第8話 募る思い

「……ほら、飲めよ」


 2人は、バスケットコートの端っこの地面に座る。――その後、花車はコンビニの袋からカルピスのペットボトルを取り出し、天河に渡した。彼は息を切らしながら、まるで喉の乾いたハイエナのようにその水分の詰まったボトルにしゃぶりついた。



「ふぅ……」


 4分の1程飲み終えた所で天河はボトルから口を離し、大きく息を吐いて、地面を見つめた。




「……どれくらいやってたんだ?」


 花車が、慎重な感じに尋ねる。



「まっ、まぁ……さっき始めたばかりだ。別にそんな長い時間していたわけじゃない」


 彼は、だらだらと全身から物凄い量の汗をかいた状態で、そんな事を言った。








「……嘘、だな」






 そんな事は、すぐに分かった。――否、分からないわけがなかった。疲れ切った表情、カルピスのボトルを掴む震えた手、さっき始めたにしては多すぎる汗の量……。全てが、彼の言葉を嘘であると見抜くのに十分すぎる程の証拠として目に見えていた。





 花車は、そのまま続けた。


「……その感じだと、多分学校終わった後すぐからずっとやってたよな?」



「……」



 天河は、黙ったままだった。彼は、カルピスのペットボトルを地面にそーっと置き、前をじっと見つめるだけだった。



「もしかして、最近部活に来なかったのはこういう事だったのか?」




「……」


 ――しばらくの沈黙の後、天河は小さくコクリと頷いて、下を向いた。



「どうしたんだよ? 何かあったのか?」





「……別に。ただその……ちょっと自主練でもと思ってやってるだけさ」




「自主練?」


 花車が、少し真剣な顔で天河を見つめる。




「……なぁ、天河。お前が、練習をサボるようになった理由は……正直分からない。けど、練習に来ないでこんな所で1人だけでするのはちょっとダメなんじゃないか?」




 黙ったまま……ただそれだけの静かな時間が流れていく。天河は、下を向くだけで何も言わない。暗い顔で、ずっと何かを溜めこみ続けているような小さな震えが見えた。




「……部活に行けば、練習ができるのか?」



「え……?」




「……あんな所で練習しても、意味なんかないんじゃないか……。どれだけ練習しても、チームの士気は上がらない。顧問だってまともに練習させる気がない。おまけにアイツらは……いつまで経っても戻って来やしない。俺が……どれだけ頑張っても、状況は変わらないままだ」




「天河……」





「今年は、俺にとって最後の年だ。……今年こそは。……今年こそ、アイツらともう一回やりたいと思っていた。だから、いろんな事に耐えてきた。また、中学の頃のように東村のスタメン5人が結集して、試合をできるようにずっと、待ち続けた。いつ戻って来てもいいように。――けど、それも多分無理になった」




「……どうしてだよ」




「……そうだな。まだ、花車達にはちゃんと伝えてなかったな」




 花車は、瞬き1つしないで天河の事だけをじっと見つめ続けていた。





「……次のインターハイ1回戦の相手は、扇野原せんのはら学院だ」



「……!?」




 花車の表情が、凍り付く。



「……1回戦からあんな超強豪校と試合する事になるんだとしたら、正直アイツらがモチベーションを取り戻して帰って来てくれる事も、もうないだろう。……それに、いつまでもあんな環境で練習してたって先には進めない。だから、俺は1。……周りが皆、やる気がないならもう俺一人でベストを尽くせばいい。どうせ、試合に勝てないなら尚更さ」





 ――その時の天河は、上を向いていた。優しく輝く月を見上げながら、希望の光に向かって進んでいるような、そんな風にも見えた。

 しかし、それは月の光がそういう風に見せているだけの虚像に過ぎない。




 花車は、そんな天河の事を見ながら下を向いていた自分の顔を少しずつ

起こしていった。




「……お前って、弱いキャプテンなんだな」



「……!?」




「……皆がやる気を出さないからって逃げてさ。そんなの、お前自身がそうなんだから仕方ねぇよ」



 ――瞬間、隣に座っていた天河が勢いよく立ち上がり、それと共に花車の服の襟元をがっちり掴んだ。



「――お前に……何が分かる。お前に俺の……俺の何が分かる! ……」



 ――花車は、口をポカンと開けたまま彼の叫びを聞くのだった……。

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