる。




        *



「おっ、おい……白詰…………」







「……」




 そうして、白詰は黙って行ってしまった。その時の冷たい瞳が、天河は忘れられないままだった。







「白詰……」


 


 ――あんなに冷たい顔を見るのは、初めてだった。……昔のアイツは、もっと熱くて楽しそうな顔をしていた……。










        ~2年前~




「……今日から、高校生か」



 桜の舞う季節、新品のピチピチした制服を身に纏った天河が、校門の前で立っていた。


 彼が、ぼーっと門の前にそびえ立つ「入学式」と書かれた看板を眺めていると、学校のある方から聞き覚えのある声がした。



「……うい~! 葵、入学おめっと~!」


 同じく新品のピチピチした制服を着た白詰だった。彼は、中学時代から変わらずに身に着けているスポーツブランドの名前が書かれた白いヘアバンドを上にクイっと上げながら再び喋り出す。



「……約束通り、同じとこに入れたな」



「あぁ、そうだな」



 天河と白詰は、一緒に高校の方をジーっと眺めた。




「なぁ、葵……お前、高校でも部活はバスケ部に入るんだよな?」



 白詰が、少し自信なさげな声で天河に告げた。――彼のその若干下を向いた顔を天河はチラッと見つめて、真っ直ぐ前を向いて言った。



「……当然だろ。俺達は、共に全国を目指すためにここまで来たんだからな」




 白詰は、上を向いたまま桜の舞う中1人、学校の方をジーっと見つめていた。



「……そうだよな。そうしてくれるよな」





 白詰は、小さくコクリと頷いてから続けた。


「……よしっ! 俺に任せとけ! この元・東村中学エースの俺が、を全国の舞台まで連れてってやるぜ! ……だから、絶対について来いよ!」




 白詰の言葉に、天河は頷いた。



「あぁ……頼んだぜ」





 男達は、お互いに強くがっしりと手を組んで誓い合った。





 ――しばらくして、そんな2人の男の元へ校舎の中から残りの3人の仲間達が駆けつけて、その日彼らは一緒に帰っていった。







「ぜってーに俺が、お前ら全員を全国に連れて行ってやるよ! だから、一緒に頑張ろうぜ!」







 白詰は、それからも時々練習のたびにこんな事を言って、一生懸命練習に励んでいた。







 ――しかし、それから……。



 練習が終わって、天河と共に体育館から出て行く白詰。彼らは、お互い下を向いたまま溜息だけをついて、体育館から出て行っていた。



 ――更衣室付近に到着した辺りで、白詰が口を開く。



「……なぁ、天河よぉ。いい加減、こんな3人だけでバスケするのやめねぇか?」



「え? ……」


 天河は突然のその言葉に意味が分からなくなり、戸惑う。――そして、チカチカと寿命の近くなった電球の明かりに照らされた白詰は、続けた。



「だってよ。こんなの…… 3人だけでバスケットなんて本来できるか? ストリートとかでやる分にはまだ可能性があった。けどよ、公式戦でじゃあ、もう不可能だ。先輩達は、元々やる気ねぇから来ねぇし、他の連中も皆いなくなっちまった。こんな壊滅的状況で真面目に練習なんてバカみてぇだぜ?」



「だっ、だけど……想太。お前、あんなに全国行くって口癖のように言ってたじゃあないか! それに、いくら他の人達が来なくとも……俺達だけでも練習はしとかないと……全国になんて行けやしないぞ!」


 しかし、白詰は冷めた顔で言った。



「もう、全国なんてこの際どうでも良いよ。んな事より、もっと他に楽しい事見つけようぜ。なぁ? 天河」




 天河は、黙った。……考えて、悩み続けた。そして、しばらくしてようやく彼は、微かな力強さの籠った声で言った。



「いや。……俺は、バスケットが楽しいから続けるよ」







 それを聞いた白詰は、少し驚いた顔をして黙っていたが、小さく溜息をついて、言った。






「そうかよ。……じゃあ、お前とはもうここまでだ。――たまに、軽い趣味感覚で遊びには来るぜ。じゃあな。まっ、頑張れよ」








 ――バタンッッ! と音を立てて、白詰は部室を出て行ってしまった。それと共に、チカチカしていた古い電球が、ドアが閉まる衝撃で完全に消える。





 ……残った天河は1人、暗い部室の中でただ下を向いた。









       *



「白詰……俺は、お前が分からないよ」



 天河は、そう思いながら朝のランニングを再開した。

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