第12話 想太と葵

 ――パツンン!!



 ネットをくぐるボールの音が、沈黙の体育館に波紋するように静かに木霊する。



「ナイシュー天河」



 ゴールの前で先に自主練を終えた花車が落ちてきたボールを拾って天河へパスする。




「……これで、49本目か。次で終わりだな」


 天河は、ボールを強くキャッチすると目の前に見えるゴールをよく狙って、シュートフォームの構えをとった。





 ――すかさず地面を高く蹴り上げて、バスケットゴールの奥にある全体が白くて、黒い長方形が描かれたボードに向かって、ボールを放った。




 ――パツンン!!





「ナイシュッ!」


 最後に放ったそのシュートも美しいネットを潜る音と共に真っ直ぐフロアに落ちていった。


 落ちてきたボールを拾った花車が、天河の方を向いて言った。


「……お疲れ。今日は、なんだか辛そうな顔してるけど平気か?」


 花車は彼の傍まで寄って来て片手に持ったスポーツドリンクを渡す。



「あぁ。すまん。……特に体調が悪いとかじゃないんだ。少し考え事をしててな……」


 天河は、飲み終わったペットボトルを口から離して少し大きめの溜息をした。



「……白詰」



 天河の重たい声。――それが、水面に何かがドボンと落ち込んで来たかのように体育館中に重たい波紋を呼ぶ。


 花車もそんな彼の様子を見て同じような溜息をついた。


 2人の男は、黙ったまま、下を向いて体育館の片づけを始める。彼らは何も言わないでテキパキとモップをかけてボールとペットボトルを持って体育館から出て行った。




「……何も言えなかった」


 体育館から部室までの暗い道の途中で天河はそっと低い声で言った。




「まだ、始めたばっかりだぜ? これからさ。きっとこれから……少しずつ集まってくるさ」



 花車は、そんな彼の事をなんとかして励まそうと慌てた様子で喋り続けた。――しかし、それでも当の天河は暗い顔をしたまま。




「……アイツ、俺が最後に話しかけに言った時さ……一瞬だったけど、凄く怖い顔をしたんだ。なんだか、俺らの事……拒否してる感じのさ。俺、それが凄く心に来たんだ。……どうしてかなぁ。もしかしてアイツ、本当にバスケットが嫌いになったんじゃ!」



 天河の絶望と悲しみに満ちた顔が花車の視界に入り込む。彼は、一瞬だけ自信のない様子で下を向いたが、それからすぐに向き直って言い放った。



「そんな事はないよ。……もし本当にバスケが嫌いなら今日、練習に来る事だって多分なかったはずだぜ……。それでも来たんだから、きっと心の何処かじゃアイツだって、バスケットがしたいって思ってるはずさ」



 花車の真っ直ぐした視線が、天河の目と心を打つ。――彼は、続けた。



「そうか。……それなら、良いな」



 天河達は、そう言うと暗い部室の中に入って帰宅の準備を始めた。












「……」


「……」


 部室に来たばかりの頃は2人とも黙ったまま制服に着替えていた。


 ――しかしそんな時、制服のボタンを留めていた花車が天河にまた話しかける。


「……また、今日の夜話し合おうよ。今日は俺、この後塾ないしさ」




「あぁ……」





 ……やがて、2人は部室を出て行った。














       *




「かんぱ~い!」


 同じ頃、光星学園の近くにあるファミレスの中にて、白詰と後輩4人が晩御飯を食べながら様々な話で盛り上がっていた。




「さぁ、じゃんじゃん食ってくれ! 今日は、俺のおごりだァ!」



「「あざーす!!」」


 白詰は、ガハハハっと大きな声で笑ってドリンクバーコーナーから汲んで来たコーラをがぶ飲みした。



「ぷはぁぁぁぁ! これだねぇぇぇぇ! 運動後のコーラは体にしみるわぁ~」



 そんな彼の姿を見て、他の後輩達が一斉に笑い出す。



「パイセン、ジジイかよ~」


 白詰の隣に座るハンバーグをカットしていた鈴原が、ゲラゲラ笑いながらそう言った。


「あんだと~! この隠れピアス野郎~」


 白詰は、そんな彼の頭を上からガシッと掴んでわしゃわしゃと揺すりだす。




「あぁ! ……ちょっ! やめてくださいよ! セットに時間かかるんですから~」



「ヘッ! 相変わらず、しゃれた奴だなぁ~。おめぇわ」



 2人が仲良くじゃれあっていると、そこに少し遠い眼差しで見ていた2人の後輩が、鈴原の隣に座る白波に聞いてきた。



「あの……先輩。その、俺達……」



「一年なんで、この人の事とか全然知らなくて……なのに奢ってもらっちゃって良いのかなぁ……」


 すると、そんな少し緊張した様子の2人の下級生を見て白波は、そのサラサラした短い黒髪を搔きながら答えた。


「あぁ、大丈夫。この人、いつもこんなんだから。俺達が一年の頃からさ、たまに部活来て、終わるとこうやって飯とかカラオケとか誘ってくるのよ。まっ、悪い人じゃないから安心してよ」



「あっ、は……はい」


 後輩達は、少しだけ緊張の糸が途切れたホッとした様子で返事をすると、今度は白詰が彼らの方を向いて言った。



「あぁ、そういや……新一年とは会うの初めてだったか。俺、三年の白詰想太っていうんだよ。ポジションは、SFスモール・フォワード。まぁ、だいたい分かるだろ? ガンガン点を取りに行く役目だよ。バイトとか勉強とかで部活はよく休むけど、たまに来てこうやってぱ~っとやるからさ、来れそうな時はどんどん来てくれよな~。……うしっ! じゃあ次、お前ら自己紹介してや」



「あっ、はっはい!」


 すると、

彼らは背筋をピンとして順番に話し出した。


「今年から入りました! 一年の霞浦かすみうらです! ポジションは、中学の頃にいちようPFパワーフォワードやってました」


「同じく一年の八海やつうみです! ポジションは、PGポイントガードをやってました」



「ハハハ、そんなかしこまらなくても良いよ。楽にせい。楽に」


 白詰は、そう言うとコップの中に残った最後のコーラを飲み干した。



「さて、まぁとりあえず自己紹介も済んだ事だし、そうだなぁ……適当に雑談でもしながらだらだら飯食うか!」



 白詰はテーブルに置かれた大きなピザを片手で豪快に持って、それを口に運んで行った。




 ――そうやって彼が、美味しそうにピザを食べていると、さっき自己紹介をした2人の後輩――霞浦と八海が恐る恐ると言った感じに彼に聞いてきた。



「あの……1つ聞いても良いですか?」


「先輩は、どうして今日みたいに練習に来てもこっちに参加しないんですか?」




「……」


 彼らの質問に対して彼は、一瞬だけ咀嚼するのをやめた。――そして、ゴクリとピザを飲み込むと彼は言った。






「……そうだなぁ。どうしてだったかなぁ……。自分でもどうしてそうなったのか……よく分かんねぇや。まぁ、でも……これだけは言える」





 彼は、もう一切れピザを飲み込むと、再び口を開いた。






「……やっても、意味なんかねぇ。続けるだけ無駄なんだって、な」


 

 


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