第7話 巡り合い
それから15分くらいの時間が過ぎた。花車の夜の散歩は、なんだかんだで家から半分程の地点まで来ており、彼はこの気分的散歩の最後の地点として、近所のとある公園に辿り着いていた。
「ふぅ……」
大した距離は、歩いていないはずなのに花車は、公園に着くとすぐベンチに腰を下ろして大きく息を吐きだすのだった。
――電柱の明かりが届かない暗い外の雰囲気の中、ベンチに座った花車はただ自分の足元をぼーっと眺めるだけだった。
「はぁ……」
彼の口から今度は溜め息が零れる。そして、それと同時に頭の中に様々な記憶がぶわっと広がっていく。
*
――花車が、元々光星学園高校男子バスケ部に入部したのは、天河達への憧れからだった。
元々、バスケとは無縁だった彼は中学時代、将来の夢。もっと言うと高校に入ってからの目標も何がしたいなどというものも何もなかった。当時の彼は、大人の敷いたレールの上を歩くだけの人形のようで、彼自身もそれをよく理解していた。
――適当に生きるのが一番なのだろう。
それが、この当時の彼の口癖だった。……だが、そんな彼を変える大きな出来事があった。
それは、中学3年の夏。あの時も今と同じように外に出たくなった。……それも朝にだ。
彼が、適当に外を歩いていると同じクラスのバスケ部に所属する友人と偶然出会った。
話してみるとどうやら彼は、これから始まる都大会の決勝を見に行こうとしていたらしく、そのついでに花車も誘われる事となったのだった。
2人は、まだ涼しさの残る夏の朝に都会の方まで電車に乗って出て行き、そして大きな体育館の中に入った。
――それが、花車とバスケットの出会いだった。彼は、東村中学の残り約30秒の奇跡を目の当たりにし、そして気づくと「自分も彼らのようにバスケットがしてみたい」と思うようになった。
その日から、バスケ部の友人と2人でよく受験勉強の合間にバスケをするようになり、そしてついに彼は第一志望の光星学園へ入学する事となった。
そして、そこで憧れの5人と出会う事になったわけだが……。
*
「……夢は、夢のままか……。まぁ、元々夢を見なかった俺が、こんな風になれただけでも十分良い事なのかもな……」
花車は、諦めたようにため息をつき、それから自分の目の前に見えるバスケットコートを眺める。――そこには、自分のよく知っている雰囲気の男が、ただ一人必死にシュートを撃っている姿があった。
――あのシュート……あの時の天河みたいだな。
彼の頭の中に、中学3年の夏に見た例の試合のとある光景が浮かび上がってくる。
・
・
・
・
「……ダメだ! パスが出せる状況じゃない!」
観客の一人が、そう叫んでいた。試合は、もう後半。最後の5分が始まった所だった。点差は、東村が8点差で負けており、先程からずっと10点差と8点差を繰り返していた状況だったわけだが、
会場の誰もが、東村が勝つにはこの攻撃を必ず成功させねばならない。……と直感していた。
だがしかし、これで簡単にはいけないのがやはり決勝戦。
東村中学の得意戦法――
「……東村の攻撃をオールコートマンツーで止めにかかるなんて流石だ!」
自分の座っている席の近くから誰かのそんな声が聞こえる。
「……なんだそりゃ?」
俺は、それがつい口から漏れてしまっていたらしく、隣にいたバスケ部の友人が丁寧に解説をしてくれる。
「……バスケットのDFには、おおまかにハーフコートDFとオールコートDFっていう守るコートの大きさによる分け方と、ボックスDFとマンツーマンDFっていうDFのやり方による分け方があるんだ。ハーフコートとオールコートっていうのは、言葉の通りで……これは、何となく分かるだろ?」
「おっ、おう……」
「うしっ、じゃあ……ざっくりと言うぜ。ボックスDFっていうのは、まぁDFが何処か1か所に固まって、狭い範囲をガッチリ守る事だ。メリットとしてはまぁ、DFの範囲内での攻撃を止められる確率が高まる事と、選手達の体力的温存だな。んで、デメリットは3Pみたいな
花車は、コクコク……と頷き、彼の話を続けて聞いた。
「……逆にマンツーマンってのは相手選手一人につき味方選手一人をDFにつけるオーソドックスなやり方だ。メリットは、DFの範囲がかなり拡大する事。それから、わりかし長期戦にも持ち込める所だな。バスケの
「うん」
「あぁ、んで……デメリットは、体力だな」
花車は、それと共にコートの中の東村選手達の汗まみれでボロボロの姿を一瞬だけチラッと見た。
友人が話を続ける。
「――バスケってのは、常に走り続けるスポーツなんよ。攻撃の時は、シュートを入れるためにゴールへ……んで、守る時は反対のゴールへ……って感じで、永遠シャトルランし続けるんだよ。だから、特にオールコートでする場合は、かなり体力を持っていかれるんよ。
そうして花車は、再びコートの中をじっくり眺めるのだった……。
「……
東村のベンチ側からマネージャーの大きな声が聞こえてくる。――それと共に、コートに立つ5人の選手達も慌てた様子で、DFの周りをうろうろ走り回る。なんとか、マークしているDFから逃れようと必死に走りまわるが、一向にボールを持たない4人の選手達は、天河からパスを貰える状況にはならなず、当のボールを持った天河も困った顔で延々と同じ場所でドリブルを打ち付けるのみだった。
――
――この攻撃は、失敗する……。
会場の全ての人間が、それを悟った。――もう、無理だと。東村が勝利する事はもうない……それが、会場に来ている全ての観客の思いだった。
しかし、それでも天河の闘志は消えなかった。――彼の表情は、どんどん鋭いものになり、ボールを打ち付ける音も強く激しいものになっていった。
4……3……
――瞬間、天河の素早いドリブルからくり出される
しかし、そのドライブも
「ダメ! 抜けてない! パスして! パス!」
マネージャーの声が響いて来るが、残念ながらパスのできる選手など誰もいない。
――天河は、ディフェンスがすぐ隣にいる状況にも関わらず、強引で力強いドリブルをして、とうとう3Pラインのすぐ内側にまで侵入する。
2……
そして、彼はそこで急停止してボールを掴み、高く宙に向かって飛び出す。
――その急停止によって
1……
シュートは、お世辞にも美しいとは言えるものではなかったが、まるで彼の強いドリブルを象徴するような勢いの良い回転でゴールの方へと向かって行く……。
――そして、ボールがバスケットゴールの後ろにある
……0。
*
――パツン!
思い出の中の天河と、目の前に見える人の光景が完全にリンクする。
「あれ? 本物……」
そう思った花車は、すぐにベンチから立ち上がり、バスケットコートに向かった。
すると、そこに来てようやく彼は気づけたのだった。
ゴールから落ちたボールを拾いにやって来た男が、花車の存在に気づく。
「……なんだか、久しぶりに感じるな。天河。こうやって話すのは……」
花車の体が月の光に照らされる。その姿を天河は、見上げるようにして見つめているのだった。
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